17:期待する
「我が会った蔵元杜氏の西村に、大陸の西の国の人間が清酒造りを学びたいと言ったら、どう思うか、と問うてみた」
将軍オガタの言葉に、もしかしたらの奇跡を期待する。
「あの時の蔵元杜氏の西村の表情は……人間の二面性を実に体現しておった」
そこで将軍オガタはその時のことを思い出すように目を細める。
「杜氏の酒蔵の秘密を守りたい。その一方で長年続く緒方家との絆を無下にはできないのだ。まずは『……なるほど』とたっぷり時間をかけ、そう言うと『清酒造りを学びたい異国人がいるなど初めてのこと。正直、どうお答えしてよいのやら……』と言い出した」
将軍オガタは「まったく狸じじぃのような言い方だったわ」と、西村氏ではない誰かを思い出す表情になる。
「西村がそこでだんまりになるから『世界に目を向けよ。酒は清酒のみにあらず。大陸には葡萄酒なる美味なる酒もあるのだ。清酒造りを教える代わりで、葡萄酒の作り方を学ぶ。これまた一興、では?』と伝えた」
まさに今、将軍オガタが言ったことはセルジュが交渉カードの一つに用意していたもの。魔族は人間とは異なる文化と価値を持ち、また葡萄酒が大きな収入源とはなっていなかった。製法が漏れることを特には気にしていない。ゆえに葡萄酒の作り方を教える。それは十分対応できることであったが……。
(こちらがそのカードを切ると申し出ていないのに。将軍オガタが先にそのカードを杜氏である西村氏に切るなんて! やはりオガタは只者ではないわ!)
「我は葡萄酒を気に入っている。東の国でも葡萄酒造りが始まればいいと思ったが……。あやつは『興味ございません』とバッサリだ」
これには「あ……」と思うが、その気持ちはすぐに理解できた。
清酒造りは職人技であり、それは芸術の域に近い。芸術家はお金のために、創作意欲が一ミリも動かない注文に応えることもある。その一方で、極貧でも自分の興味のある物しか生み出さないタイプもいる。杜氏である西村氏はどちらかというと後者の気質。「酒であることには変わらない。原料が米か葡萄の違いだろう? 学べたら面白いじゃないか」には「ノー」なのだ。あくまで西村氏が追い求めたいのは、究極の清酒であり、葡萄酒ではない。
リアルタイムで通訳しているが、セルジュもすぐにそのことに気づき、その瞳は「どうやらこのカードは無意味だったようです」と私に伝えている。
「まったく、西村め。杜氏であるが、蔵元でもあるんだ。そこは視点を変え、多角経営の観点で少しは可能性を考えればよいものを。これからの時代、内にばかり目を向けていては、発展は望めぬと言うのに」
ブツブツと文句を言う将軍オガタだが、やはり彼の視野の広さは織田信長ばり!
東の国に留まらず、世界に目を向けている。
(とはいえ、伝統を守ることも大切。革新ばかりを追求し、古き良きものを失うわけにもいかない。その辺りの塩梅は難しいと思うわ……)
そう思いながらセルジュを見ると、彼は私にこんな言葉を伝える。
「わざわざ蔵元杜氏を呼び出し、交渉に当たってくださったこと。心から感謝しています。作り手であるニシムラさんが困惑する気持ちは理解できました。ですが清酒造りを学ぶのは難しい――というわけではなかったのですよね?」
これには「!?」となる。
将軍オガタが語る蔵元杜氏の西村氏の発言を踏まえると、「残念ですがお断りいたします」になると思えた。
(でもセルジュはそうではないと思っているの……?)
若干、半信半疑ではあったが、今のセルジュの言葉を将軍オガタに伝える。すると彼は「はっ! ようわかったのう!」と膝を打つ。
「セルジュ王太子殿。貴殿は将来、王になる器だ。その通り。蔵元杜氏の西村は緒方家との関りが深い。そして今となっては将軍家御用達の看板も掲げている。将軍家のご意向を無下にはしない方がいいと、蔵元として政治的な判断もできた」
そこで将軍オガタはニヤリと笑う。
「蔵元杜氏の西村はこう申した。『上様のご意向とあらば、受けぬわけにいきませんでしょう。大陸の西の国の方が清酒造りを学びたいというのなら、お教えいたします。ただし、それは製法まで。真髄まで伝授するつもりはございません』とな」
(これは西村氏、考えたわね! 一般的な清酒造りの製法は教えても、肝となる真髄は明かすつもりはない。つまり将軍の意向を組みつつ、守るべきものを守る決断だわ!)
「清酒造りは『一麹、二もと、三造り』と言われておる。麹造り、酒母造り、もろみ造りの三つが清酒造りの要だ。清酒の旨味や香りを決めることになる麹は、カビの一種で、蒸した米に付着させ、繁殖させたもの。酒母は、発酵を生み出す酵母を大量に培養するための“もと”だ。そしてもろみ造りでは、酒母に麹、蒸米、水を加えて発酵させ、もろみを造る。このもろみを絞ると酒粕と原酒の誕生だ。ここの工程が経験と勘で大きく変わる。その真髄は教えられぬというが――どうすればいいか。セルジュ王太子殿なら、わかるであろう?」
将軍オガタが不敵な笑みを浮かべ、私は慌てて通訳を行う。セルジュは私が訳した言葉を聞くと――。
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