第三部第二話 青年と少女
魔術という未知の方法で連れ去られたフェリアナは驚いていた。一瞬の間で違う場所に行きかうことができるとは思いもしなかった。わざわざ兄弟二人で身代わりごっこをする必要はなかったのでは、と思うがかなり体力を消耗するようだ。カイルはどこか疲れた顔をして言った。
「今のうちに別れを告げておくんだね」
その言葉にフェリアナは鋭く反応した。
「私は戻るわ。必ず。大好きな人のいるところに・・・」
強く自信にあふれた言葉にカイルは冷笑する。
「人質はそんな口をたたかないことだ」
カイルはフェリアナの頬を軽くはたいた。本気ではない。本気でやればフェリアナはそのがけから落ちて死んでしまうだろう。
「行くぞ」
カイルは何を思っているのかわからないポーカーフェイスで告げた。
「どこに?」
どんなところにつれされれようがもう気にはしなかった。覚悟は出来ていた。地獄に行こうとも必ず戻って見せるという気持ちがフェリアナを支えていた。
「私の屋敷に、さ」
突然、手をにぎられてフェリアナは驚いたがどうやらどこかに触れていないと同行者を転移できないらしい。それも一人か二人かがせいぜいなのだろう。さきほどの消耗でさらに無謀に決行するのにフェリアナは心配になったが何もつれさった人間に優しくできるほどフェリアナは優しくなかった。
一瞬のできごとだった。まぶたを一度するかしないだけでフェリアナたちは古びた屋敷の前にいた。カイルは流石につかれきったのか肩で息をしていた。いつ倒れてもおかしくはない状態にフェリアナも流石に不安を覚える。
「カイ・・・」
名を呼んで手を貸そうとするとカイルは荒々しく払いのけた。
「さわるな」
激しい声にフェリアナは出しかけた手をひっこめた。こういう状態の人間には何を言っても無駄なのだ。
「古いけれども素敵な屋敷ね」
しかたなくフェリアナは屋敷を見上げて言う。
「先祖代々の屋敷だ。修繕しながら私が使っている。王都のは王に仕える身分になってからの屋敷だ。そして忌まわしい・・・いや。それはどうでもいい」
カイルは扉を押し開いた。ギィと扉が音を立てる。
「私たち二人だけなのね」
迎えに来るようなメイド達がいないのを知ってフェリアナは納得するようにいった。
「一人で住むのにいちいち面倒な人間は要らない。だが、客のためにお茶は用意しよう」
「ありがとう」
素直に言葉を受け取ってフェリアナは微笑んで答えた。悪意のない声ぐらいはわかる。
「それまではその辺をうろついていたらいい」
カイルがすっと屋敷の奥に消えていった。ぶらぶらとしていたフェリアナは階段をとんとんと上がっていった。肖像画が並んで飾ってある。その中の一人の肖像画にフェリアナは目を惹かれた。まるであの樹に守られていた少女をそのまま大人にした感じだった。
「この人がアイリーン・・・」
「触れるな!」
声がすると同時にナイフが飛んでくる。だが、それを予想していたかのようにセフィロトの杖をだすとはじいた。床につきささったナイフを今度はフェリアナが投げる。ナイフはカイルの頬をかすり壁に突き刺さった。
「やはり、死神だな。流石だ」
「あなたもね」
悪魔に魂を売ったような卑劣な男であるはずなのにそこにいるのは不敵な態度でいるだけの青年に変わりはなかった。
フェリアナは階段を下りてくると運ばれたカップに口をつけた。
「警戒しないのか?」
流石に驚いたカイルが尋ねる。
「人質は三日まではまだ安全なのよ。それに今、私に死なれたら交換条件が不利になるわ」
「度胸の据わった女だな」
「女・・・というより乙女と言ってほしいものだわ」
不平そうにフェリアナが言うとカイルは声を出して小さく笑った。
「なんとかわいらしいことをいうものだ。気に入った。これからは乙女と呼ぼう」
「ありがと。綺麗な人ね・・・」
誰が、とは言わなかった。ああ、と短い答えが返ってくる。そこにどんな感情がうずまいているのかは少女のフェリアナには察しがつかなかった。
「アイリーンに似ているわね。まるで生き写し」
あの守られし少女の名がアンメリーに代わったことを知らないフェリアナはそう最初の名前で少女を形容した。ああ、とまたカイルは答える。
