シェアハウスの住人
後部座席に深々と座り葉巻を咥えて庶民を観察する。
ふう…… 疲れたな。
「火がついてないけど大丈夫? 」
「今はくたびれたやり手の金持ちの気分なんだから放っておいてくれよな」
「呆れた。火がなければ葉巻の意味ないじゃない」
「そうだけど…… 僕タバコも吸えないから」
「あらあら情けない坊やね。ほらもうすぐよ」
いつの間にかアリスと距離も縮まった。
本来ならもう少し敬って欲しいが。逆にきつくなっている気がする。
きっと僕は舐められてるんだろうな。
シェアハウスへ。
どうやら外観は現実世界と変わってないよう。
「まずい。大家さんだ。ちょっと行ってから降ろしてくれ」
いつものようにお隣さんと世間話してるなら楽にかわせるが今は一人。
お土産にも食い物にも金にも敏感。それはシェアハウスの人間も同じ。
下手な言い訳が通じない。
いくら大家さんでも六億円の大金があるとは夢にも思わないだろうな。
それでも悟られる訳には行かない。ここは挨拶だけで済まそう。
「あれ武蔵君じゃないの。三か月分の家賃滞納の件はどうなってる? 」
これまで同じとはやってられない。評価は決して高くなさそう。
「済みません。また一か月後に払うので今月はこれで」
どうにか一か月分だけで乗り切った。
本来なら利子を含めて一括も可能。でもそうしないのは疑われないように。
誰しも現金の匂いには敏感だから。派手に動かない方がいい。
「ああそうだ。今さっき金持ちの車が通ったね。見てるだけで腹が立つ! 」
「まあまあ。あの人たちにもそれなりの苦労があるんですよ」
「ああん? いつから金持ちを擁護するようになった?
お前は偽物だな! へへへ…… 冗談冗談。それでその荷物は何だい? 」
さっそく目についたようだ。どれだけ目ざといんだよ。
「これですか? 最近は簡単に捨てる人が増えて。
使えるかなって拾って来たんです。もったいないでしょう? 」
完全な嘘だが大家さんは感心だねと喜んでくれた。
そうな風に褒められると何だか悪い気がする。
いや大丈夫。ここはあくまで現実世界を模したもの。
だから大胆に動ける。ただ嘘を吐き続けると感覚が狂う。
どうにもならない時以外はきちんと答えよう。特に大家さんの前では。
大家さんの追及を逃れどうにかシェアハウスの自分の部屋へ。
すると運悪くか良くか永利が着替えてるではないか。
どう言うことだ? まさかここって永利の部屋だっけ?
いやそんなはずがない。大体部屋には鍵があり他の者が簡単には入れない。
もちろん僕は気にしないので開けっ放しだが。
それにしてどうしよう? 引き返すか?
「あの…… 」
固まってしまう。気づかない振りしてスルーする手もあるが難しい。
もっと大声でただいまと言うべきだったな。
「永利さん…… どうして僕のところで着替えなど? 」
確かまだ付き合ってないよなきっと。でも自分の記憶が間違ってるとか?
それとも微妙に変化してもう二人は同棲してたりして。
それならもう夢が叶ったことになる。
「ごめんなさい武蔵君。掃除してたら熱中しちゃってつい…… 」
シェアハウスの共同スペースを当番が掃除をすることになっている。
そのついでに僕の部屋も掃除してくれるお姉さんタイプの永利さん。
本当に気が利くんだよね。つい甘えてしまう。
汗を掻いたから着替えてると堂々と。まあ確かに間違ってない。
「本当にごめんなさい。武蔵君を驚かせたみたい」
「いいんです。ただ下着姿の女子を見るのが久しぶりで…… 」
「そう? でもだったら毎日漏れて来るあの音は何かな? 」
笑顔で追及するから侮れない。
「ははは…… 何のことでしょう? 心当たりないな」
どうにかごまかすがそう言えばこの永利さんも本物ではない。
「そうだ。今日から新しい女の子が来るから楽しみにしてね」
どうやらシェアハウスは満杯になりそうだ。
去年一人去りそのままになっていた。
大家さんはがめついからもう一人連れて来なと命令していた。
だけどこんなところ誰にもお勧めできない。
大家さんは厳しいからそれでもと無茶を言う。
家賃滞納は当然として引っ越しには六か月前までと。
するとここを引き払ってどこかに行くこともできない。
ルール上ホテルに長期滞在は許されてない。ただ例外もあるそう。
書類の三十枚目の一番下の段に赤い文字で書かれていた。
とにかく急いで金儲けしないとな。
「それでどうして武蔵君はこんな怪しげなものを持ってるのかな? 」
永利は後ろに回ると耳に息を吹きかける。
「いや…… 最近スーツケースの忘れ物が多いだろう?
捨ててるか忘れてるかのやつ。それを引き取って何かに使えないなと」
大家さんに言った手前合わせないと矛盾が起きる。
やはり安易に戻って来るべきではなかったか?
気づかれないようにしたんだ。それでも彼女は僕の部屋にいたから。
汗を掻いたので着替えるってどんだけの確率だよ?
超ラッキーだけど今はちっとも嬉しくない。
「へえ…… だったら開けてもいいのかな? 」
金の臭いに敏感な永利。どうやら僕の話に矛盾を感じたらしい。
きれいなのに侮れない人だ。
やはりここは永利さんにはすべて告白するべきだな。
彼女…… 妻になればすべてを共有できる。
「それは…… 結婚してくれたいいよ」
「うん。だから開けるね」
一秒も掛からずに即答。どうやらこれが相当なものだと気づいたらしい。
さすがに札束とは夢にも思わないだろうが。
「いや…… その…… 」
ダメだ。何も言い訳が思いつかない。大家さんはそれで済んだのに。
何て手強いのか。これはもう口を封じるしかない?
「冗談よ。武蔵君はからかい甲斐があるな」
そんな風に笑うがどうもその目はロックオンしたまま。
まずいぞ。怪しまれた上に勉にでも話しでもされたら。
これは急いで隠した方がいい。
「待ってくれよ。結婚の話は? 」
「いつかその気になったらね…… 」
どうやらまだ望みがあるらしい。これは一歩前進か?
永利が去りようやく落ち着いた。では金を移し替えるか。
一億ずつを六つに分け合計で六億。
ちょうど十二億の半分がここにある訳だ。
ふう…… どうにか完了。二時間近く掛かったな。
まるで銀行強盗か身代金受け渡しの時のような緊張感がある。
もちろんそんな経験ない。あればここで貧乏生活を送ってないさ。
続く




