プロローグ
「みんなー! 元気ー!?」
「元気なわけないでしょおおおっ!!」
「おっ、ミレーヌは声が出てるね! まだまだ元気そう!」
「そんなこと言ってる問題じゃないわよ!!」
目の前には、巨大な魔物がいた。
全身を黒い甲殻におおわれた化け物で、背中から何本もの触手を伸ばしている。大きさは近くの城壁を軽く超えるほど。口からは黒い煙が流れ、周囲の地面は毒に侵されていた。魔物の足元には、私たちが倒した魔物の死体がいくつも転がっている。
そして、その魔物と向かい合っている私は、もうボロボロだった。
右腕は肩からなくなり、左足もまともに動かない。体中に傷があり、服は血で真っ赤に染まっている。息をするだけでも痛いし、立っているのが不思議なくらいだ。
けれど、私の後ろにいる仲間たちを守れるなら、それでいい。
「クリスタル! こっちを見て!」
声を上げたのは、剣士のエリシアだった。王国騎士団の副団長を務めるほどの腕前を持つ彼女は、普段なら大剣を片手で振り回す頼もしい女の子だ。けれど今は、右足にケガを負って、地面に座り込んでいる。大剣も少し離れた場所に転がっていた。
「お願いだから、もう力を使わないで……!」
「えー? でも、この化け物倒さないとみんな困るじゃん!」
「どうでもいい! 市民の皆んは済んでるから!」
「いやいや、大事でしょ! お気に入りのレストランも壊されちゃうし。いいからエリシアはそのまま休んどいて」
「そんなことを言っている場合じゃないでしょう!」
怒鳴ったのは、魔法使いのミレーヌだ。王立魔法学院を史上最年少で卒業し、宮廷魔術師にまでなった天才である。普段は冷静で頭もいいのに、今は魔力を使い果たし、顔色が真っ青になっていた。
「クリスタル、お願い……。もう十分よ。私たちはあなたに助けてもらいすぎたわ」
「えー、そんなことないって! まだまだ助け足りないくらいだよ!」
「あなたって人は……! いい加減にしてよ」
ミレーヌの目から涙がこぼれた。
その隣では、聖女のリリアが祈るように両手を組んでいる。教会の最高位である大聖女に選ばれた彼女は、どんな傷も癒やし、死にかけた人間さえ救ってきた。けれど今は、体力の限界を迎え、呼吸も苦しそうだった。
「クリスタル様……もう、やめてください……」
「リリアまでそんな顔しないでよ。せっかくかわいい顔してるんだから、笑って笑って!」
「笑えません……! クリスタル様が死にかけてるのに、笑えるわけがありません!」
最後に、王女のセレスティアが私を見ていた。彼女はこの国の第一王女であり、仲間たちをまとめる指揮官でもある。いつもは背筋を伸ばし、誰の前でも堂々としている人なのに、今はドレスの裾を握りしめ、涙で顔を濡らしていた。
「クリスタル。命令です。今すぐこちらへ戻りなさい」
「えー、王女様の命令でも、それはちょっと聞けないかなあ」
「私は本気です!」
「私だって本気だよ!」
私は笑顔で振り返った。
みんなが泣いている。怒っている。私を止めようとしている。いつも頼りになる仲間たちが、こんなに必死になって私を呼んでくれている。
うん。愛されてるなあ、私!
……なんて、のんきなことを考えている場合ではないのだけれど。
目の前の魔物は、私たち全員に死の運命を与えていた。魔物の体から伸びる黒い触手は、仲間たちの体に絡みつこうとしている。戦士である私はその触手を防いで引きちぎる。
「よいしょっとぉ!」
「ブチブチッ!」
いい叫び声をあげるじゃないの!
