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行き先は

 そこそこ金のある身分を顧客層にしている料理屋。その女主はいつもの場所に陣取って店の中を見るともなく見ていた。

 からりと扉が開き、妙に場違いな客が入ってきた。

 すでに老境に入ったかと思われる女、その着ているものはあきらかに貴族御用達、裾を裁く様子も品があり、いかにも上流階級の奥様といった様子だ。

 結い上げられた半ば白くなった頭を軽くかしげる。

 その女をしばらく観察していた香樹に、女は笑顔を向けた。

「久しぶりねえ、この店も変わったわ」

 そう言って、物珍し気に女は店の中を見回す。

「でもあの柱は変わらないわね」

 店は何度か改築を繰り返したが、奥の心柱は頑丈な木材を使っていたのかなかなか痛まないので、建ったままずっと使われている。

「香樹、久しぶり、私よ、美蘭」

 以前、この店で働いていたこともあった女だ。なんでも貴族の目に留まって妾になったという噂を聞いていたが。

「今どうしてるんだい」

 思い出したら急に懐かしくなった。

 給仕の仕事をしていた相手が、このいかにもいいところの奥様然としていて、それでいて、笑顔はあの頃とあまり変わらなかった。

「旦那に先立たれてね、田舎に引っ込んで、子供に縫物を教える内職みたいなことをしているよ。まあ、それなりのものを残してくれたから儲けなしの暇つぶしだけど」

 いつもちょこまかしていたなとそんなことを呟きながら、椅子をすすめる。

「今日はおごるよ、酒はいいかい?」

「いえ、お酒は医者に止められていてね、温かいものを少しもらえたら」

 麺料理を量控えめで出してやる。

「旦那の法事があってね、墓はこちらだから、なんだか懐かしくなってねえ」

 箸を使いながらそんなことを呟いた。

「姉さん、何してんの」

 今度は、やたら立派な顎髭を生やした初老の男が店に飛び込んできた。

「ちょっと懐かしくなって」

 美蘭を姉と呼んでいるということは、その弟の真影だろうか、可愛らしい女の子のような少年だったのだが、変わり果てた姿になって。

「いきなりいなくならないでよ、心配するでしょ」

 なんとなくこのやり取りは、どこかあの頃をほうふつさせる。

「まあ、いいじゃない、法事は明日だし」

「明日でも、今日やることもあるでしょ」

 いきなり始まった兄弟げんかをいなしながら、香樹はくすくすと笑った。


 香樹は早朝、店の前を掃除していた。

 下働きがするような仕事だが、早朝の空気が気持ちよくてたまにする。

「今日はやけに役人が飛び回っているね」

 同じく下ごしらえをしている隣の店の主人と世間話をしていた。

「昨日ね、王太后が逝ったらしいよ」

「つまり今の王の母親ってことか」

「もうすぐ国葬になるからねえ」

 自分たち下々の人間にとって、王の母でも姐でも同じこと、関係ない。

「ほら、あの大広場に祭壇が作られるらしいよ」

 そのうち見物に行こうかと笑いあう。

「明日は、葬儀にまつわる儀式で、いろいろお客が多そうだね」

 そんなものだ、そう思いつつ、その日大通りに出た。

 后の肖像画が隊列に守られしずしずと進んでいく。

 その肖像画の顔が、かつてよく顔を合わせた女の顔だったとしても、もう幸寿には関係ない。

「予感があったのかい?」

 生まれ育った街を最後に歩きたかったのか。つい先日あった女は肖像画の中でほほ笑むだけで答えない。

 悲壮な顔をして歩く、つい先日あった顔を見つけて香樹はそっと一礼した。

 香樹に気付いたのかその顔がさらに歪む。

 関係なかった女は、昨日と同じ一日を送るべく、葬列を後にした。



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