17:もう一度
開墾されたセレノアに移住してくれる農夫を募るために、私が魔王陛下とセルジュに提案したのは、米料理の大試食会だった。
そのためのメニュー、最初は塩むすびも考えたが、何気に大量に握るのは大変! そして塩むすびは美味しいのだけど、見た目が地味になる。
大勢を集め、稲作計画を説明し、満を持して振る舞われる米料理。バーンと登場した時の華やかさは、ちらし寿司に軍配が上がると思う。
ただ、調べたところ、ちらし寿司を用意するのに必要な材料。砂糖、卵、ビネガー(米酢ではないけど)、サーモン、エビ、胡麻は手に入る。醤油は特注で輸入できるかもしれない。干し椎茸、かんぴょう、蓮根、海苔は輸入さえ、無理なもの。
王太子妃として、魔族の貴族のマダムやご令嬢とのティータイムを終え、グラマラス美女三姉妹の侍女たちと共に自室へ戻りながら、私は胸の内を明かすことになる。
「ちらし寿司に必要な具材、それはやはり東の国に行って手に入れたいの。でも……殿下は王太子として多忙な身よ。そうしょっちゅう東の国に連れ出すわけにはいかないと思うの。魔王陛下だって彼が頻繁に留守にしたら、困るわよね?」
アイリス色のドレスを着た私は、斜め後ろに続くスティの方をチラッと振り返った。
「そんな心配、ご無用ですよ!」
優しい声音と共に、ふわりと抱き寄せられる。
甘いムスクの香水……セルジュだった!
「セルジュ! 会議は終わったのですか?」
顔を横に向けると、パールシルバーのフロックコートを着たセルジュが私を見て極上の笑みを見せてくれる。
「ええ、会議は終わりました。今日はいろいろとスムーズに進んだので。それよりもアマレット! 遠慮は不要です。セレノアに移住してくれる農夫を募るのは、目下の最重要案件。そのために東の国に行くのは、必要経費のようなもの。それに遊びに行くわけではないのです。……例え遊びであっても、誰も文句は言いません! 父上もアマレットの活躍は十分理解しています!」
そこでセルジュは私の頬に手を添え、その美しく輝く瞳でこちらを見る。
「ルミナリア王国に来てから、アマレットは一度だって、遊ぶ――なんてこと、ありませんでしたよね? バカンスシーズンは少し先ですが、何なら前倒しで休暇をとっても構わないのですよ!」
「ありがとうございます、セルジュ! 多忙なあなたを東の国に連れ出すことを申し訳ないと思ったのですが……その必要はないと、よくわかりました。それとは別で、何と言うのでしょうか……セルジュを馬車代わりにしているようで申し訳ないというか……」
「魔力を使い、東の国まで転移する。それはまるで馬車の代わり、移動手段としてわたしを利用しているようで申し訳ない……ということですか?」
こくりと頷くと、セルジュが「アマレット……」と大変甘い声で私の名を呼ぶ。
ドキッとした瞬間、こつんと軽く私の額に自身の額を押し当て、彼はささやく。
「わたしに魔術を使わせることを申し訳ない……そんなふうに思ってくれるなんて……。アマレットは本当に優しいのですね。確かに東の国へ行くには休息も必要です。ゆえに申し訳ないと感じてくださったのかもしれませんが……。そんな心配ご無用です。いくらでも我が儘を言ってください」
そう言いながら、セルジュが甘えるように、今度は私の鼻に自身の鼻を摺り寄せる。
(まるでブラックキャットの姿の時のような行動だけど、それをこの美貌の顔でされたら……)
甘い香りも相まって、もう心臓が大爆発しそうだった。
(このままでは失神しそうよ! こ、ここは……)
「セ、セルジュ……では、私ともう一度東の国に……」
「勿論です、アマレット。行きましょう、東の国へ。あなたが望むなら何度だってわたしは東の国へ、あなたを連れて行きますよ」
ダメ押しのようにそこでぎゅっとされた私は……。
もう全身から力が抜け、セルジュに完全に身を任せた状態になる。
「日中からお熱いですわ♡」
「本当に仲がいいですね~」
「続きはお部屋でたっぷり」
グラマラス美女三姉妹がそこにいることを思い出し、私は何とか足に力を入れる。
「セ、セルジュ、ありがとうございます! 東の国、お願いします!」
「ええ、近日中に向かいましょう」
こうして私とセルジュ、グラマラス美女三姉妹は再び東の国へ向かうことになった。そして醤油、米酢、お米、干し椎茸、かんぴょう、蓮根、海苔……ちらし寿司に必要な材料を手に入れる。他にもせっかくだからと乾燥昆布や鰹節など調味料も補充し、季節食材もゲット。さらに、今回はあるお酒を購入して帰ろうと思ったのだけど……。
ちらし寿司は前世では年間を通じて楽しまれていた。でもひな祭りでいただくイメージも強い。そしてひな祭りと言えば、白酒!
だが実際、東の国に行き、話を聞くと――。
「ああ、白酒! あれはね、ひな祭りの限定品なんだよ。甘いお酒だろう? 日持ちがしないから、ひな祭り限定で販売され、みんなその日に飲み切るものなんだよ!」
これには「えええ、そうだったのですね!」となる。
そもそも甘いお酒=お酒なのだから日持ちするだろう、糖分がたっぷりあるので、ジャムのように保存が効くのではと考えてしまったが、そうではないようだ。お酒ではあるが、アルコール度数が清酒に比べると低め。なおかつ糖分はあるがそれ以上に水分が多い。しかも米麹を使うが、ジャムのような加熱殺菌もない。発酵が常に進み、傷みやすいというわけだ。
「ちらし寿司と一緒に白酒を出し、農夫の皆さんだけではなく、魔王陛下やアグネス様にも楽しんでいただきたかったのに……」
しょんぼりする私にセルジュはこんなアドバイスをしてくれる。
「使う食材を考えると、以前、おでんと一緒にいただいたお酒の方が合うように思います。サーモンやエビも使うのですよね? そして東の国で手に入れる食材も野菜類が多い。辛口の白の葡萄酒のようなお酒を手に入れるといいのでは?」
このセルジュの言葉には「確かに!」だった。白酒は独特の甘みがあり、あれがちらし寿司に合うかと言うと……。
(間違いなく、辛口の純米酒の方が合うと思うわ!)
そこで酒屋に行き、話を聞くと……。
「おう、だったらよう、この下り酒がおすすめさぁ! 辛口ですっきりした味わいは酢飯にあう! しかも海路で運ばれ、樽の香りも酒に移り、匂いはまろやか! ちらし寿司の味を邪魔せず、むしろ食が進む最高の組み合わせになるよ!」
下り酒とは上方で造られ、船で運ばれて来たお酒のこと。到着までに時間がかかることで、芳醇な味わいのお酒になるという。
「アマレット。白酒は無理でしたが、ちらし寿司に合うお酒は見つかりましたね」
「はい! 樽入りの下り酒を持ち帰ろうと思います!」
かくしてちらし寿司の材料は揃い、また一緒に楽しみたいお酒も手に入れ、私たちは帰国の途に着いた。
















