第6話 「待っててくれる敵なんていませんから」
アイリスが紅鶴を見つけた場所、鬼怒川にきていた。
岸を渡す橋はかろうじて原型を留めているものの、至る所が崩れかけている。
川のせせらぎ以外は何も聞こえなかった。
「確かこの辺りで見かけたらしいのですが……見当たりませんね」
菊は首を振り周囲を見渡す。ヒガンバナとひまわりも同じく視線を動かすも、特段変わったものはなかった。
「ひまわりちゃん、腕時計の反応は?」
「う〜ん、何も反応しないね〜」
ひまわりが軽く左手を動かす。
「軽く周辺を回ってみましょうか。もし何か見つけても不用意に近づかないように……」
「分かりました」
「は〜い!」
菊を先頭に、ヒガンバナとひまわりは後ろを歩きながら左右を確認する。
川岸は視界が開けており、身を隠す場所はない。10分ほど歩くも、目ぼしいものは見つからない。
「今ごろ桜ちゃん達はウツノミヤタワー着いたのかな〜?」
「多分着いてると思うよ。もう昆虫騎士団と闘ってるかも……」
「無理してなきゃいいけどね〜」
「あれが付いているので、死ぬ心配はありませんよ。まぁ、無事といえるかどうかは分かりませんが……」
「……どういう意味ですか?」
菊の意味深な発言にヒガンバナが反応する。
「そのままの意味ですよ。すぐ貴方方も同じようになります」
「それってつまりーー」
「あ〜〜!あれってアリイスさんの眼鏡じゃない?」
ヒガンバナが追求しようとした間際、ひまわりが岸辺に光るものを見つけた。
ひまわりが小走りで近づく。
「ホントだ。……っえ?」
ヒガンバナが視線を向けるよりも先。菊がひまわりを追いかけて、勢いよく走り出す。その表情に感情はなく、ヒガンバナは一瞬、背筋がゾッとした。
ひまわりが眼鏡に手をかけようとした時、菊が錫杖でひまわりの足を払う。
「うわっ!」
ひまわりがその場に顔面から転ける。その頭上スレスレを、紅い何かがかすめた。
「今のは……!」
ヒガンバナは敵意こそ感じなかったものの、その物体がひまわりを狙い、明確な殺意を持って近づいたのだと分かった。
すぐに辺りを見回すも、何も見つけられない。
「その顔の横についているものは飾りですか?不用意に近づくなと、言いましたよね」
菊が倒れたひまわりを見下す。
「うぅ……すみませんでした」
顔についた泥を払いながら立ち上がるひまわり。
「紅鶴の姿は……見えなくなりましたか。少なくとも、この視界内にはいるはずです。ヒガンバナ、貴方が見つけなさい」
菊がゆっくりとヒガンバナのもとへ歩き、正面で足を止めた。
「私ですか……?でも――」
「貴方の話だと、機獣相手に技は使えなかったけれど、攻撃は躱せていたんですよね?なら、その眼は今も使えます」
「もし見つけれなかったら……」
俯きながら自信なく呟くヒガンバナに、菊は優しく微笑みかける。
「大丈夫、死にはしません。ただ……その間、貴方も、そしてひまわりも削られていくだけ。わたしが手を出すのは――本当に死ぬ直前、それのみです」
ヒガンバナはぐっと唇を噛み締める。そして、顔を上げ菊をまっすぐ見つめた。
「分かりました……!もう、私のせいでみんなが傷つく姿は、見たくありません!」
その言葉が終わるより早く、背後の景色がわずかに歪んだ。
瞬間、菊が一歩踏み込み、錫杖の先でヒガンバナの胸元を引いた。
「きゃっ!」
ヒガンバナは体勢を崩し、前屈みになる。その頭上をまた、紅い何かが通り過ぎる。
「ひまわりだけ助けるのも、不公平ですからね。これが本当に最後ですよ。次にわたしが手を出すのは、貴方方が死にかける時です」
「あっ、ありがとう……ございます」
「礼には及びませんが、次からはもっと早く決断することです。貴方が下を向いている間、待っててくれる敵なんていませんから」
「はい……」
また顔を下げそうになるも、すぐに振り返り、ひまわりに声をかける。
「ひまわりちゃん!これから私が言う方向に向かって、思いっきり殴って!」
「りょーかい!任せたよヒーちゃん!」
ひまわりは目を閉じ、静かに構える。
ヒガンバナは目を開き、周囲に視線を走らせた。
(攻撃の瞬間、紅い残像が見えるはず。それを見逃さない!)
数秒の沈黙。太陽の光を紅く反射し、ひまわりに迫る物体をヒガンバナは捉えた。
「ひまわりちゃん真後ろ!すぐ来る!」
「 猿臂!」
ひまわりは振り返りもせず、背後へ肘を叩き込む。
鈍い衝撃が走り、確かな手応えが肘から全身へ伝わった。
その瞬間、空気を裂くような音とともに、何かが地に転がる。
これまで二人を襲ってきた存在が、ついにその姿を現す。




