第5話 胃痛の向こうで見つかる蘇生への手がかり
『こっちだよ。俺はお前の胃だ』
その声は、自分の内側から聞こえていた。
『お前、あいつらのことみるのやめろ。このままだと俺に穴が開く』
「私の胃がしゃべったー!?」
クリスタルは思わず自分のお腹を押さえた。
「シエル! 今、聞こえた!? 私のお腹から声がしたよね!?」
「えっ? お腹から、ですか?」
「うん! 私の胃が文句を言ってきたの!」
『文句ではない。現状報告だ』
「またしゃべったー!」
シエルはクリスタルのお腹を見つめ、困ったように首を傾げた。
「クリスタル様、もしかしてお身体の調子が悪いのでしょうか?」
「たぶん、みんなのことを心配しすぎて胃が疲れちゃったんだと思う……」
『お前が余計な心配をするからだ』
「私だって好きで心配してるわけじゃないよ!」
『なら、あいつらの様子を見るな』
「そんなの無理だよ! みんながどうしてるか気になるもん!」
『だったら、せめて覚悟してから見ろ。こっちは毎回付き合わされるんだぞ』
「私の胃なのに、私より偉そうなんだけど!?」
シエルは心配そうにクリスタルの顔を覗き込んだ。
「天国には、疲れた心や身体を癒やす施設もあります。あとでご案内しましょうか?」
「胃の治療で天国の施設に行くことになるなんてー!」
『そんなことはどうでもいい。全員、お前を蘇らせることしか考えていないじゃないか』
「だって……。みんな、私のことを大切に思ってくれてるから……」
『それは分かった。だが、こっちはもう限界だ』
「えっ?」
『限界なんだよもう』
「…………」
『お前があいつらの様子を見るたびに、こっちはどんどん痛み増してんだぞ。このままじゃ俺に穴が開く』
天国での生活は相変わらず快適だった。友達も増えたし、楽しい予定もたくさんある。クリスタルはこれからも天国を満喫するつもりだった。
ただ、地上の4人が元気に暮らしているか確認するのは、少し考えたほうがいいかもしれない。少なくとも、胃と相談してからにしようと心に誓った。
クリスタルを失ってから、数日が経過した。
王都では、彼女の死を悼む人々の姿がまだ見られた。街には花が供えられ、騎士団の詰め所には弔意を示す手紙が届き続けている。国中で英雄として称えられる少女は、もうどこにもいない。
その現実を受け入れられない4人は、それぞれの立場を利用して動き始めていた。
最初に手掛かりをつかんだのは、剣士エリシアだった。
「……これは?」
騎士団本部の記録室。机に積み上げられた資料を確認していた彼女は、古い報告書の1枚に目を留めた。今から約200年前、北方の辺境で起きた戦争について記されたものだった。激しい戦闘によって多くの兵士が命を落としたが、その中に死亡したはずの騎士が数日後に生還したという記録が残されている。
最初は誤記だと思った。しかし、報告書には生還した騎士の名前だけでなく、当時の部隊長による証言まで添えられていた。
『死亡確認後、遺体を安置していた場所から忽然と姿を消した。3日後、本人が北方の廃神殿付近で発見された。本人は死後の記憶を有しており、神の声に導かれたと証言している』
「死後の記憶……」
エリシアは報告書を読み返した。単なる蘇生の伝承ではない。死亡した人物の身元が明確で、当時の騎士団が正式に記録している。少なくとも、調査する価値は十分にあった。
「この報告書の原本は残っていますか?」
近くで資料を整理していた騎士に尋ねる。
「原本ですか? かなり古い記録ですので、保管場所を確認しなければ分かりません」
「すぐに調べてください。それと、報告書にある廃神殿の場所も特定したい。現地の地図と、当時の調査記録を集めてください」
「分かりました。ただ、その場所は現在、立ち入りが制限されている地域だったはずです」
「理由は?」
「詳しいことは分かりません。北方の砦からも近いので、軍事上の理由かもしれません」
エリシアは報告書を手に取った。
「構いません。私が直接確認しに行きます」
「副団長自らですか?」
「ええ。これは私が調べる必要があります」
彼女は迷わなかった。200年前の出来事が本当なら、そこにはクリスタルを取り戻すための手掛かりが眠っているかもしれない。どれほど危険な場所であっても、行かない理由にはならなかった。
その頃、王立魔法研究院では魔法使いミレーヌが研究員たちを集めていた。
「この理論を見てちょうだい」
彼女が机に広げたのは、魂と肉体の結びつきについて書かれた古代魔術の研究資料だった。そこには、肉体から離れた魂を再び定着させるための理論が記されている。
「魂が肉体を離れたあとでも、一定の条件を満たせば再接続できる可能性があるわ。問題は、魂がすでに別の場所へ移動している場合ね」
「別の場所というのは、天上界のことでしょうか?」
「そう。通常の召喚魔法では、天上界にいる魂へ干渉できない。そもそも、魂をこちらへ呼び戻すための道筋が存在しないのよ」
研究員の1人が資料を確認しながら口を開いた。
「では、現時点では実現不可能ということですか?」
「いいえ。道筋がないなら、作ればいい」
ミレーヌは別の紙を取り出した。そこには、魂と肉体の接続を補助するための術式が書き込まれている。
「魂を直接呼び戻すのではなく、魂がこちらへ戻るための接点を作る。肉体を再構築するための魔法と組み合わせれば、理論上は可能性があるわ」
「ですが、その術式を動かすための魔力は膨大になります。通常の魔法使いでは到底扱えません」
「私がやるわ」
「ミレーヌ様でも危険です。失敗すれば、術者自身の魔力回路に深刻な損傷が残る可能性があります」
ミレーヌは資料から目を離さなかった。
「それでも、試す価値はある。必要な魔力を集める方法と、術式を安定させる触媒を探してちょうだい。古代魔術に詳しい研究者にも協力を頼んで」
「分かりました」
研究員たちが動き出す。ミレーヌは机に残された術式を見つめた。
まだ理論の段階にすぎない。実際に魂を呼び戻せる保証など、どこにもない。それでも、何もせずに諦めるよりはいい。
「待っていてね、クリスタル。今度は私が、あなたを助ける番だから」




