三代目
先代からこの宿を受け継ぎ、毎日必死だった。
客の相手だけではなく、従業員も沢山いたため、彼らをまとめるのも大変だった。でも、お客さんが帰るときに「また来たい」、「ありがとう」と言ってくれるのがとても嬉しく、この仕事が大好きになった。
だが、不況の影響で年々客足は途絶え、今では年に数えるほどしか客は来なくなった。借金も増え、宿の維持費もかさんだ。長年、働いてくれた従業員もやめさせるしかなかった。
今は、この宿の従業員は二人しかいない、それでも先代、先先代から続いた、この宿を潰すことだけは絶対に避けなければならない。
どんな手を使っても。
畳をどかし、下にあった板をベリベリと剥がすと地面が見える。
地面に光が当たった瞬間、地面が動いたように見えた。だが、それは地面ではなく、大量の虫と怪奇生物だった。
光に驚いた彼らは一斉に逃げ出す。虫と怪奇生物がいなくなると本物の地面が姿を現した。地面は盛り上がっている。
盛り上がっている土を軽く掘ってみると、白い何かが出てきた。さらに掘ってみるとその姿がはっきり見えてきた。
一片の肉もついていない、完全な髑髏だった。
この部屋に怪奇生物が集まっていたのは、人がおらず、住み心地が良かっただけではなかった。
死体は、瘴気と呼ばれる気を発生させることがある。怪奇生物たちはこの瘴気が大好物だ。彼らは床下の死体から発生していた瘴気を喰うために、この部屋に集まっていたのだ。
しかも、集まっている怪奇生物の量から考えて、床下に埋まっている死体は一つや二つではない。
見られた!
決して、見られてはならない物を!この宿の秘密を!
変な客だとは思っていた。夜遅くまで誰かと話をしていたり、部屋で何か独り言を言っていたり、朝早くからどこかに出かけたり、とにかく変だった。
なので、時々外から部屋の様子を聞いていたら、畳を剥がす音がする。
少し戸を開けて、中を見てみると床下の死体を発見されていた。
考える余裕はない、私は彼が死体に気を取られている内に部屋の中に侵入する。そして、手に持っていた角材で思いっきり彼の頭を殴った。
彼は糸が切れるようにその場にバタリと倒れた。
気絶している彼の手足を縄で縛り、声が出せないように口にガムテープを張る。しばらく待ったが、なかなか起きないので、顔に水を掛けると彼は目を覚ました。
「気分はどうですかナナシさん?」
ナナシという少し変わった客はキョロキョロと辺りを見渡す。自分がどこにいるのか分からないのだろう。
「ここは、宿の裏の小屋です。少しお話ししましょう」
今この場所には、私とナナシ。そして、私の仲間が二人いる。
ナナシは、完全に怯えていた。必死に縄を外そうともがくので、何発も殴りつける。彼はすぐにおとなしくなった。
「静かにしてください、出ないと次は刺します」
ナイフを彼の前でユラユラと揺らす。
彼は涙目になり、コクコクと頷いた。
「理解してくださって良かったです」
ニッコリと微笑んでみせる。暴力で相手を押さえつけた後は、笑顔で安心させる。相手を支配するための基礎だ。
「実はここに来ていただいたのは、質問があるからなんです」
「……?」
私はナナシに顔を近づける。
「あなたは警察ですか?」
ナナシは首をぶんぶん振る。もう一発殴りつけた。
「あなたが床下を掘り、死体を見たのを私は見ていました」
「!?」
「見たところ、あなたは床下に死体があることを確信していましたね?」
「……」
「あなたが一般人でないことは、分かっているんです。正直に言ってくれませんか?」
ナナシが顔をそらしたので、殴りつける。
「あれを見られた以上、あなたを生かすことはできません」
「!!」
ナナシが首を横に激しく振るが、無視する。
「ですが、もしあなたが自分の正体を正直に話してくれるというのなら命は助けましょう」
ナナシの顔に迷いが生じる。あと一息だ。
「このまま死ぬか、自分の正体を正直に話して生き残るか、どちらが得かよ~く考えてください。」
もちろん、この男を生かすつもりはない。どの道、あれを見られた以上、殺すしかないのだ。ただもし、この男が警察だった場合、いずれここに他の警察がやって来る。この男の死体も床下の死体もどこか別の場所に移すしかない。
「どうするんだ!ああん?」
丁寧な言葉使いから、荒れた口調に変える。これでさらに相手に恐怖を与えられる。
ナナシは諦めたような顔をする。私はほくそ笑んだ。
「今から、口のガムテープを剥がします。大声は出さないでくださいね。出したら殺しますから」
ナナシはコクンと頷いた。
私はナナシの顔からガムテープを剥がす。
「さあ、答えてください、あなたは何者ですか?」
彼の口が開いた。私も仲間も彼に視線を集中させた。
その時、ザクザクザクと足音がこちらに近づく音が聞こえた。慌てて仲間がナナシの口を塞いぎ、動かないように体を押さえつける。
私は壁の隙間から、外を見る。
顔はよく見えないが、男のようだ。男は誰かを探しているようにキョロキョロとしながらこちらに近づいてくる。
私は壁から離れ、扉の近くで角材を持って構える。
男が扉に手を掛けた。全員に緊張が走る。
しかし、扉には鍵がかかっている。二、三度引いたが扉は開かない。男は諦めたように去っていく。
ほっとする。私は、帰っていく男を確かめるために再び壁の隙間から外を見た。ちょうど隙間からは男の真後ろが見えた。
男は歩いていたが、ピタリと止まる。そして後ろを振り返り、小屋を見る。
その時、男の顔がはっきり見えた。男は不思議そうに首を傾げたが、男は前を向き、また歩き始めた。
私の後ろで、仲間二人が息を吐き安心していた。
「ふ~、ビックリさせやがって」
「まったくね、……どうしたの?」
仲間の1人が私に心配そうに声を掛けるが、あまりに動揺して、答えることができなかった。
体がひとりでに震える。私はゆっくりと後ろを振り向いた。
「……何故?」
何故、今押さえつけているナナシの顔をした男が外を歩いているのだ?
「お前……誰だ?」
ナナシはニヤリ笑った。
いや、笑ったのではない。頬に切れ目が入り口がガバッと開いた。さらに目が三倍ほど大きくなる。髪は蛇のようにグニャグニャ動いている。
バクン!
ナナシの空いていた口が勢いよく閉じた。
「え?」
ナナシのいや、ナナシそっくりな何かの口を押えていた仲間が間抜けな声を出す。
ナナシそっくりな何かは口をもぐもぐ動かしていたが、不快な、まるで不味い物を食べたような顔をした。
そして、ペッと口から何かを吐き出した。その瞬間、何が起きたのか全員が理解した。
仲間の手が、手首から先がなくなっている。
そしてなくなった手首は、綺麗に噛み切られ、吐き捨てられ、足元に転がっていた。