「あなたがあの少女をアイリーンとして扱いたかった気持ちは分かる気がする。私も・・・」
フェリアナはにかっと白い歯を出して笑うシャインの笑顔を思い出した。声が震える。涙がこぼれそうになったのを必死でとめた。
カイルはすっとハンカチを差し出した。
カイルの優しさにじかにふれてフェリアナはアイリーンが言ったことを思い出した。
「哀しい人」と・・・。
そうなのだ。心から愛する人を失って心の均衡が壊れてしまった。新しい心をささげる女性には出会えなかったのだろう。それより目が動かなかった。それほどカイルはアイリーンに心をささげていたのだろう。まるで忌まわしい記憶と輝かしい記憶の間にはさまれているようだった。決して悪魔に魂を売り渡したのではない。今なら戻れる。最悪の事態になる前に。
「あなた。第四の聖具のありかを知っているの?」
フェリアナが何を考えているかも知らずにカイルはその問いを受けた。
「気になるようだな。よっつがそろえばろくなことが起こらないといわれてるからね」
くつくつと自嘲気味にカイルは笑う。ひとしきり笑い終えるとブレスを指示した。
「それはアベルの持っていた魔よけでしょう?」
カイルは否定する。
「アベルのもっているのは確かに魔よけだ。だが、これは違う。君の安らぎの宝玉が体の中から現れ出でるのと同じようなものだ。このブレスも変化する」
ブレスが一瞬光った。まぶしさに目を閉じてまぶたを開けるとそこには三叉の槍があった。それは英雄が持っていたというよりはまさに破壊神が手にしていたような神々しいあるいは凄絶なエネルギーを感じさせるものだった。
「やはり、あなたが・・・」
フェリアナはそれを見ても驚かなかった。第一に聖具の存在を言い伝え知っていたのはクーグル家。思わしくない心を持ったものがその存在を知っていれば自然と手にしてしまうだろう。特に絶望の淵に立たされたカイルには激しい誘惑だっただろう。そしてその誘惑にはまったがゆえにこうして聖具を探す行動に出たのだ。
ねぇ、とフェリアナは思惑から離れて言う。
「シャインも言っていたけれど、目覚めたアイリーンと復活させたアイリーンはどうするの? 二兎を追うものは一兎も得ずというわ。彼女達が可哀想」
わかっている、と疲れた顔をしてカイルはいう。
「あの少女はアイリーンではない。だが、聖具を探して彼女を見つけたとき私は動揺した。あまりの生き写しに生きていてくれたのかとさえ思った。実際は違ったがね。だが、それでもあいつには触れさせたくなかった。アイリーンだけは誰にも渡せない」
傷ついたような声で話すカイルを見てフェリアナは情けをだそうかと思った。だが、この青年には意味を成さないだろう。彼に必要なのは慰めではなく、彼をうけいれる女性。過去もすべてをも包み込んで受け入れる女性が必要なのだ。
「アイリーンだけは私のものだ」
そう言って深い沈黙をカイルは守った。そこへフェリアナが声をかける。
「アイリーンの人生も命もすべて彼女のもの。あなたが人を殺めたり傷つけてまで復活させて彼女はよろこぶかしら?」
フェリアナの問いにカイルはわからない、と憔悴しきった声で答えた。
「だが、恨みを持っていたら? もっと生きたかったと思っていれば?」
「私はこう思うわ。私の命をシャインやバースたちのために失っても後悔しない。今まで一生懸命生きてきたからそれで十分なの。でもね・・・」
フェリアナは瞳をきらめかせた。
「これからは彼らを振り回していこうと思ってるわ。私はひとりで生きてきた。そのつらさはわかっているつもり。そして仲間がいる安心感も知った。私はあの中に戻りたい。あなたと一緒に・・・」
最後の一言を言ってしまったと、フェリアナは戸惑った。カイルに謝る。
「ごめんなさい。よけいなおせっかいね。シャインのバカがうつったのよ。きっと」
シャインと名を呼ぶだけで声が震えた。強気な自分でいるが一人はこころもとない。怖い、と思う。今までは一人でもなんとも思わなかったのにあのお調子者のせいで一人でいるつらさを教え込まれてしまったらしい。
シャインのバカ・・・。
フェリアナは心の中でシャインに文句を言う。
「お茶が冷めてしまうわね」
フェリアナは紅茶をのどに流し込んだ。




