第二部第四話後編 癒しの神
運命のその時は訪れた。
シャインは妖魔の後ろから一刀両断した。妖魔はあっというまに息絶えた。大丈夫?と尋ねかけたシャインの顔が青ざめた。
「エミリア。それにコロロ!!」
「シャイン! 会いたかったわ。やっぱり私達は赤い・・・」
「こわかったよぉ~~~」
せっかくのエミリアの言葉をコロロが打ち消す。ぼかっとエミリアがコロロを殴る。
「せっかくの再会に水を差さないでよ」
「ご、ごめん~~~」
相変わらずの珍妙なコンビに笑いを禁じえない。一人笑っているとごんっ、と殴られる。女とは子供でも強いものだとシャインは思う。フェリアナしかり、エミリアしかりである。
「なんでこんなところにいるんだ?」
「そっちこそ」
「俺はじぃさんに用があってきただけだ。すぐに王都に戻る」
「そこにまたフェリアナがいるの?」
剣呑なまなざしに一瞬ひるんだが気持ちに嘘はつきたくない。静かに首を縦にふる。
「フェリアナも今は里に帰っている。みんな用があって・・・」
シャインはそう言って言葉をにごらせる。ふぅんと納得したエミリアだがその瞳がまだ完全に納得していないようでシャインは冷や汗をかいた。そんなシャインの思いとは別にエミリアは別のことを考えていた。旅から帰ってきたシャインはどこか大人びていた。今はもう立派な剣士だ。以前のシャインなら真っ先に逃げ出していただろう。何がシャインを変えたのか知ってみたい気持ちのエミリアであった。
「エミリアも帰るか? 親父さんたちにはとりなしてやるから」
妙に優しいシャインの声にエミリアは涙ぐむ。いくら勝気といえど、失恋の痛手はなかなか癒えないのである。そこへ優しい気遣いなどされてはもう頭は上がらない。うん、と殊勝な面持ちでエミリアは答えた。コロロは胸をなでおろしている。その頭をシャインがごいん、となぐる。
「シャインっ。痛いじゃないかっ」
エミリアにはちゃんづけでシャインは呼び捨てである。男の意地があるのだろう。きっと恋敵とでも思っているのだろう。やけにつっかかるとは前から思っていたが。自分が恋をするようになってようやくわかった。恋の苦しみはいくつになってもつきものである。シャインはそっと苦笑いを浮かべる。そして、歩き出す。
「ちゃっちゃと歩けよ。急いでるんだから」
シャインは二人にそういうと里に向かって歩き始めた。
ちょうど時間を同じくしてフェリアナも里に戻ってきた。徒歩でもよかったのだが、時間がもったいない。財布事情はかなりきつかったが馬を使って帰ってきた。谷の入り口にたどり着く。さぁっと風が吹いてくる。懐かしい風だ。フェリアナは馬から下りて歩を進めた。村落では大騒ぎになった。出て行ったきり帰ってこなかったフェリアナが戻ってきたからである。てっきり死んだものと思われていたらしい。勘違いもいいところだが、ある程度妖魔狩りをした女性は里に戻って結婚する。フェリアナは到底そんな気持ちになれなかったが故にわざと帰らなかったのだ。帰っても家族はいないのだから、帰る必要性もなかったのだった。
人がフェリアナに群がっているとそこに道が開けた。老婆がゆっくりと歩を進めてくる。
「おばばさま」
一族の長である老婆はフェリアナを抱きしめた。あたたかい人のぬくもりがフェリアナの心まで届くようだった。少しすると長はフェリアナを抱きしめていた腕を解いた。
「よう帰ってきた。まずは伯母上の墓に参っておやり」
フェリアナはただ黙って頷いた。
「フェリアナ姉たん。こっちだよ」
舌足らずの幼児がフェリアナの手を引く。フェリアナは優しい笑顔を浮かべて手を引かれるままに歩いた。墓は質素に作られていた。だが、色とりどりの花がおかれている。
「おばばさまとあたいたちがおはなをささげてるの」
「るの」
さらに小さな幼児が言葉を真似る。その様子を愛おしく見つめてしまう。今までは考えられなかったことが自分に降り注いでいる。子供らを可愛いと思ったり優しく接することが出来るとは思わなかった。自分は冷たい。そう考えていた。実際、旅に出る前の自分は心を閉ざしていた。その心を開いたシャインに無性に会いたかった。そして村の皆に彼を自慢したかった。そうとうな感情の入れようにフェリアナは困った表情をする。
「どうしたの?」
幼児が尋ねるが首を横に振って抱き上げる。
「さぁ、おばばさまのところに行こうね」
長の家はやや大きめの木で出来た重厚な家だった。ドアのノックをする。通りのよい声が聞こえてくる。フェリアナは幼児たちに別れを告げ中に入った。部屋に進むと籐椅子に座った長がいた。
「アルディス・・・だったかねぇ」
その一言にフェリアナは動きが止まった。しばらく沈黙が漂う。それからフェリアナははっと我に返ると長の下に近づいた。本来なら一族の長にそのような無作法は許されていない。だが、そうせずにはいられなかった。
近づきすぎたと反省して距離をとろうとしたフェリアナの手を長は握り締めた。
「このままでよい。なんとまぁ。美しく成長して。アリアも喜ぶだろうに」
伯母、アリアの名前を懐かしそうに彼女は言う。
「おばばさま、ごめんなさい。帰る決心がつかなくて」
「わかっているよ」
