夢の引き換え
翌日。運命の日。
「どうしたの武蔵君? いつもにも増して嬉しそう」
永利は鋭い。これが女の勘って奴か?
ポーカーフェイスを装うほど僕はまだ人間腐ってない。
当たったら皆でパーっと使おうと考えている。
思い切って一万円ぐらい。それ以上は出せない。
「ははは…… 分かります? 実はナンバーズが当たって…… 」
嘘を吐くとバレるので似たようなもので誤魔化す。これが一流のプロ。
「そう? 何だか体調が悪そう。まるで嘘を吐いてるみたい」
永利は遠慮がない。ただ悪気がないかと言うとどうだろう?
まるで探っているようで気になる。
「そうですか? 体調が悪いのは事実です。昨日眠れなくて」
どうにかごまかすが永利はしつこい。
「眠れない? 」
「はい。永利さんのことばかり考えてて眠れませんでした」
流れで正直に告白。さあどう出るかな?
「いやだ武蔵君。でもありがとう。お姉さんが相手してあげるからね」
うわ…… 大丈夫かこの人? もう言葉もない。
「どうしたの武蔵君? 」
「ほら! 早く行かないと遅れますよ」
「もう帰って来たら詳しく聞くからね」
どうやら異変に気づいて追及しようとする気らしい。
やはり永利さんだけは騙せない。これは早々にすべてをぶちまけるか?
あれだけあれば絶対付き合ってくれるはず。
もう当たった気でいるがまだ高額なだけで一等の十二億とは決まってない。
それでも永利は僕の誘いを受けるだろうさ。
午後になり指定された駅前の銀行へ。
水銀さんが僕を億万長者にしてくれるはずさ。
おっと億万じゃなかったな。十二億万長者だった。
似ているが桁が一つ違う。想像を遥か上を行くとてつもない金額だ。
庶民がお目に掛かれることはまずないだろう。
「あの…… 」
昨日の経緯を話し確認作業に入る。
いや間違いのはずは…… この紙切れでいいんだよな?
心細いからどうしたって不安になる。
「少々お待ちください」
ついに始まった。間もなく僕は億万長者。緊張しないと言ったら嘘だ。
まさが盗まれたりしないよな? 疑い出したらキリがない。
十分近くが経過しようやく手続きに入る。
隣の席でも同じように紙切れを握りしめ目が血走っている不審者が。
当然銀行強盗するはずはないと思うが他人から見ると僕もこんな感じかな?
冷静に冷静に。一発当ててあたふたしている金持ち候補。
これは気をつけないと狙われるぞ。
帰りは安全にタクシー? でも運転手さんも勘が鋭い人多いからな。
決して悪い人ではないだろうが人隣りが嫌でも見えてしまう。
そう言う面では僕も似たようなところがある。人間観察が趣味。
「それで十二億は…… 」
どうやらあちらも完了したらしい。
不審者のまま姿を消す。まあこれが冷静でいられない高額当選者の心理か。
たぶんこの人は五十台で初めて大金を手にする一般市民。
昨日まではただの貧乏人だったかもしれない。
しかし今日にも金持ちになった。それは恐らく僕も同じだろう。
うん…… 待てよ。十二億ってそんなに当たるものか?
都合よくこの銀行に来るだろうか? 確かに抽選日は昨日だったが。
それでもこの銀行は地方に数限りなくある。
ここに十二億保有者が集結? あり得るのか? いやあり得ない!
どう考えても一人じゃないか。そんなにたくさんやれるはずがない。
すると彼は二等付近が当たったのか? それとも僕が二等以下なのか?
物凄く不安になる。
だがどうやらその不安も間もなく解消されるだろう。
「どうぞ! 」
さあ準備万端。では遠慮なく億万長者になりますか。
水銀は全国どこにでもあるメガバンクの一つ。
このようなギャンブルを独占してるのはなぜか?
つまらない疑問が頭に浮かぶ。
「あの…… こっちだと外になるんですが? ふざけてます? 」
なぜか裏口に通される。億万長者はいつもこんな感じ?
何と言っても初めてのことなので戸惑ってしまう。
億万長者ロードとはこんな狭い道だろうか?
「はい。どうぞ進んでください」
心配しつつも従う。彼らも仕事さ。騙したり惑わしたりしないさ。
僕は信じている。銀行の人は清く正しい立派な人ばかり。
銀行から離れること十分。一キロは歩かされた計算だ。
なぜここまでする? まるで僕が穢れているかのよう。
段々信用できなくなって来た。
「あの…… ここは? 」
「いいですから中にお入りください」
口答えせずに入れとさ。クールだな。
こうしてついに懸賞金引き換えに移る。
クシャクシャの紙切れを整えてから渡す。
これでも少しは常識はある方さ。実際はないけどね。
机と折り畳み椅子とは随分貧相な出迎えで。
間もなく億万長者になる者に対する態度だろうか?
怒りを通りこして呆れている。
まあそれでも金さえもらえれば目をつぶりましょう。
それくらいには人間出来てるのさ。
「何ですかこれは? 」
「だから引き換えてよ」
「ゴミはゴミ箱に! 」
そう言うと躊躇うことなくゴミ箱にポイ。それはないよ。
とても大事なものなのに。命の次。あるいは命より重いかもしれない。
「ちょっと! 十二億引換券をそんな風に扱っていい訳がない。
訴えることもできるぞ」
裁判は面倒なので交渉だけ。実際には動かないがそれでも効果はある。
「はあ? 十二億? 何のことです? 」
「だから十二億! 当たったんだろう? 」
興奮してつい大声になる。今はそれくらい大事な時。
「違います! お客さんはナンバーを確認してないと? 」
「するはずないだろう? だって昨日高額当選してるって…… 」
「言いましたか? 」
「言ってないけどさ…… そんな雰囲気だったからつい…… 」
雰囲気ですべてを悟った自分が情けない。当たったとは言っていたが。
あれだけの対応しておいてそれはないよ。それだと単なる嫌がらせだよ。
「ハズレですね。ほらかすりもしない」
当選番号を見せてもらい改めて確認。確かにはずれていてかすりもしない。
「だったら昨日のあれは何? 一枚だけ…… 」
ゴミはそのままゴミに。これで十二億の夢はパー。
短い夢だった。ああ儚い夢だったのさ。
でも当然のことながら諦められるはずがない。
昨日確かに当たりと言われたんだ。
大体ここに来いと言われた説明がつかないじゃないか。
続く




