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第二部第五話 呼ぶ声


あの(ひと)が呼んでいる。涼やかな声で僕を呼ぶ。だけどすぐにわからなくなる。彼女が呼んでいるのは僕なのかあいつなのか。彼女の心の中に僕たちのどちらがいるんだろう。でももうどちらでもいい。彼女が僕たちを愛してくれたら。永遠に忘れてくれなければそれでいい。


 はっとクーグルは目を覚ました。まだ外は薄暗い。太陽が昇る手前だろう。

 それにしても久しぶりにあの夢を見た。しばらく忘れていたのに。あの少女が現れてからだ。アイリーン。愛しい彼女の名前を忘れるはずはない。姿もまるで彼女を小さくしたように似ていた。だが、そんなことはあり得ない。彼女は死んだのだ。十六年前に。そして兄が奇行を始めたのもそのときからだった。

死人に恋をし続ける。自分は一応彼女の死を受けられた。それがどんなにつらかろうと。だが、兄は忘れるどころか生き返らせようと始めた。数々の凶行によって廃嫡されるとよりいっそう彼女の生き返りを求めるようになった。自分もそれに賛同した。はじめは。だが、それは大事であることにすぐ気づいた。

 彼女を生き返らせても周りを悲しませていれば彼女は怒るだろう。そういう人だった。なによりも周りを大事にし、笑いの絶えない(ひと)だった。こうして過去の出来事にしている私はもう彼女を愛していないのだろうか。

 自分の愛はそれほど小さかったのだろうか。自分に自信がもてなくなる。

 兄の凶行は許し難い。だが、わかる気もする。だからなにもできなかった。あのかわいいカップルに出会うまでは。あの二人を見ていると死人を喜ばせるより生きている人を喜ばすほうがいいのだ、と思えるようになった。まだ生きていていいという実感はないが。

 クーグルはそこまで考えてからベッドから降りる。

 今日こそは船を調達せねばならない。三人が別れてもうだいぶ時間がたっている。兄に先を越されるわけにはいかない。

 クーグルは憂鬱な気持ちで支度すると部屋を出ていった。


 アルディスという幻の大陸へ行こうとする船も船長もいなかった。幻に大陸の存在を船子たちは知っていたようだ。魔の三角地帯にある大陸らしい。詳しい場所は特定できなかったが。

 クーグルはめんどくさいと思いながらもひとつひとつあたっていった。

 いくつもの面会をして休憩にクーグルは酒場に入った。サロンでもよかったが今は貴族のごますりなどしている余裕はなかった。いつもより少しきつい酒を飲む。知らぬ間にため息がついででる。そこへ「よぉ」、と肩をぽんとたたかれた。クーグルは反射的に身構える。貴族でのんびりと過ごしていた頃はそんなことに反応しなかったが、フェリアナたちと戦うようになってからは次第に感覚が敏感にとぎすまされていった。

「アルディスに行くのか?」

 単刀直入に彼は聞いた。大きな体躯で華奢な感じのクーグルとは正反対だった。黒い髪の毛をうしろで結っている。

 そうだよ、とクーグルは答える。

「君のような船長が引き受けてくれれば問題はすぐに解決するのだがね」

 やる気のなさそうな声でクーグルは答える。たいてい断れるのが常だったためだ。

「行ってやる。といったらどうする?」

 は?

