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第二部第七話 樹に守られし少女



「うへー」

 ボートから降りるなりシャインは言葉を吐き出した。船は内海までいけず外海からボートを使ってきたのである。一応港らしきものは見えたが原形をとどめていないようだった。こぎ役はもちろんバースの使い走りシャインと力に自信のあるバースが担当した。もちろんフェリアナは女の子ということで除外され、クーグルは最初からやる気なしだったのでこの二人しかいなかったのだ。

「こんなところに第三の聖具があるわけ?」

 荒れ果てた土地を見てシャインは口を滑らす。

「私の見立てを信じられないの?」

 いきなり機嫌を悪くしたフェリアナがつっこむ。女の子は不思議だ。怒っているかと思うともう笑い、笑っていたかと思うとまた怒る。シャインにはそのギャップに驚かされてばかりだ。

「いや、フェリアナを疑ったわけではないけれ・・・おわっ」

 またもフェリアナはセフィロトの杖を持ってシャインを追い掛け回した。最初に出会った頃の心を閉ざした少女ではなく、そこには年相応の明るい少女がいた。

「若いもんはいいねぇ」

「バース。それでは我々がじじぃみたいではないか」

「ではなくて、そうなんだろう。あいつらの五倍は生きている感じだからな」

 このクーグルでさえバースには頭が上がらない。簡単明瞭な言葉にはクーグルでさえ戸惑うらしい。

「おーい。ぼうず。フェリアナ。先を行くぞ」

 こんなところで道草を食っている場合ではない。バースとクーグルが歩き出すとのこる少年少女もあわててついてきた。

 港らしきところから一歩はいるとそこは廃墟の山であった。朽ち果てた家々が目に移る。

 ここで何があったのか? 興味をそそられるがそんなことに時間をかけてはいられない。

「街の人、どこにいるんだろう?」

 おおぼけシャインが言うとフェリアナは即答した。

「四人ね」

「どこどこ?」

 シャインがきょろきょろと辺りを見回す。

「馬鹿ね、私達だけなのよ。私達だけ」

 そう言ってセフィロトの杖でごんとたたく。

「暴力反対。男女平等なんだぞ」

 恨めしそうにシャインはフェリアナを見るが彼女はしらぬ顔をしている。

「レディ・ファーストという言葉もあるね」

 クーグルが面白そうに言う。

「レディ? フェリアナが?」

 口は災いのものである。また派手な音が響いた。シャインが痛いというとバースは豪快な笑いを口にした。

「フェリアナにかかってはぼうずも終わりだな」

「ぼうず、ぼうずって・・・。俺には名前が・・・」

 その言葉をフェリアナが強引に奪う。

「パシリの子分とか」

「ちがーう!」

 懸命に自己主張をするがすでにシャインは残る三人のおもちゃと化していた。もうからかわれても反応しないぞ。シャインは心に強く願うがもともとからかいやすい人間なのでどこまでがまんできるかという限界があった。

「で、これからどこに行ったらわかる?」

「ひ・み・つ」

 馬鹿丁寧なほどに可愛くフェリアナが言う。バースとクーグルは大人の余裕で笑ってすごせたがシャインにとってフェリアナは天使のごときに見えたのであろう。おもわず抱きしめようとしたがするりと交わされてしまう。こうなったらまた鬼ごっこの開始だ。誰かが止めないと延々と続く。馬鹿なカップルほど手に負えないものはない。

「シャイン!」

 バースが地の底から響くような声で名を呼ぶとシャインは固まった。このような声を出すときはかならず甲板掃除が待っていたのだ。もっとも今は地上であるが、何を命令されるか分からない。

 面白かったのに、とやや不服そうなフェリアナの頭を軽くバースはたたく。そこでここにはシャインと二人ではないことに考えが至り、恥じらいが出てきた。

「で、方向はどうなんだ?」

 バースが問いかける。

「これをよく見て」

 フェリアナはまたひし形を見せる。そこには大樹とそのうろの中にひざを抱えて目を閉じている少女がいた。なにやら緑の水の中で眠っている。

「彼女がアイリーン。仮の名前だけど。聖具はどこにあるのかわからないわ。彼女の体内にあるかもしれない。私の安らぎの宝玉のようになっているかもしれないし。でもこの映像を追っていけばみつかるわ」

「だが、どこかわからん」

 バースはフェリアナの希望を一蹴した。確かに地図があるならまだしも映像を頼りにして探すなどとんでもない。もっともろくな地図も持たずアルディスに到着させたバースも似たようなものだが。

「この大陸はもう朽ち果てている。森も少ない。こんな大樹が育つのは古い森。たぶんあの森がそうじゃないかしら?」

 そう言ってフェリアナが指差す。その先にはこんもりとした森が存在していた。

「あ、俺もそんな感じがする。剣が反応してるんだよ」

 シャインの意外な言葉に全員がシャインにまなざしを送る。

「剣を抜いてみてくれ」

 バースに言われたとおり鞘から抜く。

 そこにはゆらゆらと光る刀身があった。それをいろんな方向に持っていく。やはり森に向かう方向が強く反応した。

 彼らはそのまま森に入っていった。

「腹減ったー。のどが渇くー」

 シャインがぶつぶつ言う。

 森へ着く前にシャインは自分の食べる分をほとんど食べてしまった。残っているのを食べたらそれこそもう終わりだ。それでも食べたいという誘惑に勝つ自信はほとんどない。確かに普通の量ではシャインの食欲は満たされないのは分かっているが。

