何でもかんでも自分の事のように思う事を自意識過剰という。
涼しくなった体を再度犠牲にしながら、俺は自転車を漕ぐ。
ジナイダの部屋を出た後、冷蔵庫から自分の買ったものを袋に詰めてジナイダの父親に挨拶をして家を出た。
ジナイダの父親はゴリゴリのロシア人で俺を見た瞬間、頭を下げたあとロシア語(多分)を言って部屋に消えていった。
雰囲気的には優しそうだったが外見がムキムキマッチョメンで身長も多分190㎝ぐらいあったと思うので少し怖かった。
ジナイダの家から5分ほど自転車を漕ぎ、やっと我が家に着いた。
ジナイダの家で冷蔵庫を借りていなかったら肉がダメになっていかもしれない。
そう思うほどの暑さで、俺は汗を拭いながら急いで冷蔵庫に生ものを入れた。
リビングも暑く、体温計は26℃を示している。
蒸し暑く汗が無限に出てきて気持ち悪い。
水分も全く取っていないのでそろそろ熱中症になってしまうかもしれない。
俺は冷蔵庫から作っておいたパックの麦茶を取り出してコップに注いで飲んだ。
キンキンに冷えた麦茶がどんどん体に染みわたって来る。
暑い中飲む麦茶は毎年思うが最高に美味しいし気持ちが良い。
もう一杯飲みたいと思い二杯目に手を着けたところで閉めていたはずのリビングのドアが開いた。
「あ、お兄ちゃん帰ってたんだ。おかえり」
「ただいま。エアコンぐらい点けといてくれよ」
「えーだってリビングに来ることないし、今日は部活もないから一日中部屋でゲームしてたし」
コップをシンクの中に入れ、俺はエアコンの電源を入れた。
汗でべっしょりになった半袖のシャツを脱ぎ、半裸になる。
特に鍛え抜かれてもいないごく一般的なのボディを見せびらかす。
「わぁお、サービスシーンだ」
「見るな見るな、てか何しに来たんだ」
鈴葉はちょこちょこと小走りになり冷蔵庫の前に立ち止まると、中から麦茶を取り出してコップに注いで飲み始めた。
「は~、おいしい。お兄ちゃんも飲む?」
「いや、いらん。俺はさっき飲んだ」
「でもさ、この暑さでもう喉渇いたでしょ?」
「全然渇いてない」
鈴葉は「でもでも~」とコップを押し付けて来る。
拒否し続けても埒が明かないと思い、俺は嘆息をしてコップを受け取った。
ゴクゴクと音を立てながら豪快に麦茶を飲みほした。
「お兄ちゃんが何の躊躇いも無く私と間接キス……!?」
「何に驚いてんだよ、いつも通りだろ」
「ふんだ、お兄ちゃんの鈍感男! 義理だってこと忘れてるんじゃないの……」
鈴葉は不満そうな声でそう吐き捨てると麦茶を机に置いてそのままリビングから出て行った。
ここのところ、鈴葉の様子がおかしい。
一緒にゲームをしている時は俺に対する当たりがいつも以上に強いし、かと言って食事をする時や日常生活では俺にべったり。
一体鈴葉の歯車はどこで狂ってしまったのだろうか。
考えてみるも思い当たる節は無い。
俺は不思議に思いながらも脱衣所に向かい、半袖の無地の白Tを着る。
尿意を感じてトイレに行った後、俺は鈴葉の部屋の前に居た。
俺は今日の配信でジナイダと一緒にやるという事を伝えなければならない。
俺は扉をノックした後「入るぞ」と言い俺はドアを開けた。
鈴葉は集中しているのか一言も喋らずにヘッドホンをしてコントローラーを握っていた。
モニターの画面を覗き見して状況を確認すると、HEROX中でしかも丁度戦闘中だった。
戦闘が終わるまで見守り、鈴葉が敵を三タテした所で俺は鈴葉の肩を軽く叩いた。
「よっしゃあ! 三タテ!」
「今良いか?」
「うわぁ! びっくりした」
鈴葉は椅子を180度回転させて俺の顔を見た。
その顔は本当に驚いているようで上手く状況が見込めてない感じだった。
「鈴葉、今日は配信するぞ」
「え、いいけど……お兄ちゃんから誘ってくるなんて珍しいね」
「ああ、今日は俺が誘った人間と一緒に配信をする」
「……」
鈴葉は何かを理解したのか急に顔を暗くさせた。
それに少しビビりながら俺は話を続ける。
「えっと、前にも言っただろ? コーチングしたい女の子がいるって」
「……それがなに」
「それで今日その子の家に行ってきたんだ」
「……は?」
鈴葉はヘッドホンを外して俺の胸ぐらを掴んで来る。
