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闖入者





監督役が離れすぎても困るのである程度の距離を保ちつつ進む。

軽い駆け足程度の速度ではあるがフェバは少々息を切らしていた。まあこれに関しては日頃から師匠と模擬戦を繰り返している私の方が体力がついている、ということもあるのだろう。

さて、件の目的のワイバーンであるが―――。


「わざわざ探す必要はなさそうだ」


空から石を擦り合わせたような咆哮が響く。

高く太い樹々のその葉の隙間から捉えられる数は五体。その全て、翼を広げた状態で大きさ五メートルほどの姿を持ち、体表は石灰岩のようなくすんだ白色。

龍によく似た姿の、けれど前肢のない身体には無数の鱗に覆われている。

あれがワイバーン。龍種を模した卑しき飛竜………されど、ただの人にとっては空を飛ぶというだけで脅威である。


「おいおい、まだ森に入ってほんの少しだぞ。ワイバーンが出て来るには随分と近ぇな………」

「どうでもいい。さっさと殺す」


フェバのぼやきを切って捨てると拳を握る。拳の先から滑らかに液体金属………黒雫が現れ、肘までを素早く覆い、篭手と成す。

それだけではない。足元にも黒雫が現れ、光を淡く反射する金属質感の水たまりが円を描いた。

何事かを考えている様子のクリスに視線を向ければ、気が付いたようでこちらに頷きを返してきた。


「やりたいようにやれ。お前がどう動こうとも、私が援護する」

「そ。遅れたらあとで蹴り飛ばす」


軽口を叩き、黒雫の湖面の上に踵を叩きつける。

力を籠め、跳躍―――周囲の森の景色が一瞬にして遠ざかり、私の身体は空に在った。


「まずは、一つ」


跳躍によって生み出された威力そのままに、右足を振るう。狙う先は先頭を飛ぶ少し大きい奴だ。

鋭い踵の刃が状況を認識できていないワイバーンの首を切り落とした。鮮血が空に舞い、遅れて仲間のワイバーンが警告のつもりなのか鳴き声を上げる。

揺れる前髪の隙間から覗く景色の向こう、山嶺にまで伸びた青空の下に―――無数のワイバーンの姿が見えた。

………数が多いな。別に脅威にはならないし、こいつらの”警報”が届く距離にいる奴らの方が少ないだろうけど。少しだけ、気になった。


「クリス」

「ああ」


小声でも伝わるのは私たちの肉体が魔物に近いからだろう。

地表から射出された水の矢尻が、首を落とされたワイバーンの胴体に残った魔核を正確に撃ち抜く。

慣性が重力に負け始め、身体が沈むその前に、私は手のひらに黒雫の球体を作り出した。その球体を未だぎゃあぎゃあと騒ぎ立てているワイバーンの方に向けて、魔力を持って命じる。


「縛れ」


魔力の奔流。球体より生み出されたそれは黒雫の鎖であり、その数は四本だ。

細くとも濃密な魔力によって編み出されたそれは見た目よりの遥かに強度が高く、また通した魔力によってある程度の指向性を持つが故に、私の命令通りにワイバーンのそれぞれの首に巻き付く。これで、堕ちることは無くなった。

鎖を右腕の篭手に巻き付け、中空で姿勢を制御。


「ギャ、ァ、ガァ!!!!」

「ブレスか」


鎖の拘束に藻掻くワイバーンたちの口が開き、その奥から火属性に染まった魔力の気配を感じ取る。

狐の魔物やキマイラがやったようなそれとは違い、あれは矮小なる偽物の龍たるワイバーンが持つ魔物としての特性―――龍のブレスの真似事である。魔術ではなく、そう言う器官を持っている、と考えた方が良いそうだ。

その発生は魔術の火球よりも遥かに早く、威力も高い。ワイバーンが持つ最も高火力の攻撃手段であり、それを空から一方的に吐き出すが故に、ワイバーンが厄介だと呼ばれる所以でもあった。

さあて、どう対処しようか。そう考えた瞬間に、その思考が無意味であったことを知る。


「ブ、グ………?!!!」

土槍テルラスタ


超高速の魔術発動。クリスによる土槍の魔術。

キマイラが同じ魔術を使ったところを見たことがあるけど、速度の威力も、そして射程も段違いだ。なにせ遥か数十メートル下から鋭くも硬質な土の槍が飛び出てワイバーンの頭蓋を叩いたのだから。

まったくもってふざけた魔術の腕前である。

クリスの土槍によって強制的に口を閉ざされたワイバーンたち。だが一度チャージしたブレスはもはや止まらない。僅かな黒煙を牙の隙間より漏らしながら、彼らの頭が一斉に爆ぜた。


