第2話 数万人が見送った英雄
クリスタルの葬儀は、王国の歴史に残るほど盛大なものとなった。
彼女が命を懸けて救ったのは、共に戦った4人の仲間だけではない。魔物の脅威から多くの人々を守った。騎士や兵士はもちろんのこと、一般の民間人も大勢含まれていた。それこそ彼女の力によって命を拾った者は数え切れない。
葬儀の日、王都には各地から人々が押し寄せた。街の大通りは参列者で埋め尽くされ、教会へ続く道には何キロにもわたって人の列ができている。王都の外から訪れた者も多く、宿屋や広場は弔問に来た人々でいっぱいだった。その数は数万人に及び、王国中から集まった人々がクリスタルの死を悼んでいた。
王国は彼女の功績を正式に認め、死後の二階級特進を決定した。生前の階級にとらわれず、国を救った英雄として最高の敬意をもって送り出すためだった。王宮からは国王の名による追悼の声明が発表され、各地の教会では彼女の冥福を祈る礼拝が行われた。街には黒い布と白い花が飾られ、店先には彼女への感謝を記した札を掲げる者もいた。
「クリスタル様がいなければ、私は今ここに立っていません」
「魔物に襲われた村を救ってくれた恩は、一生忘れません」
「あの方が守ってくれたから、私の子どもは元気に暮らせています」
「どうか安らかにお眠りください。あなたのおかげで、私たちは今日も生きています」
参列者の口から語られるのは、感謝の言葉ばかりだった。直接クリスタルと話したことのない人々も、彼女の活躍を知っていた。彼女に救われた者が家族や友人に話し、その話がさらに別の人へと伝わっていったからだ。彼女の名前は、いつしか王国中で知られるようになっていた。
葬儀が行われる大聖堂の周囲には、献花台がいくつも設けられていた。そこには花束だけでなく、手紙や小さな贈り物も次々と置かれていく。幼い子どもが一生懸命に書いた手紙を両手で捧げる姿もあれば、彼女に命を救われた兵士が涙を流しながら敬礼する姿もあった。
クリスタルの遺体を納めた棺は、白い花で美しく飾られていた。大聖堂の正面には王族と国の重鎮たちが並び、棺のそばには共に戦った4人の仲間が立っている。
「……これほど多くの人が、クリスタルを覚えていてくれたのですね」
王女セレスティアは参列者を見渡した。どこまでも続く人の列。その誰もが、クリスタルのために集まっている。彼女が生きていた証が、これほど多くの人々の心に残っていた。
嬉しいはずだった。仲間として誇らしいはずだった。
それなのに、棺の中で眠る彼女を見ると、胸が締めつけられる。
「……こんなに大勢の人に感謝されているのに、本人は聞けないのですね」
宮廷御用達の魔法使いミレーヌが小さくつぶやいた。眼鏡の奥で目が赤くなっている。彼女は泣かないように唇を結んでいたが、棺のそばに飾られた花を見るたびに涙がこぼれた。
「クリスタルなら、きっと喜んだでしょうね。こんなにたくさんの人が集まってくれたんですから」
「うん……。あいつなら、照れながらも喜んだと思う」
王国騎士団で最高の剣士と言われるエリシアは棺から目を離さなかった。こんな大勢に囲まれたらクリスタルはどうするだろう。きっと誰にでも気軽に話しかけて、いつの間にか参列者の輪の中心にいる。そんな姿が簡単に想像できてしまう。
「ねえ、クリスタル。聞こえてる? みんな、あなたに会いに来てくれたよ」
返事はない。エリシアの手が棺の縁に触れる。指先が震え、頬を伝った涙が床に落ちた。
「どうして……。どうして、あなたはそこにいるの……」
こらえていた声が崩れ、エリシアは棺に顔を伏せた。肩を震わせながら、何度も息を吸おうとする。それでも嗚咽が止まらず、とうとう声を上げて泣き出してしまった。
神官であるリリアも祈りを捧げていた。聖女として人々の前に立つ彼女は、普段ならどれほどつらい状況でも落ち着いて振る舞う。けれど、今は両手を組んだまま涙を流し続けていた。
「神様……。どうか、この可哀そうな子を見捨てないでください……」
何度祈っても、クリスタルは目を覚まさない。自分の治癒魔法が届かなかったことも、祈りが届かなかったことも、リリアには耐え難かった。
「私たちのために、あんなに頑張ってくれたのに……。あんまりです」
声が震え、祈りの言葉が途切れる。リリアは涙を拭うこともせず、ただ棺の前で祈り続けた。
セレスティアは王女として、国を代表する弔辞を述べた。クリスタルの功績を称え、彼女が王国に残したものを語り、集まった人々へ感謝を伝える。最後まで王女としての務めを果たそうとしていたが、棺に視線を向けるたびに声が揺れた。