鈴葉の顔はいつもとは違う本気で怒っている時の顔だった。
俺は体を身震いさせながら地雷を踏まないように話を続けようとする。
「だから、その子と偶然会って……」
「それでなんで家に案内されるわけ……?」
「買い物帰りで生ものがあったし、俺自身も暑くて倒れそうだったし……」
「はぁ? 意味わかんないんだけど。そんなんだったら私、今日は配信したくない」
鈴葉は俺の掴んでいた胸ぐらを放り投げるように離すと、やっていた試合から強制退室してベッドに座り込んだ。
「おい、なんで怒ってるんだよ」
「うるさいな、話しかけないでよ」
「どうしたんだ? 俺、何か悪い事したか……?」
「別に」
「じゃあなんで……」
鈴葉はため息を吐いた後小さな声で「ここ座って」と言い、ベッドの上をバンバンと叩いた。
鈴葉の声はいつものような賑やかな声では無く、小刻みに震えていて今にも泣いてしまいそうな声だった。
俺は鈴葉に促されるままベッドに座った。
「お兄ちゃんはさ、何で私が恋なんてしたくないって言ってるか分かってる?」
何を言うかと思っていたが、意外な質問が飛んできた。
恋をしない理由、鈴葉が前に言っていた通り面倒くさいからではないのか?
でも鈴葉の声的に、何かに怯えているように震えていて泣いているんじゃないのかと思わせるほどに小さい。
「それは……面倒だからじゃないのか?」
「そっか、やっぱり伝わってないよね」
「どういうことな――」
俺が鈴葉に答えを聞こうと思い聞き返そうとすると、上半身が強い力で押されて俺は倒れた。
恐る恐る目を開けて状況を確認する。
左右には鈴葉の私物が置いてあり、正面には……ニヤリと笑みを浮かべる鈴葉の姿があった。
「ちょ、鈴葉! 何してる!」
「うるさいよ、お兄ちゃん」
鈴葉は人差し指を俺の口元に押し付けてくる、その動作と鈴葉の表情がまるで『喋らないで、私のいいなりになって』という意味が込められているように感じた。
そんな風に感じながら、俺は強引に口を開く。
「ちょっと待て、何がしたいんだ。腕を離せ!」
「お兄ちゃんさ、私が女だからって舐めない方が良いよ? 私これでもバレー部で一年生ながらスタメンなんだからさ、力が無いと思ったら大間違いだよ?」
言われてみればそうだ。
俺は帰宅部で特に筋トレもしていない、でも鈴葉は部活で毎回のように体を動かし筋トレだって俺の何倍もしている。
そんな俺が鈴葉に最初から勝てるはずがない、現に今抵抗しているが凄い力で抑えられていて腕を自由にすることは出来ない。
俺は抵抗するのを諦めて、腕の力を抜いた。
「抵抗しないんだ」
「しても無駄だろ。それで、何をお望みだ?」
「まあいいや、今回はこれで許してあげる。でも、私がお兄ちゃん以外にこんな事しないって事覚えておいてね」
鈴葉はそう言うと俺の拘束を解き、ベッドから降りた。
手首が痛む。
かなり強い力で握られたせいか跡が残り、赤くなっている。
「あとさ今日の配信、やっぱり私もする」
「そうか、良かった」
鈴葉は俺の方に振り返ると不敵な笑みを浮かべていた。
「私、ずっごく楽しみ!」
その声は鈴葉にしては低く、まるで誰かに対する憎悪が含まれていそうな声だった。
俺はその声に少し危機感を覚え、鈴葉に「あまり暴れるなよ」とだけ言い部屋から出た。
鈴葉に拘束された時、俺の心臓は過去一番の速さで動いていたと思う。
それが怖くてどうにかなってしまいそうという恐怖から来ている物なのか拘束されてこれから何かされてしまうのではないかというドキドキから来ている物なのか俺には判別できなかった。
これは本当にもしかしたら話だが、鈴葉は俺に恋愛感情を抱いている可能性がある。
鈴葉の最近の行動と言動、そしてあの拘束。
人間、恋人を奪われたくないと思う時大半の人間は恋人を束縛するという。
どこの情報か忘れたがそんな情報があった気がする。
だが、これも俺の自意識過剰の可能性もある。
とりあえず今は自意識過剰っていう事にして置いて、難しく考えるのはやめよう。
俺はそう思い、昼飯の準備に取り掛かった。
明日も投稿します。
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