2・道中
馬車に乗り込んだアベルは、遠ざかっていくメリーに手を振り続けた。道を曲がり、彼女の姿が見えなくなると、窓の外に目をやる。
やがて村の出口辺りに辿り着き、いよいよ村ともおさらばとなったその時だった。
突然、馬車が止まった。
キィィィィ!!、という甲高い音と共に急停止したため、その拍子に前のめりになるアベル。
「うわっ!? ちょ、いきなり止まって、どうしました……?」
「あー……お客さん、あれあんたの友達かい?」
「えっ、友達?」
怪訝そうな表情で馬車のドアを開け、外を覗く。
するとそこには馬車の前に立ち塞がる様にして両手を広げ、荒い息を吐いている一人の精霊族がいた。狩人見習の服装をした藍色の髪の少女は、その橙色の瞳を怒りでいっぱいにしてこちらを向いた。
目が合ったその瞬間、常人ならざる驚異的な速度で駆け寄ってくると、いきなりアベルが着ているフェレの胸倉を思いっきり掴んで馬車の壁に押し付けた。
「かはっ……いっ、いきなり何するんだよ、エリー……痛い!?」
「痛いじゃないわよ! アンタ、まさか村から出ていく心算だったわけ!?」
声を荒げたのはエリーゼ=レインダレル。
アベルとメリーの家の隣に住まう、代々村の狩人の中心的一族として尊敬されているレインダレル家の長女である。
きっぱりと竹を割ったような性格で、男勝りな気性なため自らも狩人になるべく日々鍛錬をしているという噂だ。実際男女という差があるのに、アベルは身動き一つとれずにエリーゼに抑え込まれてしまっている。
なんとか振り解こうと力を込めるが逆に少女に頬を抓られてしまう。エリーゼを宥めようと顔を歪めつつ、アベルは身振り手振りを交えてわたわたと説明を始めた。
「いやっ、出ていくとか、ちょっと、ええっと______そう、旅! ちょっくら隣町まで旅に出ようなんて、あはは、考えてましてぇ…………ぅぅ」
最後が若干小声になっていったのは、言葉が進むにつれてエリーゼの双眸がどんどん細くなっていったからだ。絶対嘘だろお前、という痛い視線から逃れようと目を背けたらまたもや頬を捩じられる。
はぁ、とため息をついた怪力の少女から小さな低い声で囁きが漏れる。
「……本当は?」
「ひぃっ! 嘘です冒険都市に移住して冒険者になろうと思ってましたぁっっっ!」
「……だと思った」
エリーゼは村の中で遠ざけられていたアベルの、数少ない親友と呼べる者の一人だ。
半精霊族として忌み嫌われ、一時期深刻なほど病んだことがあるアベルに『血なんて関係ない、問題はアンタが意気地なしかどうかなのよ』と言ってくれたのも彼女。
今思い返してみればありきたりな言葉であるが、それでも暗闇に沈んでいたアベルの気持ちを前向きにさせてくれたのには間違いない。
殆ど涙目で叫んだアベルを見つめていたエリーゼは唐突に掴む手の力を緩めた。
フェレから手を離すと、今度は纏っていたマントの埃を手で払って乱れた衣服を整えてくれた。急な地度の変化に驚いて声も出せない少年に、少女は小さな声で告げる。
「アンタは隠そうとしてたみたいだけど、ここ最近自分の挙動がおかしかったの知ってた?」
「え?」
「やたらと村の売店で旅行用の装備とか持ち物買ってるし」
「なぜそれを!?」
「部屋では一人で微妙な鍛錬やってたりもしてたわよね?」
「質問を質問で返して悪いけどなんで僕のそんな私生活がバレてるのもしかして盗聴でもしてたの!?」
「ちなみに情報源はメリー様よ」
「やっやだ、絶対魔術でのぞき見されてたやつだ!」
口を手で覆い、驚愕の表情を浮かべるアベル。確かに人様の私生活なんぞ気にしない大雑把な性格のメリーなら、本気でやりかねないため妙に信ぴょう性があるのが怖い。
ともあれ必死に隠してきた旅立ちの件はすでに露呈してしまったため、腹を括ることにした。
「……なんていうか、村の人には言わないで欲しいんだ。どうせみんな僕がいなくなっても気づかないだろうし、気づいたとしても連れ戻しに来る人なんていない。実際そうでしょ?」
「……アベル」
「エリーゼには悪いと思ってるけど、これは、僕が決めた道なんだ。ドゥノワールで冒険者になって、たくさん冒険して、いつか、みんなから______」
「……みんなから?」
「あっ、えっと、ううん、なんでもない。とにかく、もう行かなきゃならないんだけど……」
「あぁ、もう行っちゃうのね。どうしよう、気の利いた一言すら思い浮かばないんだけど」
悩んで髪を掻きむしったエリーゼは、少し考えたのち徐に胸元へと手をやった。
首から下がるのは、小さな涙の形に削られた魔晶石のネックレス。市場ではそう簡単に手に入れることのできない、珍しい蒼色の種類である。それを首から千切って、あろうことにアベルに放り投げた。
わたわたと、空中を舞ったネックレスを掴んだアベルは先ほど以上に吃驚してエリーゼを見る。
彼女はふっ、と口元を綻ばせて微笑みを浮かべた。
「しょうがないからそれ、あげるわよ。今日だって知ってたならもっと良いもの用意できたかもしれないんだけど……ごめんなさいね」
「でもこれ、エリーゼが初めて作ったネックレスじゃあ?」
精霊族の伝統の一つとして、齢が10になったものは皆ネックレスやイヤリングなどの装飾品を自分の手で作ることが決められている。
それらは自らの依代となって、着用者を守るという言い伝えがあるのだ。
まさに宝物。
しかしそれほどの価値のある品をあっさり手放したエリーゼは、事も無げに肩を竦めた。
「悪いけど私はああいう伝説は信じないの。そんな噂話より、あんたが無事でいることの方が大切に決まってるわよ」
「エリーゼ……ぅぅ、ありがとう……」
「礼なんていいのよ。ほらもう時間なんでしょ?」
「……うん、そろそろ行くね」
「気をつけてね。汝に加護あらんことを」
古い精霊族の言葉で旅立ちの呪を口にしたエリーゼは、手を振ってアベルを見送る。馬車に乗り込んで、窓から手を出して振り返す。
アベルは村の門を潜るその時まで窓から身を乗り出し、エリーゼの姿を眺めていた。
遠ざかる少女の橙の瞳に、心なしか雫が見えたような気がした。
もしかしたら彼女に会えるのはこれが最後かもしれない。メリーとの別れでは全てを受け入れた気分になったが、今のほんの少しの会話で不安が心を覆った。
そんな自分を奮い立たせるかのように、無意識にエリーゼのネックレスを触る。今や少年の白い胸元で輝く涙の魔昌石は、淡く光を放っている。
ほんの少し、温もりが手に伝わる。
(……絶対に、いつか、戻ってくるんだ)
前を向き、改めて心で決意する。
その少年の双眸は未知なる世界への好奇心と、同時に生じる僅かな恐れに満ちていくのだった。
第2話です!
ちょっと前回のラストから考えて蛇足感ありますが、このエリーゼちゃんは今後重要なポジになるのでどうしても登場させたかったのです......うふふ。
続きがきになるなぁ、と思った方は是非高評価やブックマークをお願いします!
駆け出しの作品ですが、気に入っていただければ幸いです...。
それではまた次回お会いしましょう、ばいなら。




