3・冒険都市
幼馴染かつ親友のエリーゼに見送られ、村を出発した少年______アベル=ヴァイステーランは窓の外を流れる景色を眺めていた。とはいっても、精霊族の住む村は鬱蒼とした森の奥深く。
木漏れ日が射し込んでいて道も整備されているからと言って、決して楽しい道中ではない。
延々と続く同じような景色に飽きたアベルは、ふとメリーから渡された袋を取り出す。ずしり、と重量感のある球体が入っているのが袋越しでも克明にわかる。
(確か、『妖精の実』とか言ってたっけ。聞いたことないけど……もしかして食べ物なのかな。いやでも、こんな重い果物なんてあったっけ? ていうか下手したら西瓜よりも重いんじゃないのこれ……)
メリーから『開けてみればわかるさ』と言われていたのを思い出し、揺れる車内の中で震える手を動かしながら袋の結び目を解く。口を広げ手を中に突っ込むと、指先が触れたのはひんやりとした物体だった。
袋を逆さにしてその球体を取り出す。
ドスッ、という鈍い音と共にアベルの膝の上に落ちる。ちょっとした高さがあったため、落ちた拍子に太腿に衝撃が伝わり痛みに悶える。若干涙目になった少年は歯を食いしばって我慢し、メリーから渡された球体に目をやる。
翠の珠だった。
占い師が使うような水晶にも似ている。しかし透き通るほどの輝きがあるのにも関わらず、内部にはどういう原理なのか半透明の翠色の靄のようなものが渦を巻いている。淡い光を放つそれは、村でもよく目にした魔物の心臓ともいえる物体______魔晶石にも似ている気がする。
窓から差し込み太陽の光に透かして見ると、これまた不思議なことに靄の形状が変化した。
渦を巻くようにうっすらと漂っていたものが、徐々に違うモノの形を取り始める。
(なんだこれ……人の手?)
そういえばメリーはこれを遺留品と言っていた。しかし実際に魔物やら魔獣やらを討伐したことのないアベルには、これが異形の化け物たちのどの部分から回収できるのかがさっぱりわからなかった。
じーっ、と眺めていると靄が集まっていく。それにつれて一本、二本と徐々に手の形が形成されていく。その幻想的な現象を動けずに見ているアベルの脳裏になぜか妙齢の女の声が再生された。
『我が名はライシェス、ライシェス=レイフォーズ。またの名を悲劇と虚無を司る魔女』
夢の中で聞いた、不思議な言葉を反芻しているうちにとうとう完全に靄が手の形になった。
まるで何かを必死で掴もうとするかのように指が伸ばされた状態で固定されている。呆けた顔になったアベルは、無意識に手を伸ばして珠の内側からこちらへ向けられている指先に触れようとした。
その瞬間。
バチィッッッ!!!、と。
指先に、まるで直接雷に触れたかと錯覚するほどの凄まじい痛みが走った。
「痛っっっ!?」
思わず悲鳴を上げ、左手で持ち上げていた謎の球体を手放す。馬車の床に落ちた翠の珠はごろごろと転がり、足元で行ったり来たりを繰り返している。今の不可思議な現象に驚きつつ、痛みが走った右手の指と足元の珠を交互に見るアベル。
(なに、今の……? まさか、触れたら電撃の魔術が発動する自己防衛魔装……? いや、それにしてはおかしいっ。左手で触れても何ともなかった、しかも、この翠色の靄は……?)
