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幼なじみの僕らに、名前をつけるなら。  作者: MUHIRO


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第1話 - 名前すらない関係

四月、月城 淡(つきしろ あわい)は私立蒼陵高等学校に入学した。


「新入生代表、月城淡」


名前を呼ばれ、淡は席を立った。

体育館の中央を通り、壇上へ上がった。

新入生代表――この学年の入学試験で一番だったということだ。


もっとも、壇上の淡へ向けられる視線のすべてが、それを理由にしているわけではない。

小学三年生から雑誌を中心にモデルをしているため、月城淡という名前と顔を入学前から知っている生徒もいた。


壇上に立つことにも、特に緊張はしなかった。

撮影で知らない大人に囲まれることにも、大勢から見られることにも慣れている。

淡は新入生代表の言葉を読み終え、一礼した。

席へ戻る途中、あちこちから視線を感じたが、特に気にせず席に着いた。


*


高校生活が始まると、淡はすぐにクラスへ馴染んだ。

入学時点で、淡に親しく話す相手はいなかったが、人間関係に困ることはなかった。

入学して数日もすれば、休み時間に声をかけられることも珍しくなくなった。


「月城、昨日発売された雑誌出てたよな?」


「どれ?」


「春服のやつ」


「ああ。たぶん出てる」


「たぶんって何だよ」


「似たようなの何本か撮ったから」


「自分が出たやつくらい覚えとけよ」


「全部は無理かな」


淡が笑うと、相手も笑った。

話しかけられれば普通に話し、冗談には笑って返す。

誰かが困っていれば、できる範囲で手も貸した。


いつも同じ誰かといるわけでもなかった。

そのとき近くにいる相手と話し、別の相手に声をかけられれば、そちらとも同じように話す。

クラスが違っても、顔を合わせれば話す相手はいた。

廊下で上級生から声をかけられることもあり、淡は相手が誰でも変わらず応じた。

先輩だからといって必要以上に構えることもなければ、自分から関係を深めようとすることもない。


クラスメイトから見れば、明るくて話しやすい人間だった。

誰とでも話せる。

ただ、淡の方から誰かとの距離を縮めることは、ほとんどなかった。


「月城、連絡先交換しようぜ」


そう言われても、淡はいつも通り笑って答える。


「ごめん。学校の人とは交換しないって決めてるんだ」


「え、学校のやつ全員?」


「うん」


「なんで?」


「必要なら学校で話せるでしょ」


「いや、まあ……そうだけど」


相手は少し納得していないような顔をした。


「変なところ徹底してんな」


「そう?」


高校生なら、ふつうこんなことはしないだろう。

それでも、淡自身は特におかしいとは思っていなかった。

男子でも女子でも同じだった。

誰かを嫌っているわけではなく、翌日学校で会えば昨日までと同じように笑って話せる。

ただ、学校でできた関係を放課後まで持ち込まないという距離が、今の淡には一番楽だった。


そうして今日も、誰にでも感じよく接する自分を崩さないまま、一日を過ごす。


*


そんな淡にも、学校の中ですらほとんど関わらない生徒が一人だけいた。


灯 夕日(ともる ゆうひ)。


他の生徒になら、話しかけられれば淡は笑って答える。

けれど、夕日に対してはそれすらない。

夕日も同じだった。

廊下ですれ違っても、教室で近くを通っても、何もない。

挨拶もしない。

避けることも、睨むことも、嫌そうな顔をすることもなかった。

ただ、互いにそこにいないものとして扱っていた。

それだけに、他の生徒に対する態度との違いは目立った。


夕日は、クラスでもほとんど一人でいた。

長めの前髪に少し重く見える眼鏡をかけ、俯きがちなこともあって、どこか近寄りにくい空気がある。

昼休みも一人で弁当を食べながら、参考書を開いていることが多かった。

誰かが話しかければ最低限は答えるが、自分から会話を広げることはない。


淡は夕日の方へ視線を向けず、自分の席で他の生徒と話していた。

見ないようにしている、と自覚していたわけではない。

