7:あんこ、みたらし、きなこ
楢崎屋に戻ると、すぐに将軍オガタの小姓がやって来た。
そこで楢崎屋の主にお金を渡し、お咲ちゃんの身なりを整え、何なら入浴させ、そのまま私たちの部屋で休ませるように頼んだ。
「お任せください」
楢崎屋の主は異国の者の宿泊にも慣れており、お咲ちゃんについても事情など探ることなく、快く請け負ってくれた。それに安堵し、小姓の案内でだんご屋に向かうことになる。
ちなみに朔太郎くんは一旦、奉公先に帰らせた。
「ふう」
「大丈夫ですか、アマレット?」
「はい! 焦らず、ひとつずつ順番に片付けるしかないので」
「ええ、その心がけが大切です。今回の沙汰は将軍オガタが鍵になります。彼と会い、話すことで事態は必ず動く。安心してください、アマレット」
セルジュの言葉は魔法みたいだ。その言葉を信じて動けば、絶対に問題は解決する――そんなふうに思えていた。
彼のおかげで次第に心が軽くなった私は、周囲を見る余裕が出てくる。そして目の前に見えてきたお店を見て驚くことになった。
だんご、と言えば、庶民のおやつ。橋のたもとのお店で気軽にいただくイメージがある。
だが将軍オガタが待ち合わせに指定しただんご屋は、瓦屋根の立派な二階建ての建物で、店の名を書いた店幕と大きな暖簾も飾られ、縁台には朱色の布、円座も置かれている。
「立派なお店ですね。きっと武士や大名の行きつけのお店なのでは?」
私の言葉に反応したのは、店内から出てきたおかみさん!
「いやあ、そんなことないのよ! 最初はね、今の三分の一の小さな茶屋だったのよぉ。でもさ、オガタ様がいらっしゃるようになって……。武士や大名の皆さんもやってくる。しかも『釣りはいらん』の太っ腹! おかげで商売繁盛、ここまで立派になちゃったのさ」
そのざっくばらんな話し方に気取ったところはない。本人の言う通り、庶民向けの店からここまで繁盛したのだろうとわかる。
(でも贔屓にされたぐらいで、ここまでにはならないはずよ。きっとだんごが美味しいのよ!)
どんなだんごが食べられるのかと、店内に目を向けたまさにその時。
「セルジュ殿、アマレット殿。待たせた、すまない!」
将軍オガタの声が聞こえ、振り返るとそこには――。
庶民が着るような立て縞模様の木綿の着物、腰には刀を帯びているものの、足元は草履で、髷はちょっと雑な感じ。
(え、将軍オガタ!? どう見ても浪人風情よ!)
「お鈴さん、いつものを頼む! そこの四人は我の連れだ」
「ああ、オガタ様、いらっしゃいませ! まあ、こちらの異人さんはオガタ様のお知り合いだったのですね! さあさあ、どうぞ、お座りください」
店先の縁台はいくつもあり、向き合う形で座れる。
セルジュと私が並んで座り、対面の縁台に将軍オガタが腰掛け、スティとメディ、オガタの小姓たちは別の縁台にそれぞれ腰を下ろす。こうすることで、他の客とは距離ができ、話す内容もあまり聞かれずに済む。
「どうだ。千代田の町は散策できたか?」
「はい! 今日は深花寺詣でに行きました。実はそこで……」
まさにアイスブレイクで将軍オガタがお咲きちゃんの件を話すきっかけを作ってくれた。そこで私は手短にあの姉弟が苦境に立たされている件を話した。すると――。
「……それは聞き捨てならない話だ。吉原と正式に契約している女衒なら、そんな悪さはしないはず。それにその女衒が持っていたという証文。偽造の可能性が高い。もし証文が偽造されたものなら、此度の身売りは人身売買だ。東の国では人身売買を禁じている。これはその女衒にきっちり話を聞く必要がありそうだ」
将軍オガタはそう言うと「近習ヒラタ、すぐ現場に向かうように!」と命じる。ヒラタは近習という将軍オガタの側近で、見た目は「爺や」と呼びたくなるお爺さん。でも背筋はピンと伸び、足腰も健在なようで、すぐに若い部下を連れ、深花寺へと向かう準備を始める。
(すごいわ。セルジュの言う通りになったわ!)
