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昇格任務の始まり






ロッチノアの街の冒険者ギルド。その一階、受付兼酒場の木製椅子に大きく足を広げてどっかりと座り込む男が一人。

模様が浮かびこむように剃り込まれた髭を撫でつけて煙草を吸うその男は、このギルドの受付嬢の要請を受けて昇格試験に挑む新米の監督役を任された冒険者であった。

胸元にかけられた識別証はピンからキリまで様々な青階級。そしてその男、フェバはどちらかと言えば青の中では下の方に属する冒険者である、と評価されていた。


「………だりぃ………でもなぁ、受付さんの頼みだしなぁ」


当然、フェバは自分自身では青にまで到達した腕の立つ冒険者であると自負している。だが往々にして自己評価と他人からの評価は異なるものだ。

ロッチノア支部の受付嬢―――ラリナたちを案内した二十代後半の女性、エルネという名の受付嬢に対する恋心を巧い事利用されている訳なのだが、当人はそれにもまた気が付いていない。

情報の価値を知るべき青階級でありながらそのような様なのだからまあ………フェバが青の中では下の方、という評価を受けることも当然だろう。

年齢は三十六歳。脂の乗った、というには少々くたびれたおっさんと呼んでも差し支えの無い年齢であるが、彼が恋する受付嬢もまた女性としては薹のたった年齢であるため自身と釣り合うと本気で思っている所が救えない(ちなみにエルネには婚約者がいるため、本当に叶わぬ片思いである)。


………フェバさんに、ギルドからのお仕事をお願いしたいのです!


惚れている相手にそう言われては頷く以外に選択肢などあろうはずもない。

監督役という仕事の割に多少報酬金が安かろうともそんなことは思考の片隅に追いやられるほどに………実際は依頼の際に手を握られたことで殆ど考えが吹き飛んだだけである。

そも、邪龍による災害で忙しいアンジェリコ伯爵領及び、伯爵領内でも有数の都市であるロッチノアで暇をしている時点で、彼の腕前はたかが知れている。とはいえ、赤階級や橙階級では逆立ちしても勝てない程度の実力は有しており、ワイバーンから安全に撤退できる腕前は持っていた。

ギルドの大きな壁掛け時計に視線を向ける。ギルドが指定した集合時間まであと十分。フェバが直接担当した訳ではないが、昇格任務は当日に怖じ気付いて来ることすらできない冒険者すらもいるという。

三割はそれで脱落、残り五割は力量を見誤る身の程知らずで昇格任務に失敗、運が悪ければそのまま死亡ということも多々ある。残り二割が合格し、上のステージに上がれる。


「女のガキ二人だろ?大人しく家で裁縫でもしてりゃあいいのになぁ」


この世界のこの時代、ギルドの受付などを除外すれば殆どの女性は家業を継ぎ、或いは嫁ぐのが一般的である。そして東部でも比較的寒さの厳しい部類に入るアンジェリコ伯爵領では冬場の女性の仕事は俗に言う針仕事、というものであった。

残り、八分。腕を組んで目を閉じるフェバ。そのまま頭の中で時間を刻む。残り五分、残り三分。

………これは逃げたな。そう思って目を開く。


「―――ッ?!」


フェバの目の前には白髪に忌み目を持った少女と、その少女によく似た、けれど少し年上の金色の目を持つ少女が立っていた。

見た目は貴族と見紛う程整い、何よりも二人とも恐ろしく髪が長い。けれどその視線は冷たく、忌み目の少女の方は動きやすい革製の鎧に、奇妙な足鎧を装着していた。

金色の目の少女の方は魔術師用のローブに、戦闘を想定された動きやすいスカートと急所を最低限守る魔物の鱗の防具。どちらもフェバを見降ろしている。

ポロリ、とフェバが咥えていた煙草が床に落ちる。

いったい、いつの間に?仮にも青階級の冒険者であるフェバである。目を閉じていても人がやってくれば気配の察知は出来る。だというのに、これ程近くにいても尚、その存在に気が付かなかった。


