第三部第一話 魂を売った男
ようやく第三部です。旅の終わりが近づいてきました。シャインたちは新たな大陸でなにをみつけるのでしょうか。最期までお付き合い願います。
「僕ら・・・いや私達はどちらがアイリーンの愛を得られるかふざけあいながら競っていた。まだ若かったから本当の愛がなんたるかも知らなかった・・・」
クーグルはそこで口を閉ざした。たが、意を決したように顔を上げて話し出した。
「あの日、暑い夏の日だった。私たちは小川でまたふざけあっていた。私は・・・。兄をつきおとした。殺意がなかったとはいえない。ただ、ふざけあいの延長上に落としたのだ。すぐにカイルは戻ってくる。だからいつにもまして悦に入っていた。ところが、それを見ていたアイリーンが助けに入った。服を着たままで。上流社会の女性の服は重い。ましてそれに水が含まれたら・・・。想像にするは堅くない。彼女はそのまま水の底に沈んだ。それが真相だ」
違う、と兄のカイルが叫んだ。
「アイリーンは殺された。お前のなしたことで。お前さえいなければこんなこともなかった。十六年もアイリーンを捜し求めることはなかった。お前が殺したんだ」
最後の殺したんだ、と強調してカイルは言う。たしかに、と弟クーグルであるアベルが言う。
「私の罪だ。すべて私から始まった。兄さんの心を壊してしまったのも私だ・・・」
寂しげにアベルは言う。自虐的な微笑さえ浮かべる。彼もまた狂い始めているのかもしれない。フェリアナは思った。
「兄さん? はっ。この私を兄と扱うとは。もとより私には家族などいない。お前もだ。弟などではない。彼らはたんなるチェスの駒でしかないのさ」
カイルが鼻で笑って言う。その目はぎらぎらと狂った目だった。
「さぁ、昔話は終わりだ。私のアイリーンを起こさねば」
「その子はアイリーンとは違う。彼女は十六年前に死んだ。彼女はその前から眠り続けていた。同一人物ではないのだ。兄さん、もうこんなことをやめよう。もう私達はアイリーンのことを吹っ切るしかないんだ」
カイルはそれを流し聞いて薄い膜に優しく手を触れた。
「さぁ、アイリーン出ておいで。目覚めの時だよ」
今まで聴いたことのないような優しい声でカイルが言い聞かせる。すると小さな穴があき、そこから緑色の液体がながれてきた。その穴は次第にひろがり、亀裂が入った。どっと液体が流れる。彼女はすとん、とカイルの腕の中に落ちた。
「アイリーン。あいたかったよ。私のアイリーン」
「んん」
少女がかすかな声を上げた。まぶたがゆっくり開いていく。その瞳はまるで宝石の様な緑色の瞳だった。
「あなたは・・・だれ?」
声の調子を整えながら少女は尋ねる。まるでこのときが来ることが分かっているかのように振舞う少女にシャインたちは驚く。
「君を愛するためだけに産まれてきたカイルだよ。さぁ一緒に行こう」
「どこへいくの?」
「神々の作り出した国だ。そこでは何でも自由に出来る。一緒に国を作ろう。君がうれしいと思うようにつくろう」
そのカイルの言葉にシャインは鼻で笑い飛ばす。
「はっ! 恐れ入ったね。国を作り上げて死んだアイリーンを取り戻し、またこのアイリーンを手にするたぁ、貴族様のわがままだね。両手に花がそんなにうれしいか!」
シャインは怒りのあまり語調が強くなる。
そんなシャインを一瞥してカイルは言う。
「なんといわれようとアイリーンは今も昔も私のものだ。誰にも渡さない」
シャインたちとカイルの間で火花が散り、一触即発状況になる。そこへなんと温和な声が間に入った。
「あの、私は誰でしょうか? 記憶がいまいち不確かなのです。今はいつの時代なのですか?」
困ったような緑のまなざしを彼らに向ける。シャインがどーっと脱力する。
「あんなにはきはきとえらそーな事いってここまで連れてこさせたのにその態度はなんだなんだー」
すみません、と少女は謝る。謝れても対応に困るのも事実だがそれでも納得する。
「あの状態を覚えていなかったらそのうちに思い出せばいいさ。これからは仲間なんだからさ」
