昇格任務の終わり
大爆発が発生し、炭化しひしゃげた右腕が千切れそうになる。だがまあ、問題はない。ワイバーンはといえば、自爆に近しい形で片目に傷を負っている様だった。突っ込んだ腕の角度だろうか、爆炎が一方向から噴出し、頭そのものを吹っ飛ばすことはできなかった。
元々火に強い飛竜だ、これだけで死ぬとは端から思っちゃいない。
残った片方の目が怒りに燃える。暴れ出し、鋭い牙で私を喰らおうと歯を鳴らす。
「バーカ」
そんなもんに当たるか。
腕を再生させる。魔力が減るが致命傷でもないのだ、まだまだ余裕はある。師匠からは無暗に再生に頼るなとは言われているが、それと同時に最も有効的に仕える場面では使って行けとも言われている。
修復の済んだ右腕を掲げる。そしてその右腕を起点として鋭い一筋の黒雫の矢が放たれた。
「お前にだけ有利な戦場で戦ってやるつもりはない」
「ググググ………」
―――空の上に黒い天幕が広がった。
大量の魔力を変換して生み出されたそれは黒雫の雨だ。黒いワイバーンが空を見上げ、何度か火球を飛ばすが、雨粒を吹き飛ばすことは出来ても雨そのものを消し潰すことはできる筈もない。
液体形態の黒雫が私やワイバーンに付着し、濡らす。唸るワイバーンが隻眼で自身の翼や身体に付着した黒雫を眺めている。何をするつもりなのかと推察するかのようなその視線に対して私は笑いかけた。
「さあ………堕ちろ!!」
「―――ガガァァァッ?!!??!」
黒いワイバーンの肌に付着した黒雫の雫が、体積を変えぬままに重量を増す。
ワイバーンは飛竜だ。真なる龍は魔力を持って空を駆けるというが、その随伴者である矮小な龍もどきは大型の鳥と同じように揚力によって体を浮かす。とはいえ魔物の強靭な肉体だ、私がぶら下がった程度では大地に叩き落とすことは出来ないのは分かっていた。黒雫の義足や篭手があろうとも、私自身の体重は軽い部類なのだから。
だから、更に重りを着けてやることにしたのだ。無論、私が身に纏う黒雫の量を増やしても良かったのだが―――こういうのは一瞬でやらねば種が割れる。こいつの知性を考えるに、私が魔術を使い重さを増そうとした瞬間に、自傷を覚悟で鎖を引きちぎっていただろう。
ワイバーンに突き刺した鎖を重くするのはもっと駄目だ。再構成の段階で強度が下がり、最悪の場合放り出される。別にこの高度から落ちたところで死にはしないが、再度上がってくるのは不可能だろう。こいつは学習を行い、次は私を傍に近づけることはしなくなる。延々と引き打ちをされれば、私とクリスは兎も角下の馬鹿は死ぬ。
色々と考えれば、意表を突きつつ身体全体の重さを一斉に増すことが出来るこの方法が効率的だった………それにまあ、これは他にも利点があるし。
「ギィイイイアアア!!!!」
劈く咆哮。翼を暴れさせ、その尾が空気を裂く音が響く。
錐揉みしながら大地へと徐々に速度を増していく私と黒いワイバーンだが、ワイバーンの動きがどこかぎこちない。
「………ッ!!!」
「気が付いた?その黒雫、重いだけじゃない。お前の身体の自由を僅かながらに奪ってる」
コールタールが身体に付着したようなものだ。魔物の肉体であれば対した拘束にはならないが、強制的な落下の最中で在れば話は別。僅かな動きの束縛が、再び風を掴むことを妨害する。
さて、そろそろ良いだろ。左手の鎖を解き、液体形態に戻す。自由になった私は尾骶骨周辺から黒雫の尾を二本出して、更にそれを形態変化、ワイバーンのそれを真似た翼へと。
飛ぶ必要はない。というか金属の翼で飛べるものか。これはただ風を受け、着地の衝撃を和らげるためのものでしかない。
渦巻く風の残滓を尾として残し、大地へと落下していく黒いワイバーンの巨体を見送る。
ガチャリ、と左腕のクロスボウに、砲弾が装填された。
「良い場所に落ちそうだ」
空で暴れているうちに、最初の陸地から結構離れていたようだ。
これならば自由にやっても弱い奴らを巻き込むことはない。
私の戦い方は、師匠曰く雑だそうだ。周りの破壊を一切考えないため、街中では本気を出すことは禁じられている。うん、我ながら確かに考えたことは無いなって思っている。
戦いっていうのは全力を出して相手を討滅することだ。だから常に本気を出す時は最大の破壊能力を生み出す手段を講じる。しかしそうすると大抵の場合大規模な破壊を撒き散らすことになる。より器用に戦う術を身につければ急所に的確に破壊を行えるというけど―――。
「破壊の規模が大きい方が正義だと思うけどね」
ボンッと音を立てて左腕のクロスボウから砲弾が射出される。
涙の形状をしたその黒雫は、私が持つ高威力の技の一つ、即ち。
「―――涙の」
黒いワイバーンが地面に叩きつけられる。当然、落下程度で殺せるとは思っていない。