 最初、クーグルは耳を疑った。

「今、なんといった?」

 彼、バースはクーグルの耳元で大声を上げた。

「だからアルディスに行ってやるって・・・」

「もういい!」

 最後の言葉を聞くまでにクーグルは叫んで耳をふさいだ。きーん、と耳鳴りがしている。

「これも旧友のよしみだ。おまえの兄さんかなりやばいらしいな。それを収集つけようと奔走しているんだろう?」

「相変わらず地獄耳だね」

 かなわないな、とクーグルは肩をすくめる。

「集めているんじゃない。集まってくるんだ」

 妙な自信めいた言葉にクーグルは笑う。

「そうそう。その顔忘れるなよ。おまえ、あの時から滅多に笑わなくなったからな。あのときはかわいいぼっちゃん・・・」

 バースが昔話を披露しかけてあわててクーグルは口をふさいだ。そのクーグルの手をバースはかむ。

「相変わらず、乱暴だな」

 そういってまた青年らしい笑みを浮かべる。そういう時に鏡を見ているわけにはいかないため自分が笑っているという感覚はなきに等しかった。

 ハンカチを取り出して傷口にあてる。血がにじんできて、私は生きているのだなと妙な気持ちになる。次にクーグルが顔を上げたときその顔は晴れやかだった。

「ここは私がおごる。好きなものを楽しみたまえ」

「よしっ」

 景気のいい声にこいつもシャイン派だったのかと苦笑いする。だがどこか憎めないのがこのバースだった。シャインはまだまだバースには追いつかない子供だがあの情けなさが好ましかった。もっともクーグルは男色ではない。

「また情けない顔だ。いいからこうして笑ってろ。そうすれば不幸も幸福に変わる」

 そういってバースはクーグルの頬をむにゃっとひっぱる。いい年をした男がじゃれ合うのは見ていて感じのいいものではないが仲の良さが伝わってくる風景でもあった。

ひとしきりじゃれ合った後、バースは尋ね始めた。

「で、あとの算段はどうつけるんだ?」

 クーグルは静かに話し始めた。

 

 今日も図書館前でシャインは待ち人を待っていた。だが、クーグルもこない。フェリアナも現れないシャインは焦る。クーグルの屋敷にも尋ねて行くがすでに出かけた後で行き先はわからない。あの格式張った屋敷でクーグルと二人きりはさけたい。ので、せめて約束の場所で・・・、と待っていた。あんなに光の剣に固執していたのにこんなに放置されると焦る。もしかしてフェリアナとくっついているんじゃなかろうか、とあらぬ予想もしてしまう。

 図書館の前には大きな扉がある。一般人が入れないようにするために。そして防御のめに。シャインは以前もらった手形みたいなものを見せて入ることができた。それも大きい扉ではなく守衛がみっちり見張っている小さな扉からだが。

 そこの守衛人にいつのまにか覚えられてしまい。今では友人扱いだ。

「今日も愛しの彼女を待っているんだな。いよっ。いい男だ」

「って人のみにもなってくれ。それに仕事がおろそかになるぞー」

 シャインは元気に答える。だが、実際はどうしようかと悩み始めていた。

 こんなに三人が離ればなれになったことは船で渡航したときぐらいではないか? そう思うといつのまにかクーグルがいる状態になれている自分が怖くなる。こんなこと恐ろしくて彼には言えない。

 つらつら考え事をしながら足ものとの小石を転がしていると名前を呼ばれた。反射的に顔を上げる。

「フェリアナ!」

 待って待ち続けたフェリアナを見てシャインは駆け寄る。そこには偉い方々が通っているのにも関わらずシャインはフェリアナを抱きしめた。が、一方のフェリアナはまだ理性が残っていた。手足をばたつかせる。

「シャ・・・シャイン。人が見ているのよっ」

 そんなフェリアナを無視してひたすら再会に感動しているとなんとか動かした手でぱちんとシャインの手をたたく。

「ってーなー。せっかくの感動の再会だったのに」

 不機嫌そうにシャインが言う。あけてもくれても毎日毎日フェリアナを待っていたのだ。クーグルはおまけだ。それなのにフェリアナはなんともおもわないのか? 少々悲しい少年の心である。

「シャインの方は収穫あったの?」

 近くのベンチに座りながらフェリアナは問う。シャインは腕を交差して否定を表す。

「だめ。全然だめ。誰一人として知らなかった。おまけに・・・」

「おまけに・・・?」

 フェリアナは言葉を濁らすシャインから聞き出す。言いにくそうにシャインが語る。

「途中でエミリアとコロロに出会った。俺のように冒険すると言ってでてきたんだ。それを連れ戻して必死に説得して戻ってきたんだ。でもなー」

「あのエミリアだものね」

 二人同時にため息をつく。久々のコンビネーションのよさに二人とも笑いがこぼれた。


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