1-03 新田皐月Ⅰ
(暗い)
意識の底から、皐月はゆっくりと浮上していく。
耳の奥で、遠くの波のような音が寄せては返し、頭の内側をやわらかく揺らしていた。
光が薄く広がり、世界がまだ輪郭を持ちきれていない。
その曖昧さの中で、皐月は自分がどこにいるのかを探していた。
目を開けると、白い天井がぼんやりと滲んで見えた。
光が薄く広がり、現実がまだ形を取りきれていない。
その光の揺れが、胸の奥の静けさをそっと撫でていく。
皐月は、ゆっくりと息を吸い込んだ。
(……ここ、保健室?)
体を起こそうとした瞬間、頭の奥がじんわりと痛んだ。
懐かしい思いが湧き上がり、胸のあたりが妙に温かい。
その温度だけが、夢と現実の境目を曖昧にしている。
皐月は、その曖昧さに身を委ねるように目を細めた。
倒れる寸前の感覚が、まだ残っていた。
あの時、誰かに触れられたような、そっと背中を押されるような気配。
心地よさと安心感が広がり、全身の力が抜けていくのを感じた。
その後、すーっと落ちていくような感覚におそわれ、意識を手放した。
その時の気配が、今も胸の奥に淡く残っていた。
あの、心地よさと安心感を前にも感じたことがある。
皐月は思わず胸に手を当てた。
指先に触れた自分の鼓動が、いつもより静かに深く響いている。
その響きが、皐月の記憶の奥をそっと照らした。
「……妖精さん、なのかな」
声に出してみると、胸の奥が少しだけ軽くなった。
理由はわからない。
でも、そうとしか思えなかった。
保健室は静かだった。
窓から差し込む光が、白いカーテンをゆっくり揺らしている。
その揺れを見ていると、時間が少しだけ遅く流れているように感じた。
皐月は、その遅さに包まれるようにまばたきをした。
静けさの中で、皐月の記憶がゆっくりと遡っていく。