軽い口調でシャインが言うと、カイルがびくっとした。少女もびくびくしている。また何か争いごとがあったら気でも失いそうだ。弱弱しい少女にシャインも口をつぐむ。バースが変わりに言葉にした。
「その悪魔に魂を売った男と一緒にいるかそれともこちらに来るか、決めてほしい。できればそちらには行かれて困るんだが・・・」
言外にそっちに行くなという意味合いを強くこめてバースは言った。
アベルも小さくうなずく。
「わけはあとで話すからさー」
あくまでも軽いシャインである。この軽さが致命的でもあり長点でもある。
「私はそんなに信じられないかい?」
優しい微笑を浮かべてカイルは言う。
「そういうわけではないのですが・・・」
別にカイルが悪いとは思えない。だが、直感はあちら側に行くべきだと言っている。ただ、この哀しそうな男を一人にするのは気が引けた。一度あちらに行ってしまえばこのカイルの心を壊してしまいそうで怖かった。強気にでているが、その内面はもろいガラス細工のように感じられた。自分の存在が彼の運命を左右すると思うと気持ちが決まらない。
はげしく心は揺れ動いた。自分はなぜここにいるのか。なんのためなのか。何もかも思い出せないのにこの複雑そうな人間関係に放り込まれたのだ。とまどって当然であろう。
「私、この人と行きます」
「アイリーン!」
下した結論に誰かが叫んだ。その意志の強い言葉にカイルさえも驚いた。まさかこれだけ不利な自分についてくるとは思いもしなかった。心の底ではそばにいてほしいと願いながらもきっとそれは無理だろうと感じていたからだ。彼女が下した結論はやはり聖具の共鳴を感じてからだろうか? 創造神同様に破壊神と対極の癒しの神の聖具を持っているからか。自分を見て言ってくれなかったのかもしれない。カイルは孤独を覚えた。自分は誰も愛されない、のだと。この一少女にすら同情しかしてもらえない。愛は一瞬で得るものではないと頭では分かっていても気持ちは動揺した。
「この人の心は凍えています。だから私で出来ることがあればなんでもします」
「そいつは千年王国を作り出そうとしている悪魔のような男だぞ!?」
シャインがはげしく食いつく。しかし、少女はだから、とつけ加える。
「だからこそ、一緒に行きます。この人の心はまだ悪魔に支配されていません。私に出来ることがあれば・・・」
少女の言葉をさえぎるようにカイルは笑う。
「おかしなことをいうね。アイリーン。私の心が凍えていると? 私は正常だ。同情される必要はない。君がどちら側につくか自分で決めておいで」
カイルはぽんと背中を押した。対立していたアベルが受け取る。カイルが宣言する。
「アイリーン傷一つつけたならゆるさない。交換条件としてこのお嬢さんをいただいていこう」
言うと同時にシャインの隣にいたフェリアナが消えた。そしてそう気づいたときはフェリアナはカイルの腕の中にいた。そののど元にナイフがつきつけられる。
「取り戻そうなどと考えないほうがいいね。あっとゆう間にお嬢さんは天国行きだ」
カイルはまた狂わしい目つきでフェリアナののど元を薄く切りつけた。血がにじむ。
「フェリアナ!」
今にも駆け出しそうな勢いのシャインだったがナイフがきらりと光っているのを確認してこらえる。
「なかなか言うことを聞いてくれる純粋なおぼっちゃんだ。その心はどこまで綺麗でいられるか見ものだな」
そうつぶやくように言うとカイルはふっと消えた。
「フェリアナ!」
今までそこにいたはずのフェリアナが消えていた。きれいさっぱりと跡すら残していない。辺りを見回してもいない。森の中を探しに行こうと駆け出したシャインを応急手当をしたアベル、つまるところクーグルが止める。
「あいつは一体何なんだ? もとの恋人を復活させるだけなんだろ? アイリーンなんてどうでもいいんじゃないか。どっちにしろ聖具さえそろえばいいんだから!! アイリーンなんてどうでもいい!!」