「あー。これ野イチゴだ。だべちゃおうかなー」

 シャインが手にした野イチゴをフェリアナがひったくる。

「これは毒イチゴよ。ころっと死にたかったら食べたら?」

「それはいやかも・・・」

 死ねばクーグルに剣を渡さないといけない。この若さで死んであっさりと渡すのは惜しい気がする。最初にフェリアナに出会ったときによく間違えて食べなかったことだ。そうすれば今頃天国から事の成り行きを見下ろしていただろう。中途半端な知識ほど怖いものはない。ぞぞっと背筋が凍るような気がしてシャインは肩をすくめた。

 森へ入って数時間たつが、あの画像に写った大木は見あたらない。間違ったのかとフェリアナは不安に思う。確かにシャインの剣は反応を示したし、自分の体の中にある安らぎの宝玉もそこにあると告げている。まやかしなのだろうか? 不信に思いながら歩を進めていると川のせせらぎが聞こえてきた。シャインがまっさきに走っていく。遭難したらどうするのよ。フェリアナは思いながらも後をついていく。汗ばんだ顔をつめたい水で洗いたかったのだ。

「ちべたい」

 満面の笑みを浮かべて川の水をがぼがぼシャインは飲んでいた。

「ほんと冷たいわ」

 フェリアナも微笑を浮かべながら顔を洗う。バースとクーグルは水に興味がないのか近くで若者を見ている。

 川も見つけたことで四人は川をさかのぼっていくことにした。けもの道は人が歩くには難しい。すくなくとも川に沿っていれば降りるときも楽だ。また歩くこと数時間。いきなり、フェリアナの心臓がどくん、と強くなった。

「共鳴・・・?」

 フェリアナは念じて安らぎの宝玉を取り出す。やはり少し強くなった波動があった。シャインの剣も鞘からあふれるように光が飛び出ている。

「シャイン! 剣を抜いて」

 フェリアナが強く言うと感じ取っていたシャインがうなずく。

 カーン、カーンと光を出して強い共鳴を始めていた。

「第三の聖具・・・か?!」

 四人の中に期待が走った。

「絶対この近く」

 フェリアナは断言すると一方向を見た。シャインも一緒だ。森の深くに進んでいる。いつもなら慎重に行動するように小言を言うバースもシャインとフェリアナの確信についていくだけだった。邪魔な枝を払いながら進んでいく。

 すっと視界が広がった。

 一面の芝生の上に立つ大樹。その伸びた枝はまるで世界を包むように広がっていた。

 そのうろの中に少女は眠っていた。フェリナの言うとおり、緑色の水にくるまれて少女が眠っていた。まるで体内で赤子が眠っているように。

「これが・・・アイリーン?」

 フェリアナも実物を見て驚く。

 その少女は夜に現れて生意気な言葉を言ったわがままな少女に見えなかった。

「とりあえずアイリーンが出てきてくれなかったら話にならないんだよなー」

 どうすればいのかとシャインが頭を抱える。

「んなもん、つついて破いてやったらいいだろう?」

 バースがナイフを手に近づこうとするのをフェリアナたちは止める。万が一死んでしまわれては困るのだ。クーグルは驚愕と共に悲しみの色を瞳に表しながら近づいていく。

「アイリーン」

 愛おしいものに声をかけるかのようにクーグルは優しく名を呼んだ。膜に触れようとしたその時クーグルの手にナイフが突き刺さった。クーグル家の紋章が柄に飾られている。

「兄さん」

 そこにいるが当たり前のように名を呼ぶ。まるでここで会うのが分かっていたとでもいうように。これが双子の能力なのか。シャインたちは驚くばかりだ。もっともバースは面白いものでも見るような好奇心あらわな視線を二人に向けていたが。

「彼女は私のものだ。お前の穢れた手で触れるな!」

 激しい怒りにシャインたちはまたも言葉を失った。クーグル家とこの少女にどれだけのかかわりがあるのだろう。アイリーンはもう何百年も前に滅んだ大陸の最後の一人だというのに。

 この双子の過去に一体何があるのだろう。そしてアイリーンとの関係は。

 「私と兄とアイリーンは婚約していた。もっとも政略的なものだ。どちらを選ぶかはアイリーンの意思にまかされていた・・・」

 とつとつとクーグルは話し出した。手に刺さっているナイフを荒々しく抜く。すぐに手からは血がほとばしった。その出血を抑える気もなくクーグルは遠い目をしている。

 兄クーグルも押し黙っていた。まるでいやな思い出を聞かされるかのように苦しみに顔をゆがめていた。

今、まさにクーグル家にまつわる過去の謎が今解き明かされようとしていた。




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