長は深い慈愛のまなざしをフェリアナに向けた。そのまなざしを受けてフェリアナはもっと早くに帰ってくればよかった、と一瞬後悔の念に襲われた。だが、昔の自分には人の愛情を感じることは出来なかったかもしれない。シャインがフェリアナの世界を変えてくれたのだ。そしてすべては結果がものを言う。もし、という選択肢はないのだ。
「どうしてアルディスのことを?」
「いっしょにいたからだよ」
優しく言い聞かせるように長は言う。
「一緒って・・・。一体どうしてっ?」
フェリアナは驚愕のまなざしで長を見つめるばかりである。
「こうしてね、ときどき見ていた」
そう言って長は手を離すと両手の人差し指と親指でひし形を作った。そこには谷の入り口がゆらゆらと映っていた。長の驚異的な力にフェリアナは驚きを隠せない。と、同時に納得する。このような得意な力を持っているからこそ長でいることができるのだ。
「アルディス、アルディスねぇ・・・」
長は繰り返し、その言葉をつぶやく。
「フェリアナ!」
ぼんやりと考え事をしていたフェリアナに長はいきなり声をかけた。フェリアナは飛び上がらんばかりに驚いたがなんとか冷静を保った。その様子を見て長が小さく笑う。
「そこにある本をとっておくれ。そう右から三番目の一番上・・・」
指示通りに古びた本を引っ張り出す。長は長生きのあまり足腰が悪くなっていたらしい。もうすぐ歩くこともできなくなるかもしれない。フェリアナの見立てではそう見えた。今にも風が吹いたら飛んでいってしまいそうな本を長に渡す。長は新しい本でも見るようにぱらぱらとページをめくる。いつ壊れてしまわないかとフェリアナのほうがどきどきしていた。
「あった。あったよ。確認したくてもあそこには手が届かなくてね・・・」
そう言って長は記述を読み出した。
「アルディス。それは創造神と破壊神の間に生まれし最初の子供。癒しの神メイヤを守護とする島。その島は小さく、産まれてすぐに捨てられたという。そして我らが四大陸の元となるアトランティ大陸が生まれた。安らぎの神を守護としていたこの大陸は大いに繁栄した。だが、創造神とその娘、安らぎと死の神モイヤばかりをあがめた結果破壊神の怒りをうけて大陸は四つに別れた。その後、四大陸は衰退一途をたどっている・・・。こんなところかね・・・」
その聞いたことのない神話を聞いていたフェリアナは聞き終わると同時に息を吐き出した。聞いている間に息をつめてしまったらしい。
「あの、お嬢ちゃんのことまではわからないねぇ。これでは」
どうしたものか、と長は考え込む。これ以上無理をさせてもとフェリアナは断る。
「シャインが情報持ってくるかもしれないし、クーグルが聞き出してくるかもしれませんから。無理をなさらないで」
「だが、刻は一刻を争うはずじゃ。あのお嬢ちゃんを守らねば誰が守る?」
普段の柔らかな口調から思いも尽かない鋭さにフェリアナは背筋を伸ばす。
「でもこれ以上、どうやって探すというのです? アイリーン、いえ、彼女は幽霊だというのに・・・」
「まだわからんのか?」
長はあきれてものもいえんとでもばかりに言う。
へっ? フェリアナが珍しくぞんざいな表情を作る。
「あのお嬢ちゃんは幽体離脱をしているのじゃ。昼は眠り続けて夜になると魂が抜けてしまうようじゃな。お前ほどの力の使い手がわからんとは最近の若者はたるんどる!!」
フェリアナはその他大勢の若者の代表として長の雷が落ちる。あわててフェリアナは頭を抱えてしまう。その様子をおかしく見て長は笑う。怒られる身にもなってほしいとフェリアナは思う。
まぁ、よい、と長が言ってまたひし形をつくる。ゆらり、と風景が映る。
「どこか、森のようじゃな。どうやらアルディスにはこのお嬢ちゃんしかいないようじゃ」
「え?!」
そんなことは考えたことがなかった。一人きりで広大な大陸に住むとは一体どうすれば出来るのだろう? フェリアナは混乱する頭を冷静に保つように努力する。
「でも、おばばさま、この間、彼女、アイリーンは大地が丸いと。そんな情報一人でどうしてわかるのですか?」
「アルディスは文明の栄えた島じゃったらしい。小さいことで下に見られることも多かったからだろう。この世界で一番の技術を誇る島になっていたと伝え聞いておる。そしてその繁栄振りが他の大陸から排斥される原因となった。その少女はその生き残りかもしれぬな・・・」
あまりの展開にフェリアナはついていきそこねるところだった。混乱した頭を整理する。
そしてある危険性に気がつく。
「おばばさま、破壊神の聖具を持っているのは・・・」
「言うより見るがよい」
長の指の画面から一人の男が映し出された。
「兄クーグル!」
まさかとは思っていたがやはりそうだったのかとも納得する。以前見せた安らぎの宝玉、光の剣への執着心を見ればすぐに考え付きそうなはずだ。クーグル家が伝承の家だと思い込んでいたから見落としてしまっていた。だが、弟クーグルには兄の動向が分かっていたはず。なぜ、後を追わないで私達と一緒なのだろうか? またクーグルの謎が深まる。
「早く、シャインたちに知らさなきゃ」
がたん、とフェリアナは立ち上がる。その手を長が引きとめた。
「おばばさま?」
フェリアナは長を不思議そうに見下ろした。




