10:どっちにする……!
「セルジュ様、アマレット様。本当に何から何まで、ありがとうございます!」
将軍オガタと別れ、楢崎屋に戻ると、お咲ちゃんは驚くほど綺麗になっていた。
着古した着物から一転、明るい萌黄色の生地は、流水文様で花が散りばめられている。朱色の帯は全体を引き締めつつ、大変華やか!
そんなお咲ちゃんとロビーの喫茶室で、将軍オガタの采配と、悪党どもが捕らえられたことを話し、そして――。
「それではお咲さんは自分が責任を持って家まで送り届けさせていただきます。上様の英断の数々も、自分からお咲さんの両親へお伝えします」
将軍オガタに、お咲ちゃんを楢崎屋で一旦保護していると伝えると、自宅へ戻れるよう、配下の家臣を手配してくれた。奉行所からやって来た若い同心が二人、お咲ちゃんを家まで送ってくれることになったのだ。
「気をつけてね、お咲ちゃん!」
「このご恩は一生忘れません!」
ぺこりとお辞儀をしたお咲ちゃんを見送ると、空はいい感じで暮れている。
「おだんごを三本もいただいたのに。ちゃんとお腹が空いてきました」
「それは当然ですよ、アマレット。それだけアマレットは頑張ったのです!」
そこでセルジュはふわりと優しくハグをしてくれる。
(甘いセルジュの香り。和む……)
「夕食はどうされますか? 先程、宿の方に聞いたら、これを勧められました!」
メディは言葉の壁を乗り越え、身振り手振りで積極的に、東の国の人に話しかける。
その結果宿の人は、半紙に絵と文字で「深川めし」と書いてくれたのだ。
「アマレット様、これは何と書かれているのですか? 宿の方はフッカメシと言っていましたが……」
「これはね、深川めしよ。深川という漁師町があって、漁師が漁の合間に食べたご飯なの。あさりと刻んだネギを味噌で煮たものを、ご飯にかけていただきます!という、手早く食べられるもの。あさりのお味噌汁はメディもいただいたわよね? そのあさりは今が旬だから、特に美味しいから勧められたと思うわ」
既にセルジュもグラマラス三姉妹も、あさり、ネギ、味噌の味を知っている。それをご飯にかけて食べるを想像した結果。
「味わってみたいです!」
「食べてみたいです!」
「美味しそうです!」
三姉妹が声を揃え、セルジュも「名物なら食べておいた方がいいのでは?」とウィンクする。
「では今宵は深川めしで決定!」
宿のロビーで私が宣言すると……。
「あの皆さま方。深川めしを食べるなら、深川へ舟で行かれては? もちろん、深川めしは人気なので、この宿の近くにもお店があります。でもせっかくですから本場で召し上がってみては?」
宿の主のこの提案には「いいですね!」だった。
日没前に川を下り、深川へ。
そこで深川めしで舌鼓を打ち、舟で宿へ戻る。
(粋だわ! とっても粋な感じがする。しかも馬車より舟の方が早く着くという)
「アマレットのその表情。舟で行くので決定ですね?」
セルジュはもう何十年も連れ添った伴侶のよう。
私の表情を完璧に読み取ってくれる!
こうして私たちは宿を出て、舟乗り場へ向かった。
◇
「殿下、アマレット様、見てください! なんて美しいのでしょう……!」
「こんなに綺麗な夕焼け空、初めてかもです」
「まさに絶景ですね~」
スティ、エリー、メディの三姉妹が驚嘆の声を上げる。
舟を下り、目指す深川。
舟から見える夕焼けは、まだ青い空に茜色に染まる雲が広がり、幻想的で感動的だった。
「東の国でこんな景色をセルジュと見ることが出来て、幸せです」
感極まってそう言うと、セルジュはふわりと優しく私を抱き寄せる。
「それはわたしも同じです。アマレットと出会わなければ、東の国に行くこともなかったでしょう。こうしてこの地にいるのは、アマレットと出会えたからです。……心からあなたに出会えた奇跡に感謝しています。愛しています、アマレット」
甘い言葉と共に唇を重ねられ、見も心も蕩けそうになる。
三姉妹だけではなく、舟を漕ぐ船頭もいるので、キスはあっという間に終わってしまう。
(もっとセルジュとキスをしたい……)
そんな気持ちで彼にぎゅっと抱きつく。
すると私の気持ちが伝わったのか、セルジュを腕に力を込めてくれる。
そうなると、まさにムスクの香りに酔う。
その引き締まった胸に、ときめきが止まらない。
(いろいろなことがあった一日だけど、こうしてセルジュに抱きしめられるだけで、疲れが吹き飛ぶ)
ゆらゆらと進む舟、壮大な夕焼け、そしてついに深川に到着する。
「わあ、すごい人ですね!」
エリーが驚嘆の声をあげる。
舟付き場は、到着した舟、これから出発する舟、舟から降りた人、これから舟に乗る人で、いきなり大賑わい!
さらに香ばしい炊き込みご飯の香りと、味噌のいい匂いが漂い、「深川めし、出来立てだよ!」と屋台や一膳飯屋から威勢のいい声が聞こえてきた。
もくもく湯気が立つ屋台を大勢が囲み、みんな深川めしをかき込んでいる。
「これはすごい活気ですね。宿の周辺も飲食店が多く、人が多かったですが、ここは屋台が多いので、人が建物の外に沢山いる。それゆえこれだけ賑わっているのですね」
「まさにセルジュの分析通りです。まるで縁日のよう」
前世では人混みはできれば避けたい派だったが、今はこの喧噪に心が躍っている。
なんだかワクワクしながら、通りを進み、楢崎屋の主に教わったお店を目指す。
「あ、ここじゃないですか!」
木製の背の高い灯篭があり、側面の和紙には達筆な字で『深川めし 潮庵』と書かれている。通り沿いではなく、飛石の先に入口があった。
「屋台もあるのですね」
セルジュの言う通りで、店の左側にはカウンターテーブルがあり、そこからは湯気がもくもくと立ち、席は満席。さらにその後ろに次の人が立ち待ちしていた。
「はい、深川めし、おまちどう!」
威勢のいい声がする一方で、右側の暖簾の出入り口の方は行灯も灯され、落ち着いた雰囲気。「ごめんください」と言いながらセルジュが引き戸を開けると、「ようこそお越しくださいました」と着物美人が迎えてくれる。
「まあ、なんて二枚目な若衆と色白な美人さんなの。しかも異国の方よねぇ。あ、もしかして楢崎屋さんからの紹介? あそこの宿、よく異国の方が泊まって、うちに来てくださるのよ~」
「はい! まさに楢崎屋さんからの紹介できました!」
「あらあ、美人さんな上に、言葉もぺらぺらね! すごいわ~」
着物美人の店員は大変フレンドリーで「せっかくだから、個室をどうぞ」と特別なお客様向けの部屋へ案内してくれる。そしていざ注文となった時。
「どちらになさいます?」と問われ「あっ!」となる。
深川めし、前世では駅弁も多くのお店でも、炊き込みご飯タイプが主流だった。そしてこの世界でも、炊き込みご飯タイプも存在していた。
元祖なら、あさりと刻んだネギを味噌で煮たものを、ご飯にかけていただきます!のぶっかけ深川めし。前世の味を思い出したいなら、ぬきみのあさりと煮汁で炊き上げた炊き込み深川めし。
(えっ、どっちにする……!)
















