16:一石二鳥
夜空は満点の星空で、しかも満月を迎えていた。
底が輝く泉には満月と星空が映り込み、それはもう幻想的だった。
そこで、広げられたマントの上で横たわる一組の男女が目覚める。
男性はガウン姿、女性はシルクのキャミソールにガウンを羽織っていた。
「うわあ」
「きゃー」
お互いを誰であるかと認識できず、男女は開口一番で同時に叫んだ。
「ルルシャ!?」
「レイール……?」
満月の恩寵でお互いの姿を確認できた二人は、ようやくそれぞれの名を口にして、それからすぐに周囲の様子を伺うが……。
「まあ、なんて美しいの……!」
「すごいな。湖なのか? 輝いている!」
二人は突然、寝室から屋外で目覚めることになった。
何が起きたかを考える前に、自分たちのいる幻想的な景色に感動している。
「……ここはどこなんだ? 寝室にいたはずなのに、いつの間に……」
「私はバスルームにいたのよ! 誰かが扉をノックした気がするけど……」
二人とも前後の記憶があやふやで、なぜここにいるのかはわからない。
「どうしたらいいの、レイール?」
「僕は第二王子だ。その僕が王宮から消えたとなれば、大規模な捜索がされる。見る限りここは森の中。夜が明けるまで、動き回らない方がいい。明るくなったら周囲の地形も把握できる。今、やみくもに動き回るのは危険だ。どこに獣が潜んでいるかもわからないから」
そこはヒロインの攻略対象。レイールは頼もしい言葉でルルシャを安心だせ、その体を抱き寄せる。
「レイール。そうなると朝までここで二人きりなの?」
「そうだ。この楽園のような場所で、二人きり」
その瞬間。
二人の中で危機意識より、男女の情欲が高まった。
「こんな素敵な場所で、レイールと過ごせるなんて」
「ああ、ルルシャ。ここで忘れられない思い出を作ろう」
そこでレイールが抱きしめているルルシャを仰向けに寝かせ、唇を重ねる。二人の荒い息遣いが密やかに聞こえ、レイールがルルシャのガウンを脱がせ始めた時。
ザバーッと激しい水音がして、二人は動きを止める。
バシャンと音がして、二人に大量の水が降り注ぐ。
「な……」
「なんなんだ!?」
レイールが叫び、ルルシャが悲鳴を上げる。
「レイール! 後ろ、後ろ!」
「後ろ?」
振り返ったレイールが今度は悲鳴を上げる。
「なんだ、あれは!? 水の化け物!?」
「化け物というか、女体を形作っているように見えるわ!」
「本当だ……。胸がでかいな……」
レイールの不遜な言葉は精霊セレノアの耳にしっかり届き、それは彼女の怒りとして、再び二人に大量の水が浴びせられる。
「くそっ、何なんだ!?」
「もうっ、私を何だと思っているのかしら!? 許さないわよ!」
ついにレイールとこの世界のヒロインであり、聖女であるルルシャが立ち上がる。
「こんな美しい場所だけど、こいつはきっと魔王よ、レイール!」
「魔王!? どう見ても女に見えるけど」
「化けているだけで、本体は男です、きっと! 聖女は魔王と戦う運命。それは面倒だから回避しようと思ったけど……。アマレットお姉様が生贄では足りなかったようね!」
「相手が本当に魔王なら、どうするんだ!?」
「大丈夫ですっ! ルルシャは聖女ですから! 聖なる力でおしおきよ!」
そこでルルシャは両手を合わせ、祈りを行う。
すると、天上から一筋の光が射し、精霊セレノアを直撃する。
女性の悲鳴のような咆哮が響き、女体を形作っていた泉の水が一気に弾けた。
「うわあ」
「きゃあ」
三度目の大量の水を浴び、ずぶ濡れのレイールルルシャが地面を転がる。
「もう、最悪だわ!」
「泥水まみれだ!」
「でもレイール、魔王は滅ぼしたわ! 湖で体を洗いましょう!」
「そうしよう、ルルシャ」
そこで二人は何とか立ち上がり、手を取り合うと……。
湖で体を洗いながら……と考え、自然とその手は恋人つなぎになる。
「……行こうか、ルルシャ」
「ええ、レイール」
歩き出した二人に「ちょっとお待ちください」と声をかけたのは、メディ!