セルジュの指示でエリーは一度男たちの石化を解き、尋問を行っている。その際、彼らが持つ証文を目にすることになった。
エリーは東の国の文字を読めない。読めないからこそ、内容よりも証文自体の不自然な箇所に気づくことができたのだ。そしてその気づきはセルジュに報告され、私にも共有されていた。その際、セルジュは「証文は偽物、偽造の可能性が高そうです」と言っていたのだ。
(あの時、セルジュは将軍オガタと同じ読みをしていたに違いないわ。証文が偽造ということは、女衒も偽物だと)
いろいろと合点が行ったところで、ヒラタが動く。
「では、行って参ります!」
ヒラタが出発となり、私は将軍オガタが女衒たちを捕らえに行ってくれたことをセルジュ、スティ、メディに伝える。
「ではエリーに石化を解くよう、伝えます!」
メディも素早く動いてくれる。
「お待ちどうさまです! 当店名物のあんこだんご、みたらしだんご、きなこだんごですよ」
三本の串だんごと煎茶が登場。たっぷりのあんこ、みたらし、きなこの串だんごを見ると……。いなり寿司の満腹感は既に過去のこと。胃袋が「いただきましょう!」と喜んでいる。
「ここのきなこだんごは甘い。店が立派になってから、きなこに砂糖をまぶすようになったからだ。これができる店は少ない。何せ砂糖が高いからな。甘いきなこだんごが食べられる店として、ますます人気になった」
これは「なるほど!」ということでセルジュに伝え、きなこだんごを皆でいただくことになった。
将軍オガタはスティとメディの分のだんごも用意してくれたので、二人もきなこだんごを頬張る。
「あ、ちょうどいい甘さですね。ふわっと香ばしいきなこの甘味がだんごに合います……!」
思わず素で私が美味しさを口にすると、将軍オガタが嬉しそうに反応する。
「そうであろう。ただ少々口の中が粉っぽくなる。ここでみたらしを食べるのが最善だ」
「なるほど!」
私はすぐさま、セルジュ、スティ、メディに伝える。すると三人もみたらしだんごに手を伸ばす。
「これは……! みたらしのたれがきなこと混じり、香ばしく、あまじょっぱく、でも次第に甘さが増して――。きなこの余韻とみたらしの融合は最高ですね!」
セルジュの喜びの言葉を伝えると、将軍オガタは「まさにその通り」とこくこくと頷く。
「みたらしだけで食べると、また味わいが変わりますね。このあまじょっぱいタレはルミナリア王国では食べたことがありません。とても気に入りました……!」
スティも感動し、将軍オガタに伝えると「存分に味わうがよい」とニコニコと笑顔になる。
「最後にあんこだ。みたらしの味から、まったく違う味わいになる。ここで煎茶により、口の中を整えるとよいだろう」
将軍オガタに言われ、「ずずっ」と煎茶をすすると――。
(ああ、私、やっぱり根っこの部分は東の国にある。この煎茶の味が懐かしく、美味しくてならない。お米もだんごも。当たり前のように食べたい)
そんな気持ちになったからか。自然とこんな言葉が口をついて出ていた。
「煎茶もそうですが、先程セルジュ王太子は、きなこだんごの、だんごの柔らかい食感にも感激していました。『この柔らかさは何にたとえればいいのかわかりません! 母国で待つ両親にも食べさせたい』と言っていたのです。」
「ほう。貴国では稲作は行われているのか?」
将軍オガタがあんこだんごを頬張りながら尋ねる。
「実は稲作に最適な地の開墾を始めました。灌漑設備を整え、移住者を募り、米を生産したいと考えています」
「なるほど。稲作を初めて行うわけか」
「はい。今回移住者を集めるにあたり、お米の試食会を行いました。ちらし寿司、ひな祭りに東の国の皆さんも召し上がる『ひなあられ』、それらを実際に食べる。美味しいと感じ、お米を作りたいと思った方に、移住してもらおうと考えたのです」
煎茶を「ずずっ」とすすり、将軍オガタは「良き方法だ」と言ってくれる。
「人間、自分の納得がいかぬことは率先してはできぬ。移住はこれまでの生活をガラリと変えることになる。そうまでして米作りをしたいと思えるのか。実際に食べて米の良さに気づけば、その原動力は生まれる。名案を思いついたな」
「ありがとうございます! こちらにいるセルジュ王太子が、今回の稲作生産計画の陣頭指揮をとられています。彼が稲作を始めたいと考え、稲作に相応しい土地を見つけ出し、調査も行いました。そしてこの計画が実行できるよう、尽力されています」
私の言葉に将軍オガタは「まだ若いのにその行動力は実に素晴らしい。自国にない新しいことに率先して取り組もうとする姿勢。それはなんだか若き日の自分を見ているようだ」と微笑む。
「移住者は決まりましたが、彼らは米作りの初心者です。できれば移住する前に、東の国で米作りを学びたいと言っています」
「よいのではないか。東の国の民も異国の者と交流することで、気づきがあるだろう」
将軍オガタの言葉に「やったぁ!」と立ち上がりたくなるのをなんとか堪えた。ここは王太子妃として、落ち着いた声で尋ねる。
「ではルミナリア王国からの米作りを学ぶ留学生を受け入れてくださるのですね?」
「その提案をするために、わざわざ東の国へ来たのであろう? セルジュ王太子殿に伝えるといい。東の国は貴国の稲作への取り組みを応援すると」
















