第1話 神様からのご褒美
「……ん?」
目を開けると、そこには雲が広がっていた。
どこまでも続く真っ白な雲。青く澄み切った空。柔らかな光を放つ太陽。そして、空の向こうには大きな白い門がそびえ立っている。
門の周りには金色の光が流れ、いくつもの美しい建物が空に浮かんでいた。建物の屋根は宝石のように輝き、白い橋が雲と雲をつないでいる。遠くからは鐘の音が聞こえ、どこかで美しい歌声が響いていた。
思わず飛び起きた。
「うわあああああっ! すっごーい!!」
私はしばらく、その景色を眺めた。しかも足元はふわふわの雲。体はどこも痛くない。右腕も左足もちゃんと元通り。服は新品みたいにきれいで、髪まで整えられている。
「えっ、なにここ!? もしかして天国!? 天国だよね!? やったー!」
私はその場でくるくる回った。
天国だ! 間違いない!
死んだ後にこんな場所へ来られるなんて、最高じゃない?
「元気がいいね」
声のした方を見ると、白い服を着たきれいな女性が立っていた。
長い白髪に、穏やかな目。背中には大きな翼があり、全身から柔らかな光があふれている。頭の上には金色の輪が浮かんでいた。
うん。神様だ。これはもう神様以外に考えられない。
「こんにちは! もしかして神様ですか!?」
「そう。私は君たちの世界を見守っている神」
「わー! 本物だ! 初めまして! クリスタルです! 生前はお世話になりました!」
私は勢いよく頭を下げた。神様は少し驚いたように目を開き、それから優しく笑った。
「君は生きている間、多くの人を救った。自分の力を使い、何度も他人の不幸を引き受けた。最後には仲間全員の死の運命まで」
「いやー、そんな大したことじゃないですよ!」
「誰にでもできることじゃありません」
神様は私の目を見て言った。
「あの、みんな生きてるんですね!」
「ああ。全員、無事だよ」
「よかったあああ!」
私は両手を上げて喜んだ。
よかった! 本当によかった!
エリシアもミレーヌもリリアもセレスティアも、みんな生きている。
「それで、クリスタル。君には特別な待遇を用意している」
「特別な待遇!?」
「そう。君は十分すぎるほど頑張った。だから、これからは何も心配せずに暮らしてほしい」
神様が手をかざすと、目の前に光が広がった。
そこに映し出されたのは、雲の上に建つ大きな家だった。白い壁に美しい柱、広い庭には色とりどりの花が咲き、中央には透き通った水をたたえた池がある。遠くには青い湖と緑の森が広がり、家の窓からは暖かな光が差し込んでいた。
「ここが君の住む家だ。家具や生活に必要なものも用意してある。庭も自由に使っていい。天国の中を歩き回ることも、好きな場所へ出かけることもできるよ」
「えっ、ここに住んでいいんですか!?」
「もちろん」
「広っ! すごっ! 私、こんな家に住んだことないですよ! 庭もあるし、池もあるし、あっちの建物は何ですか!?」
「図書館だよ。好きなだけ本を読める。ほかにも劇場や音楽堂、運動場など、いろいろな施設がある」
「最高じゃないですか!」
私は神様の手を握ってぶんぶん振った。
「ありがとうございます! 神様、大好きです!」
「ははは。喜んでもらえてよかった」
「いやあ、頑張って生きてきてよかった! 人生って最後まで何があるか分かりませんね!」
神様も笑っていた。
こんなに素敵な場所で暮らせるなら、もう何も言うことはない。危険な魔物もいない。命懸けの戦いもない。誰かの傷を引き受ける必要もない。
これからはのんびり暮らそう!
