【章間】皐月と静流
七月のある日、昼の蒸し暑さが残る放課後。
下校する生徒が校門へ向かい、運動部はグランドで練習を開始していた。
幽霊部員の相川静流は今日も真っすぐ帰宅する。
校庭の花壇の前を通りかかると、今日も一人の少女が花を見つめていた。
静流は思わず笑みを浮かべる。
「皐月ちゃん」
「あっ、静流ちゃん」
新田皐月は振り返り、笑みを返した。
「今日も見てるんだ。ほんと、お花が好きだね」
「うん」
「何の花?」
静流が尋ねると、皐月は少し嬉しそうに笑った。
「これはね、マリーゴールドだよ」
「マリーゴールド?」
「うん。夏のお花なんだ」
「へえ、知らなかった。詳しいんだね」
「植物が好きだから」
「園芸部とか?」
「うちの学校、園芸部はないから」
静流は少し笑った。
「そっか、私は文芸部だけど、ほとんど行ってない」
「そうなんだ」
「よかったら、一緒に帰らない?」
「うん、いいよ」
二人は立ち上がり、校門へ向かって歩き出した。
夏の日差しを背に受けながら、二人は並んで歩く。
皐月は足元へ視線を落としたまま、ゆっくりと歩いていた。
静流はその歩調に合わせる。
「ねえ、静流ちゃん……」
皐月は静流に声をかける。
しかし、その先が続かない。
何かを言いかけては飲み込むように、視線だけが前を向いたまま揺れた。
しばらく歩いたあと、皐月は静かに口を開く。
「妖精さんって、信じる?」
「妖精さん?」
静流が首をかしげる。
皐月は慌てて首を振った。
「あっ、ごめん! やっぱり今の聞かなかったことにして」
静流は皐月の横顔を見つめる。
「私は聞きたいな」
皐月は少し驚いたように静流を見た。
皐月は、小学校時代の出来事を静かに話し始めた。
「あの時ね、誰かが助けてくれたの」
皐月の話し終わると、静流は尋ねる。
「誰が助けてくれたか、全然わからないの?」
「振り返ったら、もう誰もいなかった……
だから、私は妖精さんって呼んでるの」
皐月の言葉に、静流の脳裏を一瞬、四条空翔の姿がよぎった。
「妖精さんにはちゃんと、お礼を言いたいんだ」
しかし、皐月の話は続いている。
静流の意識は、皐月へと向かった。
「お礼、言えるといいね」
静流の一言に、皐月は少し目を丸くしたあと、柔らかく笑った。
「……静流ちゃんって、話しやすいね」
「そうかな?」
「うん」
二人は談笑しながら歩く。
やがて、目の前にT字路が見えてきた。
静流が立ち止まる。
「私、ここで右に曲がるから」
「うん、私は左」
皐月は少し微笑んだ。
「今日は話、聞いてくれてありがとう」
そう言って、皐月は手を振った。
皐月の背中が角を曲がって見えなくなる。
静流はしばらくその場に立ち尽くしていた。
「妖精さん」、その言葉だけが耳に残る。
一瞬、脳裏をよぎった四条空翔の姿。
だが、その答えを知る者は、今ここにはいない。




