昇格依頼達成
冒険者ギルドの扉を開け放つ。
私とクリス、そしてその後ろを歩く気の抜けたままのフェバに受付の付近や備え付けの酒場に居る冒険者たちの視線が集まった。
大体の視線の色は驚愕。たまに嫌悪。
当然か。私は今、右手にワイバーンの頭を抱えたままこのギルドの扉を潜っているのである。ちなみに魔核はきちんと取り外している。魔核が付いたままでは再生されてしまうためだ、そして今回は提出する都合上、魔核を食べることはできない。
………本音を言えば相打ったあの黒いワイバーンの魔核を喰らいたかったが、自爆の中心が魔核である以上、回収は不可能だ。手に入れることが出来たのは爆心地から比較的遠い場所にあったが故に被害を免れた尻尾付近の鱗だけである。
それとてただでさえ黒い鱗が更に黒く焼け焦げているようなものだが。しかし、それですら鱗の大きさは抱えている通常のワイバーンの物よりはるかに大きいので驚きである。
「はい。任務終わった」
丁度カウンターに私に昇格任務を与えた受付嬢が居たので、前に立って魔核をカウンターに乗せる。
並んでいた他の冒険者たちは私が近づくと勝手に離れていった。自分たちから列を崩したのなら普通に先に進ませてもらうけど、いいんだよね。
「首もあるけど」
「………く、苦戦したようですね」
「ああ………こっちの方にね」
受付嬢が言っているのは私の格好の事だろう。黒いワイバーンの最期の自爆、あれによって私の服は少々灼けてしまっている。クリスが魔術で防いでくれたため襤褸布になってしまうなんてことは避けられたけど、それでも焦げた匂いなどは残っているのだ。
とはいえ、欠点をあげつらいたいだけのその言葉は私の心を波立たせることはない。
受付嬢の前に黒いワイバーンの鱗を放り投げた。
「変異種が居た。普通のワイバーンよりも遥かに強い奴だ」
「………変異種?そんな報告は初めて聞きましたが。あ、もしかして………」
受付嬢の唇が僅かに歪む。
「あははは、大丈夫ですよ。赤色階級にとってはワイバーンは強い敵ですから、そんな言い訳しなくても。それにしてもまあ―――忌み目の子っていうのはどうにも嘘吐きですねぇ」
「はあ?」
「どうせフェバさんに助けてもらったのでしょう。そちらの魔術師さんにしても殆ど汚れていませんし、これは昇格任務は失敗という扱いにするのが的確でしょうかねぇ」
明らかな嘲笑。
こいつの心の底では既に、斃したのは全て監督役のフェバの手柄ということになっているのだろう。元々信頼性の少ない赤色階級に加えて私の忌み目という身体的特徴が、彼女の心理を歪めている。
「駄目じゃないですか、フェバさん。監督役は手助け無用ですよ?」
「………いや。俺は、なにもしてないですよ」
そう言ってフェバはカウンターの上に弓と矢筒を置いた。
「持って行った矢の数は十本ですが、俺は一発も撃ってない。そんな必要なかった」
「………お二人を庇う利点は無さそうですけれど………如何いたしました?」
「庇ってなんてないですよ、受付さん。つーかそんなことする理由ないですし。別に俺はこの餓鬼どもに絆されて、とかそんなわけじゃないんですよ」
「ええと、ではどうして………?」
フェバが振り返る。
その視線に浮かんでいる表情は理解のできないものを見る瞳―――怪物を見る人間のそれだった。
「受付さん、俺はですね。要はこいつらに関わりたくないんです………忌み目だからとかそう言う理由じゃない、なんというかこいつらは、死の嵐を呼び込んで全てを無茶苦茶にしていくような、そんな運命にあるような気がしてならないんですよ。だから、関わりたくない。さっさと終わって、どっかに行ってほしい!これは俺だけじゃない、きっとこの街の人間全員にとっての悪霊になる!」
「なんか随分失礼なこと言われてる気がする」
誰が疫病神か。
半眼でそのやり取りを見ている。早く決着つかないかな。そう言えば師匠の姿が無いけど何処にいるのだろうか。
周囲を見渡すが酒場にも居ない。終わったらここで合流するっていう話だったのだが、はて。
「よく分かりませんが………」
「とにかくだ!青色階級として嘘偽りなく、そのワイバーンはこの餓鬼どもが殺ったことを証明する!これで終わり!さあ監督役の報酬をください!!」
「は、はあ」
勢いに気圧されたのか、或いは単純に唾を飛ばされていることが嫌だったのか、フェバがカウンターに手を叩きつけるのと同時、受付の女が渋々と頷く。