その後、神様は天国での暮らしについて説明してくれた。困ったことがあれば天使に相談すればいいし、住む場所を変えたくなったらいつでも言っていいらしい。欲しいものがあれば、できる限り用意してくれるとのことだった。
待遇がよすぎる。これはもう、第二の人生というよりただのご褒美だ。
「それじゃあ、楽しんで。クリスタル」
「はい! 神様もお元気で!」
私は元気よく手を振った。
一方、地上では。
「……クリスタル」
王国騎士団副団長のエリシアは、動かなくなったクリスタルの体を抱きしめていた。何度呼んでも返事はない。頬に触れても、手を握っても、いつものように笑い返してくれない。
「起きてよ……。ねえ、起きてってば……」
エリシアはクリスタルの肩を揺すった。優しく、何度も。眠っているだけだと言い聞かせるように。
「私、もう怒らないから。無茶をするなって言わないから。だから……、お願い……」
返事はなかった。
「エリシア、もう……」
宮廷魔術師のミレーヌが声をかけようとしたが、言葉が続かなかった。
彼女はクリスタルの足元に膝をつき、血で汚れた服を見つめていた。自分に知識があれば、呪いを解けたかもしれない。自分がもっと強い魔法使いだったら、クリスタルにすべてを背負わせずに済んだ。
「私のせいよ……」
ミレーヌは自分の両手を見た。この手で魔法を使い、クリスタルを守るはずだった。なのに守られてばかりだった。彼女は拳を握りしめた。爪が手のひらに食い込んでも、痛みを感じないほどに感情が高ぶっていた。
「クリスタル様……」
大聖女リリアはクリスタルの胸に顔をうずめていた。聖女として、何度も人々の死を見てきた。祈りを捧げ、残された人々を慰め、亡くなった人のために祈ってきた。
けれど、今は何もできない。自分の祈りが届かなかった。自分の力では、クリスタルを救えなかった。
「神様……、どうしてですか……」
リリアの声が震える。
「どうして、クリスタル様なんですか……。優しくて、誰よりもみんなを大切にしていたのに……。どうして、クリスタルが死ななければならなかったんですか……」
祈るように握りしめた手から、涙が落ちていく。
王女セレスティアは少し離れた場所で、じっとクリスタルを見つめていた。王女として、何度も国の危機に立ち向かってきた。どんな状況でも冷静に判断し、民を守るために決断を下してきた。けれど、今は何も考えられない。頭が回らない。
「…………」
声が出なかった。クリスタルがいなくなった。その事実を認めたくなかった。
彼女はいつも笑っていた。誰とでもすぐに仲良くなり、初めて会った人にまで気軽に話しかけて、気がつけば周囲に友達を増やしていた。王宮の堅苦しい空気さえ、彼女が来れば明るくなった。
セレスティア自身も、彼女に何度救われたか分からない。なのに、自分は彼女を救えなかった。
「……許しません」
セレスティアは唇をかんだ。誰を許せないのか、自分でも分からなかった。魔物か。運命か。無力だった自分か。それとも、いつも笑って自分を犠牲にしていたクリスタル自身か。
「クリスタル……」
剣士エリシアは彼女の体を抱きしめたまま、顔を上げた。
「私たち、あなたがいないと駄目なんだよ……」
その言葉に、魔法使いミレーヌが顔を上げた。
「……生き返らせよう」
「え?」
「クリスタルを、生き返らせるのよ」
ミレーヌの声は震えていた。その目から涙は止まっていなかった。
「死者を蘇らせる方法なんて、聞いたことがないわ。でも、存在しないと決まったわけじゃない。古い魔法の記録にも、神話にも、何か手がかりがあるかもしれない」
「そんなことが……、本当にできるのでしょうか」
聖女リリアがつぶやいた。
「分からない。でも、できるかどうかを調べる前に諦めるなんて嫌よ」
「私も賛成します」
王女セレスティアが言った。
「王女として、国のすべてを使いましょう。古い文献も、神殿の記録も、失われた魔法の知識も、あらゆる可能性を調べさせます。クリスタルを取り戻すためなら、私は何だってする覚悟です」
「じゃあ、私も……」
リリアはクリスタルの手を握った。
「私は聖女です。神様に祈り続けます。何千回でも、何万回でも。クリスタル様を返してくださいとお願いします」
エリシアも、クリスタルの手を離さなかった。
4人は互いの顔を見た。悲しみは消えない。後悔もなくならない。クリスタルがいない現実は、あまりにも重かった。それでも、もう何もできずに泣いているだけではいたくなかった。
4人はクリスタルの亡骸を囲み、それぞれの胸に同じ決意を抱いた。
彼女を失ったままでは生きていけない。
もう1度、あの笑顔が見たい。
もう1度、くだらない話をして笑いたい。
もう1度、名前を呼んでほしい。
たとえどれほど難しくても、たとえどれほど時間がかかっても、必ず取り戻す。
彼女たちは、そう誓った。
「うわー! このベッドさいこー!」
その頃、天国のクリスタルは、神様にもらった豪邸のベッドで大はしゃぎしていた。両手を広げて勢いよく飛び込み、ふかふかの布団に全身を埋める。体がぽよんと跳ね返り、そのままベッドの上でごろごろ転がった。
「なにこれ! 雲!? いや、雲よりすごいよ! 雲に寝たことないけど! あははははは!」




