1-07 高坂赭莉Ⅱ
■ 現在:保健室
保健室の前に立った瞬間、赭莉の胸がざわついた。
扉の向こうに皐月がいる。
それだけで、鼓動が落ち着かなくなる。
(……大丈夫だよね。ちゃんと、あの時謝ったんだから)
ノックをして扉を開けると、白い光の中で皐月がこちらを向いた。
その顔を見た瞬間、赭莉は息をついた。
安堵と、胸の奥の痛みが同時に押し寄せる。
「……大丈夫?」
声が少し震えた。
皐月は気づいていない。
でも、赭莉は自分の指先が冷えていくのを感じていた。
(……また、これ)
赭莉は目を伏せた。
皐月には見せたくなかった。
あの頃、皐月に向けた悪意がまた自分に返ってきたように感じた。
理由のわからない絶望。
その影が、皐月のそばに立つと、今でもかすかに蘇る。
赭莉は震える指先を押さえつけるようにして、それでも皐月の手をそっと握った。
赭莉は、皐月の手を握りながら、胸の奥に残る冷たい影を思い出していた。
その影は、理由のない絶望として、今もふとした瞬間に蘇る。
温かい皐月の手が、その冷たさをゆっくり溶かしていく感覚が確かにあった。
それでも、赭莉は震えを隠すように指先へ力を込め、影の形を言葉にできずにいた。
(……皐月は、何も悪くないのに)
赭莉の震えは、すぐには止まらなかった。
でも、皐月の手を握っているあいだだけは、あの“理由のない絶望”が遠ざかっていく気がした。
皐月に「何か、感じたの?」と聞き返されたとき、赭莉は答えられなかった。
言葉にしたら、あの影がまた形を持ってしまいそうで。
赭莉はただ、皐月の手を握り続けた。
震えが伝わらないように、指先に力を込めながら。




