1-04 新田皐月Ⅱ
■ 回想:皐月の小学生時代
新田皐月は、いつも幼馴染の高坂赭莉のそばにいた。
赭莉は強くて、明るくて、みんなの中心にいる子だった。
皐月はその隣にいるだけで、世界の輪郭がはっきりするような気がした。
けれど、赭莉は時々、誰かをからかった。
物を隠したり。
小さな嘘をついたり。
無視を指示したり。
皐月は、その場に“いただけ”だった。
笑えなかった。
でも、止めることもできなかった。
赭莉は言った。
「皐月も笑いなよ。友達でしょ?」
皐月は曖昧に笑う。
どう頑張っても、本気で笑うことはできなかった。
笑えない自分が悪いのではと悩んだ。
そして、赭莉との関係が少しずつ悪くなっていく。
赭莉は苛立つ。
「なんで何も言わないの? なんで私の隣にいるのに、味方じゃないの?」
皐月は俯くしかなかった。
皐月の“中途半端さ”は、赭莉にとって裏切りに近かった。
ある日を境に、赭莉は皐月をいじめ始めた。
取り巻きの子たちも、赭莉に倣った。
机に落書き。
物を隠される。
無視される。
「裏切り者」と囁かれる。
皐月は耐えた。
赭莉を憎めなかった。
それよりも、自分の方に問題があると思ってしまった。
下校の時間、下駄箱を覗いた。
そこにあるはずの下足がなかった。
視界が揺れ、涙があふれた。
胸の奥がぎゅっと縮まり、息が苦しくなる。
世界が急に冷たくなった。
そのときだった。
ふわりと、胸の奥の冷たい部分が、そっと溶けていくような感覚がした。
息がしやすくなる。
涙が引いていく。
「大丈夫だよ」と言われたような気がした。
皐月の心に心地よさと安心感が広がっていく。
皐月は振り返った。
でも、誰もいない。
ただ、優しい気配だけはしっかりと残っていた。
「……妖精さん?」
皐月はそう信じた。
ずっと、心の奥で。
それから数日間、優しい気配が続いた。
決まって学校にいる時、少しでも不安が押し寄せてくると、自然と背中を押される感触が現れた。
そんな日が続いたある日。
クラスの皆が帰り、皐月が一人残っていた教室に、赭莉が謝りに来た。
赭莉は「ごめんなさい」と何度も繰り返し謝った。
皐月は返す言葉が見つからず、黙っていた。
それでも、赭莉の謝罪を受け入れた。
また、”妖精さん”が背中を押してくれているのを感じた。
それ以来、妖精さんは現れなくなった。
「もう、大丈夫だね!」と言って去って行ったのだと皐月は思った。