腕代わりの翼を振り上げ、土煙を上げながらも隻眼で未だ空にいる私を睨む。咢が開き、ブレスが溜められるのが見えた。
遅い、私の攻撃の方が早く届く。
「グガアアアアアアアア!!!!!」
「………雫!!!」
黒い涙が、炸裂した。
以前よりも圧縮率が増している涙の雫はより高い破壊能力を手に入れており、放出される弾丸の強度も速度も増している。黒いワイバーンの眼前にて爆発した涙の雫、それより吹き出された数百の針は強固な皮膚を砕き、額中央に埋まっている魔核を砕く。
黒いワイバーンの顔が大きく跳ね、照準の外れたブレスが私のすぐ左隣を掠めていく。
「………岩じゃない。風の混ざったブレス?」
痛みを感じて見てみれば、螺子のように螺旋を描いた焼け跡が私の左腕を焼き裂いていた。
範囲も広い。もしも正面で受けていたら上半身が吹き飛んでいた可能性があったな。
再生を済ませ、着地する。倒れ伏した黒いワイバーンに、しかし警戒は怠らずに近づく。何故か、答えは簡単だ。
トドメの一撃のあとが、最も油断するタイミングだから。
「………」
濁った黄色の魔核の破片。頭蓋骨は涙の雫で砕け、穴が開いている。
腐臭、否。硫黄の匂いを撒き散らす身体は沈黙して身体中から血を流している。今も、その血は流れることを止めていない。
右の義足の先端が、黒いワイバーンの身体に触れる。
「っ」
やはり来た、魔術の気配。
左足を軸として身体を廻し、壊天を交えた蹴りで私を捕まえようとする岩の檻を両断する。切断面が赤熱する威力と速度だ。
これで終わり?そんな訳はない。捕まえようとするからにはその次がある。
眼前に、影が迫った。
「ァ………グ………!!!!!」
「ッチ、圧し掛かり、か!!!」
身体が一部穴あきのスカスカになっていても、黒いワイバーンの並外れた巨体とその重さは健在だ。
単純な重さの力はどんな時でも脅威となる。両腕で黒いワイバーンの胴体を突っ張るが、重さで踵が地面の中に沈んでいく。
………これは動きが封じられた?ここで無理に動けば完全に潰される。死にはしない、だが脱出も出来ない。私の肉体が人間のそれである以上、体術だけで所謂固め技から逃れるのは難しい。対人間であれば怪力や身体の破損を前提とした脱出も出来るだろうが、ワイバーンの重さと頑丈さが相手ではどうだ?
壊天による威力の増強、いや無理か。この体勢、最大の攻撃力を誇る足技を封じられているに等しい。流石に片足ではこの重さは支えられない。不安定な姿勢からの攻撃ではワイバーンの皮膚を抜けないのは既に実証済みだ。では―――。
「魔、術………!」
黒雫を用いた脱出、或いは支えの作成。支柱を生み出せば私が自由に動ける。
そう判断し、魔術を使おうとするが、その瞬間に気が付いた。
………こいつ、魔術を使ってる。しかも私がこいつを叩き落とした時に使用した手段と同じ理論のものだ。身体に、岩を纏って加速度的に重さを増していやがる!
まさか意趣返し?いや今はそれはどうでもいい。上という有利な場所にいるワイバーンが、先に魔術を使って重さを増している以上、黒雫で支柱を作ったところで意味がない。
なかなかどうして、頭の回る………。
「っ」
硫黄の匂いが酷くなる。
垂れ落ちるようなその臭気が濃くなったのは、魔力が垂れ流されているから。しかしこれは術式を用いた魔術ではなく、もっと原始的な―――。
影を見上げ、赤く光る隻眼を見つめる。黒いワイバーンのその髑髏のような口元が、確かに笑ったように、引き裂かれた。
「―――、―――」
濃密な魔力が凝固するのを肌で感じる。収縮し、そして………大爆発。咄嗟に身体に黒雫の幕を張るが、恐らくは焼け石に水だろう。
周囲の森林を吹き飛ばし、私たちが作り出した大穴よりもさらに数段巨大な穴を作り出したそれは、自身の残りの魔力を用いて発生させた、命を代償とした魔力暴走、つまるところ自爆だった。
仰向けに倒れる私の視界に、幾つもの鉄の柱が見える。それはボロボロと砕けて、私の顔に煤となって降り注いだ。
「うむ。負けたな、ラリナ」
「馬鹿言うな。引き分けだ」
確かに、自爆をもろに食らっていたら死んでいただろうけど。
クリスが魔術を展開し、その鉄の柱の数々が自爆の衝撃を和らげたおかげで、死は免れた。
私の顔を覗き込むクリスの頬を押しやると、立ち上がる。ああ、まったく。なんだったんだ、あいつ。
「………」
最期、まるで喋っていたかのようだった。赤い隻眼と笑む様なその牙が印象に残る。
まあいい。どうせ死んだんだ、気にする必要はないだろう。汚れの着いた髪を払うと木の陰で気絶しているフェバを肩に担ぐ。
昇格任務は終わった。闖入者も消えた。ならばあとは帰るだけだ。
「ふん」
背後を一瞬振り返って。
………ああ、そうだ。私の負けだよ、と。そう、心の中で認めて。




