1-17 粗忽者の報告Ⅰ
【調査報告書】
依頼者:立花薫
担当課:第三課
対象:S
期限:3日
結果:存在確認に至らず
1.藤嶺学園調査
「S」に関する噂を複数確認。
・集団催眠の発生、および発生時に卒倒する女子生徒が存在する。
・遠目には確認できるが、近づくと見えなくなる幽霊の噂。
上記はいずれも藤嶺学園一年A組で起きた事象である。
噂を確証づける根拠の確認には至らず。
2.聞き込み調査
生徒、教職員への聞き込みを実施。
「S」に関する有力情報は得られず。
一年A組の生徒に関する証言はあるものの、各証言が相互に矛盾する。
「S」の客観的事実の確認には至らず。
3.行動調査
一年A組所属の相川静流の行動を追跡。
相川静流が何者かを追跡していることを確認。
追跡対象の正体は確認に至らず。
一年A組付近まで追跡するも、以降は対象を見失う。
4.所見
通常の調査手法では対象の存在を確認できなかった。
調査対象は複数の証言に共通して登場する一方、客観的な確認が困難である。
継続調査を推奨する。
藤宮紫乃は静かに報告書を閉じた。
「面白い……」
(四条空翔を調査した報告書だと思っていたけど…… 違うわ、これは別物の報告書よ)
別件を追っていたはずの調査が、それでも藤嶺学園一年A組へたどり着いている。
紫乃の口元に、わずかな笑みが浮かぶ。
正しい報告書よりも、認識のズレが生み出す報告書のほうが、彼女のお好みのようだ。
正しい報告書は世界の表層を映し、認識のズレが生み出す報告書は世界の深層へと手を伸ばしている。
このズレは紫乃にとって観測の“材料”になる。
「立花、この報告書を書いたのは誰?」
「第三課から提出されたものです」
「そうじゃないわ。書いた人を聞いているの」
紫乃は報告書の作成者を尋ねた。だが、立花薫は提出元の部署を答えてしまう。
立花は失敗を繕うように、部下に回答を任せる。
「その件は、天城に説明させます」
「……今は鈴木一郎です」
「ああ、そうだったな。すまない」
立花は苦笑した。
「情報収集に関しては、天城……いや、鈴木に任せておけば間違いありません」
鈴木が平坦で感情を排した口調で話し始める。
「報告いたします。第三課の課長は、この報告書を自身が作成したものとして扱っています」
紫乃は鈴木へ視線を向けた。
「事実は違うということね」
「はい。今回の調査依頼は下部会社に回されております。詳細は省きますが、三次請負の調査事務所が報告書を作成しております」
「愚かなこと……」
紫乃の呟きに怒りはなく、ただ人物を評する響きだけがあった。
鈴木は表情を変えず、報告を続ける。
「さらに、第一課では報告書の内容を受け、四条空翔がSであると判断しております」
紫乃の瞳がわずかに細まる。
「……そう」
「調査局次長の判断です。現在、第一課はその方針で動き始めています」
「ああ、三好次長ね。彼らしいわね」
立花が口を開く。
「よろしければ、こちらから訂正しておきましょうか」
「いいえ」
紫乃は即答した。
「この先が一番興味深いところなの。ここで止めるには惜しいわ」
「承知しました」
立花と鈴木は報告を終えて去っていく。
再び、世界がズレる音がした。