そう叫んでからはっと口に手をやる。そこにはアイリーンといわれている少女がいたのだ。
「ごめん」
申し訳なさそうにシャインは謝る。少女は、少し傷ついたようだったが、にこりと笑いかけた。
「一体、クーグルの家は何を担っているんだ? こんな物騒なことをしでかすことが出来るとは」
バースが少女に近づいて寒そうな格好の少女に上着をかけてやる。
「闇の伝承者。そして何百年もたって消えてしまった魔術使いの一族だ。かつては王を排出した家系だ。もっともこの少女のいた時代よりは新しいけどね」
物憂げな態度でアベル、すなわちクーグルが言う。
「兄は魔術の力を主に受け継いだ一人だ。彼の力は一族をきって強いものだった。普段はあっても使わなかったが、アイリーンが死んでからは暴走を始めてしまった。狂ったともいえる所業に廃嫡された。私は伝承者としてただ生きているだけだ・・・」
一物も与えなかった神に恨みたいような気持ちでクーグルは語る。
「それでも俺達の間では十分役に立っている。気にするな。カイルもう一人の大人だ。決してお前のせいではない。分別がつかないのを責任転換する奴のほうがだめだ」
バースがぽんぽんと肩をたたいてやる。それでもクーグルはシャインに始めて頭を下げた。
「愛しい人を失う気持ちはわかる。生き残って重いだけで過ごすのはつらすぎる。だが、私が兄の心をもっと理解していればここまで暴走することはなかったはずだ」
「しかたないさ。フェリアナは強い。きっと戻ってくるよ。牢獄でもやぶって出てきそうだからな」
ははっと心底では怒りや悲しみが渦巻いているだろうがそれを見せずシャインは明るく言う。シャインの言葉にぎこちなかった雰囲気が明るくなる。さらにシャインは声のトーンを上げる。
「さぁ、さぁ、落ち込んでも意味なーし。アイリーンではないこの娘さんに名前付けよう。ややこしくて困るから」
「そういえばそうだったな。マリアとかどうだ?」
「いや、ここはシャルロットで・・・」
「んにゃ、ここは一つアンで」
男三人でまるで産まれた子の命名する場合の様に騒ぐ。そうして暗くなりがちな気持ちに活を入れる。
「あのー」
と温和な少女が言う。
「エミリア、とかどうですか?」
その言葉にシャインは猛反対する。
「いや。それだけは絶対やめたほうがいい。エミリアだけは却下。あんな暴れお嬢になったら困る」
「暴れお嬢?」
バースが尋ねる。
「それは道中で話すから」
シャインの言葉にバースは納得して場を戻そうとする。
「君は何がいい?」
「アン・・・アンメリーとかかわいらしいのが・・・」
少々びくつきながら少女が言う。男三人に囲まれていると流石にひけるらしい。
これが夜中に幽体離脱をして勝気な口を聞いていた同じ人間なのかとシャインとクーグルはそっと視線を交わしてお互いの意見の一致を確かめてしまった。
「じゃぁ、希望通りアンメリーにしようか」
鷹揚に言ってアンメリーの頭に手を置くと言う。
「あ、勝手に決めるな!」
「バース!」
男二人は文句を言うが意味はない。自己申告で決まったのだから。
かくして少女はアンメリーと命名された。
森を抜ける頃にはもうシャインがへばっていた。食糧がそこをついていたのである。
女性であるアンメリーは何事もなく歩いている。分けてもらった食事で大丈夫だった。歩きも強い。
「アンに負けているようなら男失格だぞ」
バースの声にへーいとなげやりな言葉が返ってくる。
「私の分、上げましょうか?」
アンメリーが申し出たが、うけとったら生きてないと思えみたいなバースのまなざしにそれは話す前に却下された。
「こいつにえさをやると癖になって毎回たかられるそ」
その言葉にアンメリーはきょとんとする。愛らしい顔つきにバースは引き込まれそうになった。
「シャインさんってそんなに食べるのですか?」
普通に尋ねたのに大人二人は大爆笑した。めったに笑わないクーグルでさえ笑う。
「まぁ、船での食事を見てみるんだな」
くつくつとバースは笑って答えた。




