16:話の続き
千代田城に到着し、案内されたのは、黒書院。案内してくれたのは、背筋が真っ直ぐで動けるお爺ちゃんことヒラタ!
「黒書院は上様の私的な空間でして、国内の大名でもそう簡単には足を踏み入れることは出来ません」
「ということはかなり格式ある部屋なのでしょうか?」
「いえ、むしろその逆です。気心の知れた側近と話したり、上様が寛いだりする際に使う場所。国外の方が足を踏み入れるのは、異例中の異例と言えます」
異例中の異例! そんなことをしてしまうところ、そこは破天荒で、やはり織田信長を彷彿とさせる。
「こちらでございます」
案内された部屋は白書院とは対照的に豪華絢爛さより、落ち着いた雰囲気。使われている木材は樹皮が残ったものや木目を生かしたものが多い。
(白書院は白木作りだったのに対し、こっちは木の幹を思わせる濃い色合い。白の対比で黒と表されたのかしら?)
「よろしければお使いください」
やはり室内は畳なので、セルジュにはあの背もたれなしの座高の低い椅子が用意された。
三姉妹は控え室で待機となり、セルジュは長い脚を調整して椅子に座り、私は正座をして将軍オガタが来るのを待つ。
(着物の正座は……着崩れの心配もあるし、気が抜けないわね!)
でもせっかく将軍オグタが贈ってくれたのだ。しかもそのお値段は相当なもの。
(しんどいなんて素振りは見せられないわ。何より、これから清酒造りの件を話すのだから……)
「アマレット」
「はい、セルジュ」
「あまり気負わないで大丈夫です」
「!」
「もしオガタ将軍が清酒造りの件で、特別な配慮をしてくれるなら、こちらでも切れるカードは用意してあります」
「そうなんですね、セルジュ……!」
「どうしても言葉の壁があるため、アマレットが前に立つ形になります。でもアマレットの後ろにはわたしがいるのです。いざという時はすぐに助けます。大丈夫です。一人で背負い込む必要はありません」
そこでぎゅっとセルジュが私の手を握りしめ、そこから感じる温かさに涙が出そうになる。
(セルジュ、大好き!)
そこで「御成り」の声が聞こえ、襖が開く。
セルジュも私も頭を下げる。
「おおお、御二方、東の国の衣装が実に似合うではないか!」
将軍オガタは快活な声で言うと、気さくな様子で腰を下ろす。
「アマレット殿は特に慣れない着物だ。気張って座っていると疲れるであろう。小姓!」
カラッと襖が開き、中へ入って来たのは若い少年の小姓。すらりとして、テキパキと動き、手に持っているのはひじ掛けのようなもの。
「これは脇息というもので、腕をのせ、体を寄りかけるのに使う。慣れぬ正座で疲れるだろうから、これにもたれるがいい」
「! オガタ将軍、お気遣い、ありがとうございます!」
セルジュに手早く通訳すると「なるほど。便利なものがあって良かったです」と、私の姿勢が楽になることを喜んでくれる。
「どうぞ」
若い小姓が運んできてくれた脇息は、蒔絵で美しく装飾された大変高そうなもの。
(時代劇で見たことはあるけれど、実物は初めてだわ! しかも使うのも初めて。なるほど。確かにもたれると楽ね)
何だか気分はお姫様になるが、そうではなかった。
「さて、落ち着いたところで先日の話の続きと参ろうか」
「はいっ!」
「アマレット殿、そう気張るな。寛いでよい。そのためにここを選んだ」
「! ありがとうございます」
将軍オガタは寛いでいいと言ってくれるけど、これから清酒造りの件を話すのに、リラックスした体勢は……。
(でも将軍オガタが気張るなと言っているのよ。ここはもう、ど~んと構えるしかないわね)
そこで脇息にもたれ、将軍オガタの話を聞くことにする。
「清酒造りの件だが、緒方家に代々酒を納める酒蔵の杜氏を呼び出し、話を聞いてみた」
(わざわざ杜氏に話を聞いてくれるなんて……!)
杜氏は酒蔵を仕切るトップ。現場の責任者だ。
(その杜氏と会ってくれたとは!)
急いでセルジュに通訳を行う。
本来将軍が会うような相手ではないが、今回特別に話を聞くために、わざわざ杜氏と会ってくれたのだと思うと伝えると「アマレット。オガタ将軍に感謝していると伝えて欲しい」とセルジュが真摯な表情で告げる。私はすぐさま将軍オガタにセルジュの御礼の気持ちを伝えた。
そうしながら思う。
(多分、将軍に特別な酒を献上するにしても、それは杜氏ではなく、蔵元がすること。蔵元こそ酒蔵の経営者なのだから。もし蔵元杜氏だったら、将軍に会う可能性もありそうだけど……。でも献上は老中が取り仕切ってそうだわ。呼び出された杜氏もビックリだったでしょうね)
「我が会った蔵元杜氏の西村に、大陸の西の国の人間が清酒造りを学びたいと言ったら、どう思うか、と問うてみた」
「どんな反応だったのですか……?」
天下人である将軍に呼び出された。それだけでも異例なこと。その上で、外国人が清酒造りを学びたいと言っていると言われたら――。
蔵元杜氏である西村氏はどう答えたのか。
もしかして、奇跡が起きた可能性があるのかしら……?
















