プロローグ
東の国から帰国し、魔王に今回の成果を報告すると……。
「これまでルミナリア王国は、人間界と交易することはなかった。東の国は初の人間界の友好国となる。これは快挙であるぞ、セルジュ、アマレット!」
とても喜び、セルジュと私は早速、交易のための準備を行う。
「チーズは長期保存が効くパルミジャーノ・レッジャーノを手配するのがいいと思います。オリーブ・オイルはなるべく搾りたてのものを用意するようにしてください」
私は東の国に贈るチーズとオリーブ・オイルの手配を担当。同時にその製法を伝えるため、東の国に長期滞在できる魔族を募った。
既にセレノアでの稲作計画は発表されており、ライスを通じ、東の国について知っている魔族は増えている。それでも人間界の国。しかも大陸から離れた場所にある島国なのだ。
(旅行ではなく、長期滞在で向かってくれる作り手なんて、見つかるかしら……)
心配になったが、数日後、グラマラス美女三姉妹の一人、スティが木箱を手に書斎へやって来た。
「アマレット様、チーズとオリーブの生産者で、東の国への滞在を希望する人たちから、こんなに応募が来ています!」
なんとその木箱いっぱいに入っている書類は、懸念していた応募者から申込書だったのだ!
「とても沢山あるわ! これは……私では選びきれないわね。殿下のところへ行きましょう!」
こうしてライラック色のドレスを着た私はスティを連れ、セルジュの執務室を訪ねた。
「なるほど。では一緒に申込書を見てみましょう。どうぞこちらへ」
そういうとセルジュは執務室内にある応接セットへ案内してくれる。
「大丈夫ですか、セルジュ? セレノアの開墾、王都からセレノアまでの馬車道の整備計画もあれば、チーズやオリーブ・オイルと同じように、東の国に贈る葡萄酒の選定、製法を伝える作り手の選出作業もありますよね?」
今はとりあえず報告と相談をして、選定作業は後日になると思った。だがセルジュは今すぐ一緒に見てくれるという。これには驚き、思わず大丈夫なのかと尋ねると……。
「葡萄酒は王家で所有する醸造所があるので、話は早いです。むしろルミナリア王国内から広く募ることになった、チーズやオリーブ・オイルの選定と、派遣する作り手選びの方が大変かと。アマレットが有能なので、つい難しいことを任せてしまい、申し訳ないです」
セルジュはそんなふうに言ってくれるが、彼は東の国絡み以外の公務も山とあるのだ。それに比べたら、私なんて全然なのに!
「それにこの人選は元々アマレットだけではなく、チーズやオリーブ・オイル作りの経験者に手伝ってもらうつもりでした。よって今回、申込書に目を通すのは、どんな応募者がいたのか。把握しておくための意味合いもあります。つまりどの道、わたしも見ることになるので、大丈夫ですよ。むしろこうやってアマレットと一緒に目を通せることが嬉しいです」
サファイアブルーのセットアップを着たセルジュがそう言って微笑む。
(セルジュ、やっぱり優しい!)
そこで一緒にソファに横並びになり、申込書に目を通した結果。
「応募者が多い理由がわかりましたね」
「はい。応募者の中に長男はいませんでした」
「チーズであれ、オリーブ・オイルであれ、作り手の跡継ぎは長男になることが多い。後を継ぐ予定のない次男以降が、新たなる可能性を考え、応募してくれたようですね」
「そうだと思います。これは……とても勉強になりました」
そんな感じでチーズ、オリーブ・オイル、さらに葡萄酒の方は東の国に贈る品と人選が着々と行われ、そちらは無事に完了。将軍オガタからは喜びの書簡も届く。そちらがひと段落すると、稲作留学と移住前提の清酒造りを学びたい人たちをとりまとめることになったが、そちらは大変スムーズ。もう熱量の高い応募者が多かったので、話はとんとん拍子で進む。
そこで思わぬ事件が起きた。
◇
「魔獣はいないというが、絶対ではないですよね?」
「それに魔獣以外のリスクもゼロではない。ならず者に襲われる危険はゼロではない。それにセレノアを王都に並ぶライスの産地の大都市にするというなら、それ相応の立場の魔族がいて当然だろう」
「そうだ、そうだ!」
「セレノアの稲作計画の陣頭指揮は王太子殿下がとられている。ならば王太子殿下が移住されればいいのでは!? 今すぐ即位するわけでもなく、魔王は健在なのですから!」
「そうだ、そうだ!」
セレノアに移住を希望する農夫などを集めた説明会。この説明会では、現在の開墾状況や計画している都市の全貌が公開された。セルジュほか、有識者や宰相も同席で行われたのだけど……。
説明自体は問題なく行われ、最後に出席者から質問を募った。すると一部の農夫から、セレノアの安全性、さらには責任者も移住するべきだという意見が上がってしまう。
「ご提案、ありがとうございます。その件についてはこのあと、王太子殿下とも検討し、返答させていただきます」
宰相が何とかそう収めてくれたのだけど……。
「セレノアは特別都市として、辺境伯をおくのよね? それなのにセルジュに移住しろ、だなんて! どうしてそんな発想になってしまうのかしら?」
ロイヤルパープルのドレスを着た私は濃紺のセットアップのセルジュにエスコートされ、説明会の会場を後にすると、彼の執務室近くの廊下で、ついぼやくように呟いてしまう。するとセルジュは実は──と思いがけない話を始めた。
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