~約束~
第三章プロローグです。
『 《開拓王サーゴ》は偉大な王である。
この果てなく続くような黄土の大地に
後世までまで続く大国を建てたのだから。
そのサーゴ王には生涯たった一人の妃が居た。
名も姿も秘される王妃であるが、
何でもサーゴ王にとって、
“砂漠に湧き出る泉に匹敵す”
とのこと。
その姿はどのような宝石も
色褪せて見える程に美しかったそうだ。
けれどその王妃の名と姿が記された書がある。
それは王のみに閲覧の許された物。
そこにはこう記されていた。
“流水の如く流るる髪
まるで蒼空を映し出したような色彩なり
その肌は透き通るように白く
瞳を覗けば
まるでオアシスに湧く泉の如くなり
その名をソラと言う
開拓王サーゴの妃
この者《異界の者》なり” 』
異界人を召喚する事、それは自分にとって儀式の様なものだ。
我がクラジバールの駒を増やすため、繁栄を確かなものにするため、何代も前から行ってきた事。
思えば物心ついた頃から子供の形をしたこのクラジバールの魔学者を使った儀式。
異界人を喚ぶ為に異界人を使うとはなんと皮肉なことか。
だが、このクラジバールの繁栄には必要なことなのだろう。だからずっと続けられてきた。
そう、だから前王のあの老いぼれも口うるさく続けろと言うのだ。
我が国の為だと、繁栄の為だと……。
「ハッ! 何を抜かすかあの老いぼれめが。我が国だと? もうこの国はわしのものだ。
繁栄? 自分が贅沢したいためではないか。
全く、わしを王にしたのだから早くくたばればよいものを」
「陛下……そんな風に言うものではありません。あなたが老いぼれと言った方はあなたの父親なのですよ?」
鼻で笑って言ってやったところ、その様に窘められた。
この男は、幼い頃より供にいた自分の従兄弟だ。
どこか凡庸とした見た目と雰囲気。どちらかと言われればこの従兄弟の方があの老いぼれに似ている。
「ふん、父親? あれが父親かどうか怪しいものだ」
「へ、陛下!?」
「ガルム、お前母親というものに会った事があるか?」
我が従兄弟であるガルムシェードを見やる。
前王であるあの老いぼれの弟の息子。
我が伯父にあたるこのガルムの父親は、ガルムが腹にいる間に病死したとされる。
だが本当の所は暗殺でもされたのだろう。
当時、その弟を王にという声が多くあったそうだから、おおかたあの老いぼれがそれを恐れて殺したのだろう。
ガルムには兄弟が多くいたそうだが、それらも相次いで死んだそうだ。
では何故ガルムが生き残ったのか。
それは当時あの老いぼれに子供が出来なかったから。
まだ腹にいたガルムを自分の息子として育てようとしたらしいが、その数年後このわしが生まれたというわけだ。
しかしながら今もこうしてガルムが生きている理由。
情が湧いたのか、ただ単に手駒として生かしているのか、それとも他の理由があるのか……。
「わしは自分を生んだ存在が気になってな、魔学者を使って探し出した」
「は、魔学者……ピト」
「ピト? ああ、魔学者の名か。まぁ、それはどうでもいい。東の方にある結界近くの塔にいた」
「陛下……それで? お会いになれたのですか?」
「ああ、あの女。わしの姿を見た途端に身体を差し出そうとした」
「はっ……?」
ガルムは理解出来ないという顔をする。
わしは特に何の感情も表さず、淡々とした調子で言った。
「その様に仕込まれたのだろうな。見知らぬ男がきても喜んで身体を開くように」
「しかし、王のものである女性に近づくのは禁じられている筈……」
「ククッ、あの老いぼれには子種が無かったのだろう」
「へ、陛下……」
ガルムが気遣うように此方を伺う。
何故そんなにも不安そうな顔をするのか……。
だからわしは言ってやる。
「安心しろ。例えわしがあの老いぼれの子でなくともわしは王だ。
あの女も直径であったからな。
例えそうでなかったとしてもわしが王であることは変わらない。
わしがわしであるだけで王なのだ」
ニヤリと口角を上げて見せれば、最初呆気にとられていたガルムはフッと笑って軽く首を振る。
「全く、あなたのその傲慢さと自信には感服いたしますよ。
ですが逆に小気味いい。
フフッ、正しく貴方が貴方であるだけで王なのですね、ムハンバード」
この男は昔からこのような顔をする。
どこか諦めたような、けれど安心したような、それでいて何かを求めるような。
それは決して不快ではなかった。
これは生まれながらに支配される者の目だ。
「何を当たり前の事を」
この男は決して裏切らないだろう。わしが言わずとも進んでわしの背中を守るだろう。
多分そんな事は起きないだろうが、もし、もしもだ。
わしが過ったことをしたなら、この男は身を挺して止めるのだろう。
それで例え命を落としても、きっと笑って逝くのだろうな。
この様な想いは一体何と呼ぶのだろう。
「ええ、そう。当たり前の事ですね。
貴方は王だと、この国を素晴らしいものにしてくれるのだと、私は信じています」
信じる……ああそうだ。信じるという想いだ。
わしもまた、この男を信じているのか……。
この想い、王たる者として相応しくないやもしれぬが、悪くはない。
一人くらいはそのような者がいてもいいだろう。
「ああ、わしもお前を信じている。わしの想いを裏切るな」
わしがそう言ったら、ガルムは面白い顔をした。
ポカンと口を開けた間抜けな顔だ。
なんだか落ち着かない心地になり、奴から目を逸らす。
「儀式の時間だ。今日呼び出した者の管理は、いつものようにお前に任せる」
口早に言って早くその場から離れようと試みる。
だが、部屋を出る直前に声を掛けられた。
「御意に御座います、陛下。私は決して貴方を裏切りません。恐れ多いことですが、私は貴方を弟のように思っているのですよ」
「………」
その時、口角が上がってゆくのを感じた。
何だか今日は良い事が起こりそうな気がする。
そのままわしは、研究所へと向かったのだった。
そのわしの予想は当たる事になる。
この日、魔学者の喚び出した異界人、それはわしが王であるという天からの掲示であったのだ。
あの偉大なるサーゴ王のたった一人の妃、王妃ソラ。
誰の目にも触れさせぬ。あれはわしだけの女だ。わしだけの秘密の宝となるのだ。