触手にはそれぞれに死の呪いが刻み込まれている。本来なら剣士エリシアは戦いの中で命を落とし、魔法使いミレーヌは呪いに食い尽くされ、聖女リリアは自分の命を使い果たす。王女セレスティアは仲間を守ろうとして、最後に魔物の攻撃を受ける。
誰か1人を助ければ、別の誰かが死ぬ。全員を助ける方法はない。それが私の見た少し未来の結果だった。
「クリスタル、あなたの力でも全員は救えない! これ以上は本当に死んでしまうわ!」
ミレーヌが叫んだ。
「うん。分かってるよ!」
私は自分の胸に手を当てた。私の力は、死亡フラグを引き受ける力だ。例えば誰かが死ぬほどの傷を負うと分かれば、私はそのフラグを引き受けられる。そして少し先の未来を見通した私ならうまく対処することも可能だ。病気や呪いも、心を壊すほどの苦しみも、誰かに訪れるはずだった死さえも、私の運命に引き受けることができる。
ただし、引き受けたとして毎回ベストな対応ができるほど私は器用じゃない。
傷は私の体に刻まれ、病気は私の体をむしばみ、心の痛みは私の中に積み重なっていく、ことだってある。死の運命を引き受けるってのはそういうこと。
これまで何度も使ってきた力だった。
エリシアが魔物に腕を食いちぎられたときも、ミレーヌが強力な呪いに侵されたときも、リリアが誰かを救うために自分の命を削ったときも、セレスティアが暗殺者に命を狙われたときも、私は全部引き受けてきた。
全ての死亡フラグを引き受けて、見事へし折ってきた。
そのたびにみんなは怒ったし、泣いたし、私に無茶をするなと言った。
でも、みんなが生きているなら、それでいい。私はこの力が好きだった。誰かを助けられる。誰かの笑顔を守れる。みんなと一緒に明日を迎えられる。それだけで、十分だった。
「だからさ!」
私は仲間たちに向き直った。
「今回も、私に任せてよ!」
「嫌です!」
リリアが叫んだ。
「もう嫌です! クリスタル様ばかりが傷つくのは、もう嫌なんです!」
「私だって嫌よ! あなたがいなくなるくらいなら、こんな足なんていらない!」
エリシアが地面を引っかくようにして、私へ手を伸ばした。血で汚れた指先が震えている。
「私たちを助けないで! お願いだから、もう自分を犠牲にしないで!」
「クリスタル! あなたがいなくなったら、誰が私たちをまとめるのよ!」
ミレーヌは泣きながら叫んでいた。
「あなたがいなければ、私たちは……!」
「クリスタル。お願いです」
セレスティアが頭を下げた。
「どうか、死なないでください」
その言葉に、私は少しだけ困った。うーん。みんながそこまで言ってくれるのは嬉しいけど、ここでやめたら全員死んじゃうだろうし。
それは嫌だなあ。
せっかくここまで一緒に旅をしてきたのに。エリシアとは何度も剣の稽古をしたし、ミレーヌとは魔法の研究をした。リリアとは教会の子供たちと遊んだし、セレスティアとは王宮を抜け出して街で買い食いもした。
まだまだ一緒にやりたいことがあったけど、まあしょうがない。人生そんなもんでしょ。
とにかく私は、みんなには生きていてほしい。
「ごめんね。私、みんなとまだまだ遊びたいんだ!」
「だったら……!」
「でも、みんなが死んじゃったら遊べないでしょ?」
私は笑った。
「だから、私がみんなの死亡フラグ、全部もらうね!」
胸の奥で力が動き出した。
仲間たちに結びついていた黒い糸が、私の体へ向かって伸びてくる。死の呪いが、傷が、病が、心を押しつぶす苦しみが、次々と私の中に流れ込んできた。
「やめてえええっ!!」
エリシアの叫び声が響く。
体中に激痛が走った。なくなった右腕の付け根から、さらに深い痛みが広がる。折れた骨が砕け、皮膚が裂け、内臓が焼けるように熱くなる。足に力が入らず、膝が地面についた。
それでも、私は能力を止めなかった。4人分。みんなの死の運命が、私の中に集まってくる。これでもう、彼女たちに死の運命は残っていない。
代わりに、私の体は限界を超えていた。
なるほど、これが死ってやつですかい。結構くるねえ。
みんなが泣き叫んでいる。でも、耳が遠くて聞こえないや。視界もぼやけてるし。
みんな、そんな顔をしないでよ。
私は笑おうとした。いつもみたいに、なんでもないことのように笑って、みんなを安心させたかった。
けれど、口から出てきたのは大量の血だった。
「グハッ!」
血液ドバー。
やっべ。みんなの曇りが加速する。なんだろう、そんな顔をされると、胃が痛むよ。
「元気でね!」
それが、私からみんなへの最後の言葉になった。
魔物の巨大な腕が振り下ろされる。避ける力は残っていない。全身に強い衝撃が走り、私は地面に叩きつけられた。
でも、私はぺしゃんこにされながらもその腕を掴んで決して離さなかった。
君は私と一緒に地獄へ落ちるよ。準備はいいかい?
言葉にできなかったので、心の中でつぶやいた。
遠くで、仲間たちが私の名前を呼んでいる気がした。ああ、よかった。これでみんなを救える。魔物さんには悪いけど、私の勝ち。私は最後に小さく笑って、目を閉じた。
「ダイナマイト・ボンバー・アタァァァァァぁぁぁ――ック!!」
戦士である私の隠し奥義が炸裂。てことで、私は魔物と一緒に破裂した。