「人がいるの!?」
「誰だ!」
驚愕する二人にメディは微笑み、私は視線を地面に向かわせる。
「うわぁ!」
「きゃーっ!」
今、この瞬間、メディのパープルの髪は広がり、彼女のもう一つの姿に変わっているはず。
そう。
メディのもう一つの姿、それはメドゥーサ。
スティ、エリー、メディのもう一つの姿は、あのゴルゴン三姉妹!
つまりステンノー、エウリュアレー、メドゥーサだったのだ!
三人ともゴルゴン三姉妹の姿になると、髪は蛇に、その魔力で目にしたものを石に変えることができた。
レーガン王国のレイールの寝室に向かった私たちは、第二王子とルルシャを石化させ、一時的に物<石>に変える。セルジュの転移で石化したルルシャとレイールを、精霊セレノアがいる泉の近く運んだ。そしてすぐにゴルゴン三姉妹はルルシャとレイールの石化を解く。目覚めた二人は驚きつつも、すぐにイチャイチャを始め、思惑通り、セレノアの怒りを買った。
セレノアの怒りに触れ、水を浴びせられたルルシャが黙っているはずがない。勝気なルルシャはセレノアに逆ギレし、しかも大いなる勘違いで、魔王認定までしてくれた。そこは嬉しい誤算で、ルルシャはすぐに聖女の力――聖なる力を行使してくれたのだ!
さすがにセレノアは精霊なので、聖なる力で滅することはない。ただ聖なる力により、神々の国に吹き飛ばされた……というのが実情。
というわけで厄介な精霊セレノアは、ルルシャとレイールにより、見事追い払うことに成功した。
用は済んだので、石化して、二人は王宮に戻すことにしたわけだ。
「ではとっとお帰りいただきましょう。どうもこの聖女殿は、魔王を毛嫌いされているようです。魔王とわかったら問答無用で攻撃する……随分と恐ろしい聖女殿だ」
セルジュの言葉には苦笑するしかない。
ルルシャの考え方は極端だった。ヒロインは絶対に幸せになり、悪役令嬢は不幸になる、魔王は討伐するもの……頑なにゲームでの設定とシナリオ通りになることが正義と考えていた。悪役令嬢や魔王を舞台装置のように捉え、そこで呼吸して生きていることなんて……考慮していない。
(ヒロイン……ルルシャがそんな人間であることはセルジュもゴルゴン三姉妹……グラマラス美女三姉妹もすぐ理解してしまったわ)
セルジュが魔王陛下に今回の作戦の様子を報告することで、ルミナリア王国全体に、ルルシャが凶暴な聖女であることは伝わるだろう。
(聖女は恐ろしい、迂闊に人間界には行かない方がいいとなり、魔獣たちもおとなしくなるかもしれないわ。ルミナリア王国を出て、人間界に行くのは……やめるようになる)
私はレイールとルルシャにやられっぱなしで、派手なざまぁはしていない。でもだからこそ、ルルシャとレイールを上手く利用し、精霊セレノアを退場させることに成功した。セルジュもセレノアに奪われずに済んだのだ。
(それに私はセルジュのおかげで大量の水を浴びずに済んでいる。でもルルシャとレイールは、三度も浴びているのよ! びしょ濡れで泥と水まみれなのに、よくいいムードになれたと思う。情欲って時と場合を選ばないのね……)
ということで、ざまぁはなくとも、一石二鳥なので、私はスッキリ大満足!
そしてセルジュを奪おうとした精霊もいなくなったので、セレノアの地を開墾し、灌漑を行い、稲作を行う村を作ることも決定した。
そうなるとこの村で稲作をしたいという農夫を募集する必要がある。
「魔王陛下、セルジュ様、そこはお任せください! 名案がございます!」
私は笑顔で二人に話を始めた──。



















