<幕間>コードネームS 前編
最初にそれを記録したのは、地方病院の臨床医だった。
二十五年ほど前の冬。
深夜の当直室で、臨床医は奇妙な揺らぎを見つけた。
脳波の波形がわずかに乱れた瞬間、患者の周囲で、微弱な電磁波が同じ周期で現れた。
電極の外側。
本来、脳波とは無関係の位置。
誤差だと思った。
周囲の機器のノイズか、環境電磁波の揺らぎか、そうした些細な理由で片づけられる程度の変化だった。
しかし、その患者だけが、同じ周期の揺らぎを何度も発現した。
脳波が揺れるたびに、外側の電磁場が追従するように現れる。
三度目も、四度目も、再現性があることが立証された。
もはや、誤差として処理できない結果だった。
誤差では説明できない──
そう判断したとき、彼は臨床医としての領域を一歩外れた。
静かに研究の道を歩み始めたのである。
この決断が、世界の分岐点になった。
最初は、患者の協力を得て、電磁場の研究にのめり込んだ。
大きな脳波の動きが現れた瞬間、患者の周囲で、微弱な電磁場が同じ周期で揺れた。
それは、人間の脳波の常識を遥かに逸脱した、あり得ないほどの大きな振幅だった。
本来なら、人間の脳はこの凄まじい負荷に耐えられるはずがない。
脳そのものが焼き切れるか、精神が瞬時に崩壊していてもおかしくないほどの、過酷極まる狂った波形。
しかし、被験者であるその患者は、実験の後も何事もなかったかのように、健常な精神と肉体を維持していた。
なぜ、この脳は壊れないのか──。
研究者となった元臨床医は取り憑かれたようにデータを解析する。
電磁場が発生するときに脳内で爆発的に活性化する未知の物質を突き止めた。
この物質こそが、過酷な脳の負荷を和らげ、崩壊の危機から脳を守る「支え」となっている。
そうに違いないと彼は確信した。
研究者は、その脳の支えとなる物質を、支え(Support)因子──『S因子』と名付けた。
やがて研究者は、その強い電磁場とともに、周囲の軽い紙片や医療器具がわずかに位置を変える事象を観察する。
風もない室内での、ありえない微動。
彼はこの奇妙な物理現象を『S因子』に起因する事象と考え、『S事象』と名付ける。
さらに研究は続く、観察の結果、彼はそれが既知の電磁場によるものではないと気付く。
電磁場は副産物にすぎなかった。
電磁場とは別に未知の力場が脳の外側に発生しているためだと確信する。
彼はその力場に、『思念体外力場』という名を与えた。
彼は研究結果を論文にまとめて発表する。
しかし、日本でその論文は相手にされなかった。
臨床医の独りよがりだと笑われ、学会は沈黙し、研究費は降りなかった。
だが、世界は広い。
彼の記録を読み、価値を見抜いた者たちが海の向こうにいた。
『思念体外力場』の理論は国境を越えて拡散し、別の言語で再び息を吹き返し、世界中の研究機関が莫大な研究成果を上げていった。