「お、お前ら、一体」

「お前が監督役だろ。いつまで寝てるんだ」

「寝てねぇよ!!」

「こんな人気の多い所で目を閉じるとは不用心な事だ」


一切の容赦なく毒を吐く美少女二人。

ジェバは頬をひくつかせると、舌打ちをして立ち上がる。


「俺はフェバだ。お前ら赤とは段違いの青階級の冒険者だからな、フェバさんと呼べ」

「そうか。よろしくフェバ」


金色の目の方………クリスが思いっきり呼び捨てる。

ラリナにしては最早挨拶を返すことすらしなかった。ラリナよりもクリスの方が社交的である。

紅い目を細めてフェバを見ていたラリナは早々に、


(こいつ弱い)


と見切りをつけていたこともあるのだが。


「このガキ共が………まあいい!!俺が監督役をするからには厳しく行くからな!!甘い裁定なんてしてやらん!」


特に反抗的なクソガキには、と心の中で付け加えるフェバ。


「どうでもいいよ、お前の意見なんて。ワイバーンの首を持って帰ればいいんでしょ」

「は、どうやって戦うってんだよお前。そっちの金色の方は魔術師のようだが、お前は………モンクか?無手でどうやって空の敵を落とすってんだ」


ワイバーン相手だけではなく、空を飛ぶ魔物を相手にするのであれば、魔術を使えるものか、遠距離攻撃手段は必須。

フェバもまた背中には大弓を引っ提げていた。


「つうか名前教えろよ………」

「クリス」

「………ラリナ」


見かけだけは美少女な二人に嫌そうな顔で名前を告げられる。

渋い顔をしつつも、溜息を吐いてフェバは冒険者ギルドの扉を開けた。


「馬なんて借りねぇからな!!走ってついてこい!!着いてこれないならその時点で任務失敗だ!!」


そう吐き捨てると、小走りでロッチノアの街中を駆けていく。人の少ない早朝だから走れるのだろうが、真昼間にそんなことをすれば非難囂々である。

ラリナとクリスは顔を見合わせると、フェバを追いかけていく。

―――そうして、昇格任務が始まった。











「遅い」


目の前を駆ける男に視線を向けて私はそう吐き捨てる。

青階級の冒険者であるようだが身のこなしはトルド村で出会ったジョルジよりも遥かに劣っている。背負っている弓も果たしてどれほど使いこなせるものか。

息切れしない、体力を使い切らない、その程度に抑えた速度であるとしても私たちが遅く感じる程なのだから、一級とは言い難い戦力だろう。

目的地はロッチノアの街から北西に四十キロほど進んだ先にある森の中だ。森、というか殆ど山嶺の麓である。

普段から身体を鍛えている冒険者にとっては、普通の旅人では丸一日かけて漸く辿り着けるかといったその距離も半日もかからない。というかフェバが居なければ体力を温存しても二時間も掛からない。

そんな訳で随分と時間をかけて、目的地へと辿り着く。


「………ここからはもう、いつワイバーンが出てきてもおかしくない。精々気を付けるんだな!」


鬱蒼と茂る森の中、僅かな冷気が漂うのは山から下りてきた寒気と魔力のせいだろう。

山嶺に含まれる魔力のせいかこの森はロッチノアの近郊の雑木林と違って、樹々の太さがかなり太い。魔狼の森程ではないが、それでも懐かしさを感じた。

足を踏み入れ、身体を伸ばす。人混みよりもやはりこっちのほうが私の性には合っている。それはきっと、クリスも同じだろう。


「俺は手伝ってやらんし、助けたりもしない。死なないように気を配るんだな」

「逆に聞くけど、お前が死にそうになった時は助けた方が良いの?」


フェバの方を振り返り、一応そう尋ねる。


「なっ?!」

「ラリナよ。監督役が死んだら誰が報告するのだ」

「あ。そっか。分かったよ、一応助ける」


うん。死なれたら確かに困る。

あの受付嬢、どんなケチをつけてくるか分からないし。何故か顔を真っ赤にしているフェバから視線を外すと、目を細めた。


「さあ………狩りの時間だ」


―――存分にやろう。






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― 新着の感想 ―
 今までの修羅場から比べれば、かなり楽そうですが、果たしてどこまで手の内を明かすのかな。 追伸 手伝ってやらし→何か文字が抜けたのでしょうか。
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