それでも、夕日が教室のどこにいるかだけは、なぜか分かった。

席にいるのか、もう教室を出たのか。

近くで声がすれば、振り向かなくても夕日だと分かる。

確かめようとしているわけでもない。

ただ、分かってしまう。

それなのに、淡から話しかけることはなかった。


*


入学した頃から、淡には何となく目に留まる二人がいた。


桜 雛華(さくら ひなか)と雪 澄都(ゆき すみと)。


二人は幼なじみだ。

家が向かい同士で、家族ぐるみの付き合いがあるらしい。

それくらいのことは、クラスで交わされる何気ない会話から、淡も知っていた。


雛華は、肩を越えて背中の上部まで伸びたダークピンクブラウンの髪と、柔らかな目元が印象に残る女の子で、誰とでも自然に話す。

百六十センチは超えているはずだが、百八十二センチある淡から見ると、どこか小柄に見える。

男子だから、女子だからと態度を変えることもない。

声を荒げることは少なく、相手の話を聞くときはきちんと相手を見る。

それでいて堅苦しくもない。


それに対して澄都は、チャコールブラックの短い髪に、感情のあまり出ない落ち着いた目元をしている細身で長身の男子だ。

人付き合いがあまり得意ではなさそうだった。

特に女子相手になると分かりやすい。


ある日、一人の女子生徒が澄都へプリントを渡した。


「雪くん、これ後ろ回してくれる?」


「あ……うん」


澄都はプリントを受け取った。


「ありがとう」


「……うん」


女子生徒が離れていくと、それを見ていた雛華がすぐに澄都へ言った。


「澄都、また緊張してた?」


「してない」


「声小さかったよ」


「普通だろ」


「私と話すときより全然小さい」


「お前と同じにするなよ」


「どういう意味?」


「そのままの意味」


「失礼だね」


「何がだよ」


淡には、他の女子を相手にしたときの硬さが、雛華の前ではきれいに消えているように見えた。

目を合わせればすぐに返し、言い返したり呆れたり、ときには笑う。

それなのに、雛華が別の男子と楽しそうに話していると、澄都は少しだけ静かになる。

二人のやり取りには、どこか馴染みのあるものがあった。

だからなのか、気づけば二人が話しているときは視線を向けてしまっていた。


*


淡と雛華が初めてまともに話したのは、入学から二週間ほど経った頃だった。

昼休み、淡が数人の男子と雑談していると、声をかけられた。


「月城くん」


振り向くと、雛華だった。


「なに?」


「数学の提出って、今日だよね?」


「今日だよ。五時間目の最初」


「やっぱり。澄都が明日だって言い張るから」


淡は少し離れた場所にいる澄都へ目を向けた。


「明日って書いてなかった?」


「今日だよ」


その答えを聞いて、雛華は澄都を振り返った。


「今日だって」


「……マジかよ」


「ほら、やっぱりでしょ」


「お前も確認してただろ」


「私は今日だと思ってたから確認したの」


「大して変わんねえだろ」


二人のやり取りを見て、淡は少し笑った。


「まだやってないの?」


淡が話しかけたことで、澄都は気まずそうに目を逸らした。


「……半分」


「昼休み全部使えば間に合うんじゃない?」


「やるしかねえな」


「月城くん、ありがとう」


「どういたしまして」


会話としては、それだけだった。

けれど、少しすると教室の反対側から声が聞こえた。


「月城と桜さん、普通に話すんだ」


「絵になるよな、あの二人」


「二人とも目立つしな」


「付き合ったら美男美女だよね」


淡にも聞こえていた。

雛華にも聞こえたらしく、一瞬だけ目が合った。

困ったように笑う雛華に、淡は小さく肩をすくめた。

それ以上は何もなかった。


ただ話しただけだ。

周囲がそこにどんな意味をつけるのか、淡にはあまり興味がなかった。


ただ、澄都だけは少し面白くなさそうな顔をしていた。

淡はそれを見逃さず、ふと、これまで見てきた雛華と澄都のやり取りを思い返した。

二人の間にある距離は、やはりどこか懐かしかった。


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