第二部第六話 新しき仲間
「フェリアナの笑い声久しぶりに聞いたなぁ」
照れもせず、うれしそうにシャインは言ってフェリアナは首まで真っ赤になる。戦いではフェリアナが先導だが、恋愛ではシャインが先導しているようだ。いつのまにかシャインは少年から青年に変わりつつあった。それを頼もしくフェリアナは思う。
あら、とフェリアナは気づく。
「また、背が伸びたのね。つまんないわ」
フェリアナは不満そうに言ったが内心ではうれしかった。頼もしいシャインがとても輝いて見えた。彼の真っ白なキャンバスに自分への思いを描いてくれていることを幸せに思っていた。だが、そんなことは決して言うつもりはなかった。言うと舞い上がってこの大陸の上をスキップして踊りそうだからだ。
そんなことを話しているとシャインが、急に下品に声を上げた。
「なんでバース船長がいるんだ?」
シャインは今にも泣きそうな声を出す。いくら成長しても頭があがらない人物はいるらしい。相変わらずの情けなさぶりにフェリアナはこっそり笑う。
彼、バースはハディスに向かう船の船長だった。どうやらクーグルと顔見知りらしい。貴族のクーグルの知り合いとしては珍しい。ハディスに向かい船の上でシャインは食費を稼ぐために甲板掃除をしていたが彼のチェックは厳しくてシャインにとっては地獄の船長だった。
「あいかわらず熱いねー。若者は」
こんな面白いショーはないといった具合にクーグルはからかう。
「いいだろう? 好きなものは好きなのだ!」
フェリアナはうれしいやら恥ずかしいやらでもじもじしている。
が、冷静さは人一倍大きいフェリアナは話を変えようと矛先をバースに向ける。
「バース船長とクーグルは友人なの?」
「まぁね。まさか君たちが彼の船でハディスに向かったのかは知らなかったからね。帰りも違う船だったからね」
「だったら食費ぐらい出してくれたらよかったのにぃー」
恨めしい目でシャインはクーグルに言う。
「まさか乗っているとはしらなかったしね。それに働いてこそ糧が得られるのだよ」
観賞者と徹しているクーグルには一番言われたくない言葉だ。
「で、もしかして。もしかすると?」
クーグルの話を無視してシャインは尋ねる。
「そう。私がアルディスまでご案内しよう」
ひーっとシャインは心の中で叫んだ。顔色が青くなる。
「いやだ。俺は断固として乗らない」
いきなりだだをこねだしたシャインの足をフェリアナが強く踏む。
「しっかりしなさいよ。仮にも継承者でしょう? 掃除ぐらいでおびえないでよ」
「フェリアナはどれだけ大変かしらないから言えるんだ。腹が減っては食べ、そのために働き、また減っては働き食べる。この永遠の繰り返しを味わってみればわかるはずだっ」
妙に強調するがフェリアナの耳は聞かないことにした。いつまでもらちがあかないと判断したフェリアナはシャインを扉の方に引きずっていく。
「先にお屋敷に戻っています。ゆっくりなさって」
そのフェリアナの瞳に不適な色がやどり、クーグルとバースはシャインが無事であるようにと思わず祈ってしまった。
クーグルとバースが戻ってみると舞い上がったシャインがそこにいた。小躍りして喜んでいる。
「気が触れたのか?」
「ちょっと・・・ね」
フェリアナの少女の瞳に女の色がのぞいた。なるほど、とバースは納得する。近頃の若者は手が早い。もっとも大人としての関係は持っていないのはあきらかだが、おおかたキスでもしてやったのだろう。シャインの脳味噌ならそれぐらいで十分だ。これが光の剣の継承者というのだから信じられない。
「で、誰がアルディスの情報を持っているのかね?」
ソファにゆったりと腰をかけてワインを楽しんでいるクーグルが問いかける。
「俺はまるでなし。じいさんさえ知らなかった」
「こちらも魔の三角地帯ということぐらいしか知らない」
バースがいい、クーグルもうなずく。そして三対の視線がフェリアナに集まる。
「一応、文献を借りたわ。遙か昔この四大陸がまだ文明をつくりだしていないころ、アルディスだけが繁栄していた。でもなにかの拍子にその文明は消えてしまった。今いるのはアイリーンだけなの」
アイリーンの名前を聞いてクーグルの手がわずかに揺れワインが少しこぼれる。その様子をバースだけが見逃さなかった。若者二人は全く気づいていない。
クーグル家とライヌ家で交わされた契約・・・、より大きな家系をつくるためにクーグル家の双子とアイリーンは利用されていた。アイリーンと双子のどちらかが結婚して子孫を残すことが目的だった。彼らよりも年上だったアイリーンはそんな政治的思惑を考えず双子たちと会っていた。落ち着いた姉というところだろう。実際年齢は倍近く違ったのだから。そして数年後、アイリーンは死んでしまった。事故であったとも自殺だったとも噂された。その事件の後からクーグル家の双子は笑わなくなった。兄は廃嫡され、弟がその後をついだが結局遊びほうけている。世間の目にはクーグル家ほど落ちた貴族はいないと目されている。バースが考え事している間にシャインは声を上げていた。
「一人って?!」
そんなことできるはずはない。一人で無人島にいて生き続けられる人はそうそういない。
「見て」
フェリアナは長に教えてもらったように指で菱形を作る。そこにはゆらゆらと画像が映し出されていた。大木のうろのなかに何か幕を張った水の中に浮いている少女。間違いなくあのアイリーンだ。
「これは・・・いったい何なんだ?」
クーグルさえも予想がつかない。まるで奇術のようだ。歴史の語り部として生きてきたクーグル家のもにも伝えられていなかった第三の聖具の持ち主の姿だった。
「聞くところによると『セイメイイジソウチ』らしいわ。私も詳しいことはわからない。行ってみるしかないの。帰りが遅くなったのはおばば様にこの術を教えてもらっていて遅くなったの。ごめんね。シャイン」
優しげにフェリアナはシャインに向かって言う。最後の言葉はまるきりシャインのためにあったのでクーグルもバースも聞き流す。
「一体、この世界はどうなっているんだ?」
謎が解き明かされるとまた謎ができてくる。クーグルに話を聞いただけでも頭が混乱する。
「私たちの世界がある前に別の世界があったというらしいわ。アイリーンはその生き残りとおばば様は言っていたの」
「前の世界?」
「そう」
「私たちの世界よりももっと進んだ世界があった。でも何らかの出来事で失われてしまった。私たちはそこからまたはい上がってきているのだと」
フェリアナの言葉に一同わかったような、わからないような表情をする。
「大丈夫よ。なせばなるなにごともっていうじゃないの。きっと大丈夫」
自分に言い聞かせるようにフェリアナは明るく言う。
その言葉もまるで沈黙の中では浮いてしまう。
ようやくシャインが口を開く。
「一体アルディスになにが待っているんだ?」
四人の間にぽつんとシャインのつぶやきが落ちたのだった。




