9:彼女の矜持
偉そうなことを言ってしまったかと焦る私を見て、将軍オガタは破顔した。
「何ともあっぱれな心意気! アマレット殿のような女子、東の国では見たことがない。中途半端では意味がない。最後まで見届ける――その矜持、見事!」
「あ、ありがとうございます」
私がペコリと頭を下げると、将軍オガタはヒラタに告げる。
「お咲は女中として雇おう。城中は常に人手不足だ。長年、病気だった両親を世話していたなら、お咲は働き者なのであろう。お咲の父親が得た五両は返済せずでよい。……もしかすると、あの女衒、五両を吉原から受け取り、お咲の両親には四両しか渡していない可能性もある。十分に取り調べ、もし不正をしていたら、女衒の金を押さえ、お咲の両親に届けるように」
「かしこまりました、上様」
結局、女衒が違法営業するのは、そうやってズルをするからだ。将軍オガタの予想は正しく、お咲ちゃんの両親は、本来より少ないお金しか手に入れていないように思える。
「いずれであれ、吉原には五両を届けよ。そして薬師と医師を、お咲の両親のところへ派遣するのだ。母親と祖母が病では、お咲も女中の仕事に集中できないであろう」
「委細承知いたしました、上様。……すぐに動きますか?」
「ああ、今すぐ、だ。昔の我は常に思い立ったが吉日で動いていた。だが最近は将軍などになり、随分と腰が重くなっていた気がする。それにアマレット殿は自身が関わったこと、それが丸く収まることを矜持と考えているのだ。お咲とその弟、家族がちゃんと幸せになれる算段を示す。それができなければ、いつまでも帰国できなくなってしまう。それにその程度のこと、将軍である我ができなくて、どうする?」
これには「将軍オガタ、神!」なんて叫びそうになり、それを我慢してセルジュに通訳を行う。
「そうですか。わたしの想像以上の結果になりました」
全てを聞いたセルジュは満足気に微笑む。
「はい! セルジュはエリーの報告から証文が偽物であると気づき、女衒が違法な営業をしているのでは?と予想したのですよね。そしてそれは正解でした。女衒が違法であるならば、人身売買となる。『東の国では人身売買が違法ではないのか』――それを将軍オガタにセルジュは問いたかった」
「その通りです。そしてもう一つは簪の値段です。将軍家御用達であれば、将軍であるオガタがその価値を知らないわけがありません。もし簪の価値がお咲さんの身売りの金額と同等となれば、朔太郎くんは簪を質入れすることで、お咲さんを取り戻すお金が手に入ると思ったのです」
「つまり二つ目の、将軍オガタに聞きたかったことは『簪はいくらなのか』だったのですね」
セルジュはこくりと頷く。
蓋を開けたら簪一本とお咲ちゃんの身売りはまさかの五両で一致していた。朔太郎くんはそれを知ったら間違いなく簪を質屋に入れ、お金を手に入れる。そして迷うことなく、そのお金を吉原に払い、姉を取り戻しただろう。
(確かにこれなら私が宝飾品を質入れしてお金を工面する必要はなかったわ。でも朔太郎くんがお咲ちゃんのために手に入れた簪は質屋に入ってしまう。いつか取り戻す――取り戻すにはあまりにも高額な品になっている。取り戻すのは難しく思えるわ)
でもこの問題は将軍オガタの英断により、一気に解決した。
簪は朔太郎くんの元に戻される。お咲ちゃんは千代田城で女中として働く。母親と祖母は医師と薬師によるサポートを受けられる。両親の借金もなくなり、リスタートを切れるのだ。
「さて。セルジュ王太子殿への通訳は終わられたか」
「はい! オガタ将軍に心から感謝しています」
「感謝、か。感謝するのはこちらだ。我は数年前まではアマレット殿のように、矜持を持っていたはずだった。だが将軍となり、随分と丸くなったように思える。市井の者たちの苦しみにも、気づけなくなっていた」
将軍オガタの瞳が、だんご屋の前を通り過ぎる人々に向けられる。その横顔を見て、私は尋ねずにはいられない。
「もしやオガタ将軍は、将軍になられる前は、今日のようなお姿で、よく町に繰り出されていたのではないですか? 市井の人々が利用するだんご屋で、きなこだんごを味わい、無名の職人が手掛けた簪を見出し、町の治安、人々の様子を気にされていた。でも今は、東の国を治める天下人となり、その職責はあまりにも大きく広く、身動きがとれなくなってしまった」
「まさにその通りだ、アマレット殿。無許可の女衒が違法営業するのを許すなんて。我としたことが……。せめて一カ月に一度は、城下に出て、市井の人々の声を聞きたいと思う」
「オガタ将軍、それは素晴らしいと思います! ただ、ご無理はなさらないでください。将軍はどこか破天荒なところもあるかもしれませんが、とても真面目な方とお見受けします。一か月に一度は城下町へ向かわなければ――と決めると、苦しくなるかもしれません。お立場がお立場なのです。決してご無理はなさらないように。それにヒラタ様もいらっしゃるのです。信頼できる部下に任せることは……私が言うまでもないことでしたね」
そこで将軍オガタと視線が交差した時。彼から強いシンパシーのようなものを感じた。
「……アマレット殿。失礼な発言をお許しいただきたい」
「何でしょうか……?」
「あなたのような部下がいたらと思いました。……セルジュ王太子殿が羨ましい」
この将軍オガタの発言には「……?」となる。なぜならセルジュは私を部下とは思っていない。彼は私を……最愛だとよく言ってくれる。
(将軍オグタは何か勘違いを――)
そこでセルジュがぎゅっと私の手を握りしめる。
「セルジュ……?」
その顔を見上げた瞬間、「そろそろ刻限だな」と将軍オガタが立ち上がる。
「お二人にはまだまだ聞きたい話がある。それに清酒造りの件……途中であった。明日の夜は、お二人を歓迎する宴を開く予定であるが、その開始前。二時間程、時間をいただけるか。続きを話そうではないか」
私はすぐにセルジュに通訳し、将軍オガタに返事をする。
「宴は当初から予定されていたもので、その前後で特に予定はいれていません。ぜひ、お話できればと思います」
