恐る恐る床に落ちた球体に手を伸ばし、震える指を何とか意志の力で抑えつける。
つんつん、と突っついても先ほどのような電撃は迸らないため、ゆっくりと拾い上げる。
もちろん右手では触らずに、だ。
(もしかしてこれ、結構危ない品なのかな。メリーさん、なんてもんを僕に渡したんだ……)
謎は深まる一方だが、アベルは怪しげな遺留品を元々入れてあった袋に戻して封を固く結ぶ。入れる直前に一度『妖精の実』の内部の靄を確認したが、手の形をしていたそれはいつの間にか再び球体の中心で渦を巻いていた。まるで何事もなかったかのように。
不気味な出来事に背筋をぶるりと震わせたアベルは、背負い袋から飛び出ている『銀の杖』に手を伸ばす。
これも『妖精の実』と共にメリーから渡された品であるため、心の警戒レベルが最大に引き上げられているアベルは怯えた兎のようにびくびくしながら杖をつつく。
杖に触っても何ともないことを何度も確認した後、やっと背負い袋から引き抜いて膝の上に乗せる。
杖の先端に埋め込まれた蒼い宝石が太陽の光を受けて、鮮やかにそして優雅に煌めく。メリーは武器屋で普通に売っている量産品の魔装だと言っていたような気もするが、この宝石はどう見てもそこらへんで手に入る代物ではなさそうだった。
(……安物なわけないよね。銀、っていうぐらいだから本当に銀で出来てたりして。でもこれほんとに魔装として使えるのかな? アンティークものっぽいし、偽物だったりして……)
アベルには魔術の適性が『治癒』系統しか存在しない。頑張ればできるとかそういうレベルではなく、本当に一切の攻撃的な魔術を使えないのだ。子供でも扱えると言われている初歩的な『灯火』ですら使用できないとは、もはや才能がないどころの話ではない。
つまり何が言いたいかというと、アベルは今のところ『治癒』の術式を使うことでしかこの杖の実用性を確かめられないのだ。
メリーの家に置いてあった魔導書______優れた魔導師が魔力を込めて製作する、読むだけで魔術を習得できるとかいう貴重な代物______を少し読んで、習得できる範囲の簡単な治癒術式は保持しているが、これらは全て怪我を負った人がいないと発動できないのである。
もちろん自分の手や足を護身用の短刀で斬りつけて、意図的に傷を作るという手段もある。
しかしそんな狂気じみた自傷行為、臆病者アベルには到底出来っこない。
結局本物なのか偽物なのかわからない杖を振ったりして、退屈な時間をつぶす。
(しょうがないな。ドゥノワールに着いたらまずは寝泊りできる宿を確保して、それから必要なモノを買ってからギルドの加入申請を出そうかな。そこでこの杖が使えたらいいんだけど……)
『迷宮統括協会』、通称ギルド。
平たく言えば、世界に複数存在すると言われている『迷宮』や数多の冒険者の管理を担う巨大な組織である。世界各地に支部が存在しており、ドゥノワール支部は同時にギルドの本部も兼ねているらしい。冒険者になるには、この組織を介さなくてはいけない。
ちなみにここで申請を行わないと、無法者とみなされて、無断でダンジョンに突撃したりすれば即刻逮捕なんてこともあり得るとか。
ドゥノワールにおいては特にギルドの権限が強いことで有名だ。実際、都市の管理責任者である人物がギルドの長を兼ねていることからもその強さが窺えるし、今述べた逮捕事案の拘束力はギルドが持っている。つまりヘタに敵に回すと恐ろしいことになる。
アベルがメリーから聞いた情報や、時々やってくる旅人っぽい人間から耳にした話をつなぎ合わせて理解できたのはこのくらいだ。実際田舎者が華々しい栄誉を求めて上都することはよくあることだし、事前情報としてこのくらい知っていれば問題ないだろう、と適当に検討をつける金髪の少年。
とりあえず当面の予定を軽く考えたところで、窓の外に再び目をやる。心なしか握っている杖の重みが増したような気がした。
未知の世界。
閉鎖的な村から開かれた世界への旅立ち。
この先何が起こるのかは、見当もつかない。
当然アベルにも、他の誰にもわからないのだ。
どんな危険が待っているか。
どんな冒険が待ち受けているのか。
どんな出会いがそこにあるのか。
いつ、自分の命を失うのか。
ぶるり、と背筋を震えさせたアベルは何の気なしに呟いていた。
「……はぁぁぁぁぁぁ。なんていうか、冒険者になるって言ってもそんなにすぐ死なないだろうし、今のうちに寝とこー」
心底楽観的かつ怠惰なのであった。
平成最後ということでね!
まぁ何週間ぶりかですが、更新しちゃいます*
令和になってもよろしくね〜!
あと微妙にタイトル詐欺かなぁ?笑