「死んではいないぞ」

「わかってる、よ!!」


ワイバーンは火に強い魔物だ。ましてや自分のブレスで死ぬような間抜けは少ない。

首に巻き付けていた鎖を思いっきり引く。右腕を廻し、回転させる。二度、三度、さらに勢いをつけて、そして。


「行けッ!」


地面へと投げつけた。

風を切る轟音、樹々がひしゃげる音。投げた瞬間に黒雫の鎖は液体となって溶けて消えているため、私はその投擲の勢いに吊られることもなく、自由落下を始める。

空中での無理な機動にはコツがある。既に在る技術を応用すればこんなことも可能になるのだ。

私が地面に降り立つ前に、そこにはワイバーン四匹の質量によって穿たれた窪みが現れる。土煙を上げるその中で、ワイバーン同士で折り重なったが故に全身の複雑骨折を免れた一匹が、その長い首を震わせながらもこちらに向けているのが見えた。

口が開く。火の魔力、ブレス。いいよ、撃ってきなよ―――格の違いってやつを思い知らせてやる。

腕を振って自身の背後に黒雫の湖面を生み出す。踵をそこに宛がうと、蹴りによって一気に加速する。湖面が撓み、私の身体は地表へと突き進む。


「ガ、ァァァッ!!!!」

「………ッ!!!」


踵で一閃。それで終わり。

ブレスを裂き、更にワイバーンの首が落ちる。私の足には一切の傷も焦げ目もない。当たり前だ、この程度の敵に今更苦戦する訳もない。

魔物でありながら驚愕に歪ませる瞳。落ちた首、その額に埋まっている黒と赤の混じったマーブル模様の魔核に手を伸ばして、奪い取った。魔物の二つの生命線が失われ、瞳から光が消える。胴体の方も倒れ伏した。

ひしゃげた残りのワイバーンたちの身体がもぞもぞと動く。こっちはまだ死んでいない。全身が複雑骨折して行動不能になろうと、魔物は命と魔核を絶たねば死なない。

傍に寄ったクリスが腕を振るう。発動した魔術は風のそれ。真空の刃がワイバーンを細かく切り刻み、最後に吹き上がった風がクリスの手のひらの上に魔核を運ぶ。

この一連の流れでおおよそ三十秒程度。それで昇格任務は終わったわけであるが。


「これでクリアだけど、もう帰ればいいの?」


口を阿保みたいに開けっ放しにしているフェバの方に振り返る。

手に一応弓を持ってはいるものの、使うことはないだろう。私たちの視線に数度の瞬きで答えると、口を閉じて咳払いをする。


「あ、ああ………えっと、いや………」

「はっきりものを言え」

「お前本当に年上にそういう態度………」

「信頼されたいのであれば相応の実力が必要だ。残念ながら、お前には無い」

「マジでこの餓鬼どもッ………」


フェバが感情を爆発させようとしたその瞬間、私の身体は走り出す。

対応できていないフェバの首根っこを掴み地面に伏せさせると篭手の先から液状の黒雫を生み出し、即座に硬質化―――その直後にその即席の盾に強い衝撃がぶつかり、盾に罅が入った。

臭い、何とも臭い匂いがする。腐臭、違うな。硫黄の匂いだろうか?


「クリス、状況は!」

「新手だ。ワイバーンのようだが………黒いな。変異種か?」


フェバの身体の上を這いながら盾から顔を出し、クリスの方を見る。こんな格好なのは万が一にでもあの火球がこいつに当たったら死ぬからだ。この体勢なら、黒雫が破れても私の身体が蓋になる。

クリスの瞳のすぐ前が奇妙に歪んでいた。あれは風の魔術を応用したもので、空気の屈折率を操ることで遠くを見ることを可能にする魔術であるらしい。ようは魔術による望遠鏡だ。


「図体も巨大だ。また来るぞ、どうするラリナ」

「………もちろん、ぶっ殺す」

「なんなんだこいつら!!」


喚くフェバを蹴とばし、即席の盾から離れる。こいつには死なれちゃ困るけど、戦場に居たら邪魔なので見えないように盾の中に突っ込んでおく。あと一回くらいなら盾で防げるだろうし、余波からも身を守れるはずだ。

確かに空を悠々と飛ぶそのワイバーンは黒い姿をしており、その大きさは先程斃したワイバーンたちの倍はあるだろうか。そのワイバーンたちをぶっ飛ばした時に開いた風穴で空を見るのが実に容易である。

だが、見るのとは違い接近は難しいだろう。なにせ、黒いワイバーンは私の跳躍でもすら届かないほど上空に居るのだから。

ぎょろり、と黒いワイバーンの赤い目が私を睨んだ。

まあいいさ。丁度歯ごたえがなくて物足りなかったんだ。こいつが何者かは知らないけど、ついでに狩らせてもらう。





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― 新着の感想 ―
 数ヶ月前命の争いをした2人が連携し、ここまであっさりと倒すとは。  ワイバーンの別種、介入。
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