第4話 蘇生計画と胃痛の始まり
「次はミレーヌを見たい!」
映像が切り替わる。
そこには、魔法書や羊皮紙が山積みになった研究室が映っていた。ミレーヌは机に向かい、何度も魔法陣を書き直している。床にも壁にも資料が広がり、部屋の隅には失敗した術式の記録が積み重なっていた。
「魂の保存、肉体の再構築、時間操作……。死後の魂に干渉できる魔法があるなら、必ず何か手掛かりがあるはず」
魔法使いミレーヌは独り言をこぼしながら、古代魔法に関する書物を読み進めていた。
「ミレーヌ様は王立魔法学院や宮廷魔術師の資料庫から書物を取り寄せ、古代魔法の研究者にも協力を求めているようです。蘇生に必要な条件を調べ、既存の魔法では何が足りないのかを分析しているのですね」
「蘇生……」
ミレーヌは研究室にこもり、魂と肉体の関係や、死後の存在に関する魔法理論を調べていた。複数の術式を組み合わせた実験も行っているようだった。ミレーヌの目の下には濃い隈ができている。それでも彼女は研究をやめようとしなかった。
「まだ何かが足りない……」
ミレーヌは新しい書物を開き、再び術式を書き始めた。
「ミレーヌ、寝てないのかな……?」
「研究に没頭していらっしゃるようですね」
「没頭しすぎだよ! ちゃんと休まないと駄目だって!」
クリスタルは映像に向かって訴えた。もちろん、その声が地上に届くことはない。なんだろう、少し胃がきりきりする。クリスタルはお腹に手を当ててみたが、気のせいだと思うことにした。
「次はリリア!」
映像が切り替わり、教会の大聖堂にある書庫が映し出された。
大聖女リリアは古い聖典を机に広げ、何人もの神官と一緒に記録を調べていた。机の上には分厚い本が何冊も積まれ、周囲にも古文書が並んでいる。
「過去に死者が蘇ったとされる奇跡について、もう一度調べていただけませんか。各地の神殿や修道院に残っている古文書も確認したいのです」
「リリア様、教会に残されている記録をすべて調べるとなると、かなりの時間が必要になります」
「構いません。どれほど時間がかかっても、手掛かりを見つけたいのです」
リリアは静かな声で答えた。
歴代の聖女が起こした奇跡、神託によって命を取り戻した人物、死後の魂に関する伝承。彼女はそれらを1つずつ確認し、過去の治癒魔法や蘇生儀式についても神官たちから聞き取りを進めていた。
「私の祈りは、あの子を救えませんでした。だから今度こそ、私にできることを見つけたいのです」
リリアは本を閉じると、胸の前で手を組んだ。
「クリスタル。どうか、もう少しだけ待っていてくださいね」
クリスタルは黙って映像を見つめていた。
リリアは食事を抜いているわけではなかった。机の端には温かい飲み物が置かれ、近くの神官が休憩を勧めている。けれど、リリアはそのたびに少しだけ休んで、すぐに書物へ戻ってしまう。
「リリアも、私を蘇らせようとしてるの……」
「教会に残された記録をすべて確認するには、相当な時間がかかるでしょう。それでも、リリアは諦めるつもりがないようです」
「うん……」
クリスタルは小さく頷いた。
彼女の胸の奥に、何かが詰まっていくような感覚があった。3人とも自分のために動いてくれている。その気持ちは嬉しい。嬉しいのに、見ているだけで落ち着かなくなってしまう。
「っ……」
なんだか、胃にくる。なんだろうこれ。
「最後はセレスティアだね!」
映像が王宮の執務室へ切り替わった。
王女セレスティアは机に向かい、大量の書類に目を通していた。傍らには王宮の役人や使者が控えており、次々と報告を届けている。
「国内の領主たちには、死者の蘇生に関する情報について調査を依頼してください。他国の王族にも使者を送り、同様の記録がないか確認を。王立図書館だけでなく、王宮の秘密文庫に保管されている資料も調べます」
「かしこまりました」
「調査に必要な人員と資金は私の名で用意します。ミレーヌとリリアにも、必要な資料があれば優先して届けるように」
セレスティアは報告書に目を通しながら、次々と指示を出していた。
王女としての公務をこなしながら、クリスタルを蘇らせるための情報収集を国全体に広げている。国内の領主だけでなく、他国にも協力を求めているらしい。王立図書館や王宮の秘密文庫まで調査対象にしており、必要な人員や資金も自ら確保していた。
「セレスティアは、王族としての権限を使い、広い範囲から情報を集めているようです。皆様の中でも、特に大きな規模で調査を進めていらっしゃいますね」
「うん……。セレスティアなら、そうするよね」
クリスタルは頷いた。
しかし、セレスティアの机には公務の書類も山積みになっていた。報告を聞き終えるとすぐに次の仕事へ取りかかり、調査の進捗を確認しながら、王女としての責任も果たしている。
部下たちが退室した後、セレスティアは1人で机に向かっていた。手元にはクリスタルに関する報告書が置かれている。
「……必ず、あなたを連れ戻します。どれほど時間がかかっても、私は諦めません」
セレスティアはクリスタルの来ていた服の一部を胸元に抱き、しばらく目を閉じていた。
クリスタルは何も言えなかった。
エリシアは騎士団を動かしていた。ミレーヌは寝る間も惜しんで魔法を研究していた。リリアは教会の記録を調べ続け、セレスティアは王宮を動かしていた。
4人とも、私を生き返らせるために本気だった。
「……シエル」
「はい?」
「みんな、すごく頑張ってるね」
「そうですね。皆様、それぞれの方法でクリスタル様を取り戻そうとしていらっしゃいます」
「うん……」
クリスタルはお腹に手を当てた。
最初は少し重い程度だった。エリシアの様子を見たときに感じた小さな不安は、ミレーヌの研究を見て膨らみ、リリアの祈りを聞いてさらに強くなった。セレスティアの決意を目にした今では、お腹の奥がきゅうっと締めつけられている。
「私ね、みんなが元気に暮らしてるところを見たかったんだ」
「はい」
「悲しいことがあっても、少しずつ立ち直って、いつか笑ってくれたらいいなって。みんなには、それぞれやりたいことがあるし、幸せになってほしいんだよ。だって、みんなのことが大好きだもん!」
クリスタルは映像を見つめたまま、両手で胃のあたりを押さえた。
「でもさあ……。私を蘇らせるって……」
「それほどまでに、クリスタル様が大切な存在なのだと思います」
「ううっ……。嬉しい。嬉しいんだけど……」
お腹の痛みが強くなる。クリスタルは少し前かがみになり、額に手を当てた。
「クリスタル様? 大丈夫ですか?」
「うん……。ちょっと胃が……」
そのときだった。
『……おい』
「え?」
クリスタルは顔を上げた。誰もいない。
『こっちだよ。俺はお前の胃だ』