手元にある依頼表に合格と書かれた判子を押すと、カウンターの下から一枚の紙を取り出し、フェバへと渡す。
それを受け取ったフェバは「じゃあな!!!」と私たちに向けて半ば叫びつつ別れを告げると、ギルドの扉から出て行ってしまった。その背中に対し大きく溜息を零しながら、受付の女は私たちに向けて手を差し出した。
「その識別証を更新しますのでこちらに」
「そう。はい」
「うむ」
私とクリスがそれぞれ首の識別証を外し、手の上にそれを落とす。
二つ分の識別証を握り込むと面倒くさそうに受付の女はカウンターの奥、事務所へと入っていく。
「なんで忌み目の子供が………きちんと間引いておきなさいよ、あの人もきちんと落とせっつの。何のためにあの役立たずを監督役にしたと………」
色々と聞こえてるぞ。
「いつの世も、人間というのは愚かなものもいるな、まったく」
「うん。まあ基本は相手しないのが一番じゃないかな。私も色々、学んだ」
さて、フェバという青としては低レベルな人選の理由は私たちを落すためのものだったわけだ。その辺りの意図を汲めないせいで普通に真実を話して、結果として私たちが合格になったようだが。
それにしても性格の悪い。というより忌み目嫌いが極まれりということだろうか。エンバス渓谷に入る前についでに立ち寄った村でも風評被害を味わったがそれと同じ感じだ。
それだけ魔物が嫌われているということだろうし、紅い瞳は魔を呼び込むという伝承が不吉の象徴として確立されてしまい、信心深い人間からすれば特に嫌う対象になりうる、のだろう。よくよく考えれば世界を知らないから目が赤い程度で一喜一憂することになるのではないかとも思うけど。遍歴商人の一家は嫌悪感を露にすることは無かったし。尤も、あれは商人特有の仮面の分厚さの賜物かもしれないけど。
「終わったか、チビ共」
「師匠。どこ行ってたの」
「あ~ちぃと野暮用でな」
そう言う師匠が下りてきたのはこの冒険者ギルドの二階に繋がる階段からだった。
私たちがいるこの建物は二階建てであり、基本的にはただの冒険者は一回で仕事するには事足りる。受付カウンターで仕事は受けられるし、備え付けの酒場では情報交換やパーティの編制、あとは単純に宴などの目的を達成することが出来るためだ。
では二階は何のために、となるがこれはまあ、私がプラトゥムの村でメルクーリに案内された時と同じ、秘密裏に話をしたい場合など極秘性の高い依頼や情報の共有などに使われるのだろう。
そこから師匠が下りてきたということは何かがあったのだろうが―――まあ、必要になればその時に話してくれるはずである。
「それにしても所々焦げているが、苦戦したのか?」
「変なワイバーンが居た。黒い奴」
「何?変異種か………」
ワイバーン変異種について私が感じたことを師匠に共有していると、橙の識別証を二つ、手に持った受付の女がやってくる。
億劫さと嫌悪を隠しもしない彼女は師匠を見てすぐに表情を取り繕うと、にっこりと笑ってやけに丁寧に識別証をカウンターの上に置いた。
「では、おめでとうございます。今日より橙色階級となりますので。ここ、ロッチノア支部にて昇格の達成を記録させていただきます」
「そう。ところでそのワイバーンの首だけど」
識別証を首にかける。色合いの変わった金属の質感を確かめる。金属そのものが変わったようだけど、重さを始めとして色以外特に変わりはないな。
確認が終わったので顔を上げ受付の女を見ると、言葉の続きを発する。
「いくらで買い取ってくれるの?」
「………」
受付の女の頬が歪んだ。
「魔核以外を持ってくればギルドで買い取ってくれる、って言ってたよね」
「言っていたな。ワイバーンの頭だ、鱗も牙もある故に良い値段になるだろう。どうなのだ?」
「………そう、です、ね」
私とクリスの言で、笑顔に罅が入る受付の女。
師匠が頭上でにやにやと笑っているのが見えた。受付の女が助けを求めるように師匠の方を見るが、それに応じるつもりはないようである。まあ、当然か。
だってこの人も舐められるのは嫌いなタイプだし。下に見られること自体は戦術の観点から見れば悪いことじゃないけど―――それはそれとしてツケは払わせる、そういう事だ。それが自分ではなくとも、仲間なのであれば当然、良い気分なんてしないのだから。
「………ご用意、させて、頂きます」
ということで臨時収入が手に入った。