「彼女は、誰よりも仲間を大切にする人でした。自分が傷つくことを恐れず、誰かが困っていれば手を差し伸べる。私たちは、その優しさに何度も救われました」
言葉を続けようとしても、喉が詰まる。
「私は……彼女に、もっと生きていてほしかった」
王女の頬を涙が伝った。参列者の中からもすすり泣く声が広がり、大聖堂は深い悲しみに包まれた。
葬儀の後、王国はクリスタルの功績を後世に伝えるため、さまざまな決定を発表した。彼女が命を懸けて仲間と人々を救った日を、国の記念日として制定すること。王都の中心に彼女の銅像を建て、その功績を記した記念碑を設置すること。さらに、彼女が救った人々の証言や記録を集め、後世に残すことも決まった。
銅像の建立予定地には、すでに多くの人々が訪れていた。そこにどんな姿を残すべきか、彼女に救われた人々から意見が寄せられている。勇ましく戦う姿がいいという者もいれば、いつもの明るい笑顔を残してほしいという者もいた。
誰もが、クリスタルを忘れたくなかった。
その一方で、彼女を失った4人の悲しみが消えることはなかった。
葬儀が終わり、人々が少しずつ大聖堂を後にしていく。4人は棺の前に残っていた。これで最後の別れにはしない。そう言い聞かせても、目の前にある現実は変わらない。
「私は諦めません」
王女セレスティアが静かに口を開いた。
「国中の人々が、クリスタルに感謝しています。あの子がどれほど大切な存在だったのか、今日改めて分かりました。だからこそ、私は彼女をこのまま失ったままにはしません」
「私もよ。古い魔法の記録だろうと、失われた術式だろうと、使えるものは全部調べる。まだ知らない方法があるかもしれない」
魔法使いミレーヌは涙を拭い、棺を見つめた。
「私は祈り続けます。神様が聞き届けてくださるまで、何度でも」
聖女リリアの声には、悲しみと決意が混ざっていた。
「あいつが戻ってきたら、今度こそ私が守る。もう二度と、あんな思いはさせない」
剣士エリシアは棺に手を添えた。指先に伝わる冷たさを、忘れたくなかった。
4人は互いの顔を見た。涙はまだ止まらない。それでも、クリスタルを取り戻すという決意だけは、葬儀を終えてさらに強くなっていた。
「シエルー! こっちこっち!」
天国では、クリスタルが大きく手を振っていた。
「クリスタル、そんなに急がなくても聞こえていますよ」
白い翼を持つ天使、シエルが微笑みながら近づいてくる。クリスタルが天国で出会った天使の1人であり、今では特に仲のいい友達だった。
「今日はね、前に教えてもらった庭園に行きたいんだ!」
「花がたくさん咲いてますよ。案内します」
クリスタルは嬉しそうにシエルの隣へ並んだ。天国での暮らしは、毎日が楽しいことばかりだった。立派な屋敷に住み、好きなものを食べ、好きな場所へ出かけられる。天使たちも親切で、話しかければ笑顔で応じてくれる。
最初は天使たちの丁寧すぎる対応に少し戸惑ったものの、クリスタルは気にせずどんどん話しかけた。名前を聞き、一緒におしゃべりをして、遊びに誘う。そんなことを繰り返しているうちに、顔見知りの天使も増えていった。
その中でも、シエルとは特に気が合った。初めて会った頃は少し距離があったが、今では気軽に誘い合う仲になっている。
「ねえ、シエル。今度うちに遊びに来ない?」
「いいのですか?」
「もちろん! お菓子もいっぱい用意するよ! あっ、シエルは何が好き?」
「私は甘い焼き菓子が好きですね」
「じゃあ、それにしよう! いろんな種類を用意して食べ比べしようよ!」
「ふふっ。楽しそうですね」
「でしょー!」
クリスタルは満面の笑みを浮かべた。シエルもつられて笑う。2人は並んで白い道を歩き、雲の向こうに広がる庭園へ向かった。
道の両側には美しい花が咲き、遠くには水の流れる音が聞こえる。空に浮かぶ建物からは鐘の音が響き、天使たちが穏やかな表情で行き交っていた。
「天国って本当にいいところだね! 毎日こんなに楽しくていいのかな!」
「クリスタルがそう思ってくれるなら、私たちも嬉しいです」
「えへへ。じゃあ、明日もいっぱい遊ぼうね!」
「はい。約束ですよ」
クリスタルはシエルの手を取って、庭園へ向かって歩き出した。
地上では、彼女を称える記念日の制定や銅像の建立が決まり、国中の人々がその死を悼んでいた。仲間たちは涙を流しながら、彼女を蘇らせると誓っている。
けれど、当の本人はそんなことを知るはずもない。
「シエル! あっちに見えるの、何かな?」
「池ですよ。近くまで行ってみましょうか」
「行く行く! 今日はいっぱい遊ぶぞー!」
天国の空には、今日も穏やかな光が降り注いでいた。




