第6話 蘇生計画、次なる目的地
一方、教会の大聖堂では聖女リリアが司祭長と向かい合っていた。
「禁書庫への立ち入りを許可していただきたいのです」
「禁書庫ですか?」
司祭長の表情が曇る。
「何を調べたいのか、聞かせていただけますか」
「死者の蘇生に関する記録です。一般の書庫にある資料は一通り確認しましたが、具体的な方法は見つかりませんでした。禁書庫に保管されている古い儀式書を調べたいのです」
「リリア様。死者の蘇生は、教会においても慎重に扱わなければならない問題です。過去には、禁じられた儀式によって多くの犠牲者が出た例もあります」
「それでも、調べなければなりません」
「お気持ちは分かります。しかし、禁書庫の資料には危険な術式も含まれています。聖女であるあなたに、安易に閲覧を許可するわけにはいきません」
リリアは静かに司祭長を見つめた。
「私は、これまで多くの方を救ってきました。神の御力をお借りして、命をつなぎ止めたこともあります。それなのに、クリスタルを救うことはできませんでした」
「……」
「もう、同じ後悔をしたくないのです。危険な記録があるのなら、私自身が確認します。責任も、すべて私が負います」
司祭長はしばらく黙っていた。リリアの決意が揺らがないことは、彼にも分かっていた。
「禁書庫の閲覧には、教会上層部の承認が必要です。私の判断だけでは許可できません」
「では、承認をお願いします」
「すぐには難しいでしょう。少し時間をください」
「ありがとうございます」
リリアは深く頭を下げた。断られたわけではない。まだ可能性は残っている。
司祭長が席を外したあと、彼女は手元に置いていた古文書を開いた。そこには、過去の聖女が死者を蘇らせたという伝承が記されていた。儀式の詳細は失われているが、最後に短い一文が残されている。
『魂を呼び戻すには、天上と地上を結ぶ門が必要である』
「天上と地上を結ぶ門……?」
リリアはその一文を何度も読み返した。今まで調べた資料にはなかった言葉だった。
彼女はすぐに書き写し、禁書庫に残されている資料の中に関連する記録がないか確認することにした。
王城では、王女セレスティアが側近から報告を受けていた。
「各地への調査依頼は、順次進めております。現時点では、蘇生に関する確かな情報は届いておりません」
「そうですか。引き続き調査をお願いします」
「それと、王立図書館の古い記録についてですが、1つ確認したいことがございます」
側近が差し出したのは、王家の歴史をまとめた資料だった。
「200年前の北方戦争について、王家にも記録が残されていました。死亡した騎士が数日後に生還したという報告です」
「騎士団の記録にも同じ話がありました。場所は北方の廃神殿ですね」
「はい。ただし、王家の記録には続きがあります」
セレスティアは資料を受け取った。そこには、騎士が生還したあとに行われた調査について記されていた。騎士団と教会の合同調査が実施され、廃神殿の地下から古い祭壇が発見されたという。
しかし、その祭壇についての詳細は残されていなかった。
「どうして途中で記録が途切れているのですか?」
「その後の資料は、王家の封印文書に指定されています」
「封印文書?」
「はい。閲覧には王族の許可が必要です」
セレスティアは資料を閉じた。
王家が記録を封印している。単に危険な儀式に関する内容だからなのか、それとも別の理由があるのか。今の情報だけでは判断できない。
「封印文書を確認します。閲覧の準備をしてください」
「承知いたしました。ただ、封印された理由によっては、閲覧に制限がかかる可能性もございます」
「私が許可します。必要な記録はすべて確認します」
側近が退室すると、セレスティアは椅子から立ち上がった。王家が何かを隠しているのなら、自分の目で確かめる必要がある。
クリスタルを取り戻すためなら、王族としての立場も利用する。たとえ王家にとって都合の悪い真実が出てきたとしても、目を背けるつもりはなかった。
その日の夕刻、王城に4人が集まった。
エリシアは騎士団で見つけた報告書を、ミレーヌは魂と肉体を再接続する術式を、リリアは古文書に残された一文を、それぞれ持ち寄っていた。
「200年前、北方の廃神殿で死者が蘇ったという記録が見つかった」
最初に口を開いたのは剣士エリシアだった。
「私は魂を肉体へ戻すための理論を構築中。まだ実用化できる段階ではないけれど、研究を進めれば可能性はあると思う」
「教会の古文書にも、気になる記述がありました。魂を呼び戻すには、天上と地上を結ぶ門が必要だと書かれていたのです」
「天上と地上を結ぶ門……」
セレスティアは3人の話を聞きながら、手元の資料を開いた。
「王家にも、北方の廃神殿に関する記録が残っていました。ただし、その後の調査については封印されています」
4人の視線が集まる。
「封印されている理由は?」
ミレーヌが尋ねると、セレスティアは首を横に振った。
「まだ分かりません。これから確認します」
「その神殿へ行く必要がありそうね」
エリシアが言った。
「ええ。私もそう思います。騎士団の記録と教会の古文書、王家の資料が同じ場所を指しているのなら、そこに何かあるはずです」
「現地調査には私も同行する。祭壇が残っているなら、魔法的な仕掛けがないか確認したいわ」
「私も行きます。神殿が教会と関係している可能性もありますから」
3人の意見は一致していた。セレスティアは少し考えたあと、全員を見渡した。
「分かりました。私が王家の封印文書を確認します。そのうえで、北方への調査隊を編成しましょう」
「よっしゃ! そうこなくっちゃ!」
エリシアがガッツポーズする。
「ただし、無理はしないでください。クリスタルを取り戻すために、皆さんまで失うわけにはいきません」
「分かってる」
ミレーヌが答えた。リリアも小さくうなずく。
4人の目的は同じだった。クリスタルを取り戻すこと。そのために必要な情報を集め、危険を承知で前へ進む。
しかし、彼女たちはまだ知らない。
200年前の蘇生事件のあと、北方の廃神殿で何が起きたのか。そして、王家がその記録を封印した本当の理由を。
その答えは、王城の地下にある封印文書の中に眠っていた。
クリスタルは浴槽の縁に背中を預け、気持ちよさそうに息を吐いた。水面に浮かぶ光の粒を眺めながら、しばらく何も考えずに過ごす。地上で何が起きているのかも、今だけは気にしないことにした。
「クリスタル様、お湯加減はいかがですか?」
「ちょうどいいよ! それに、胃痛もだいぶ楽になった!」
「それはよかったです。もうしばらく浸かっていてくださいね。継続して利用することで、より高い療養効果が期待できます」
「はーい!」
クリスタルは満足そうに返事をした。
『……ところでクリスタル、しばらくここに通え』
胃が喋り出した。
『地上の連中を覗き見るのは、せめて治療が終わってからにしよう』
「うーん……」
クリスタルは少し考えたあと、にっこり笑った。
「それは無理かな! やっぱりみんなのことが気になるもん!」
『お前なぁ……』
せっかく痛みが引いてきたというのに、胃の平穏がいつまで続くのかは分からなかった。




