Chapter1-7 セーフルーム
俺だけバイオ ~剣と魔法の異世界で、俺だけサバイバルホラー~
作者:阿波根サキ
森の中を、玲央は夏目りあを背負って歩いていた。
「ねえ、黒瀬。重くない?」
「大丈夫だ」
「ホントに? ウチ、そんな軽くないよ?」
「人間一人を背負って歩く訓練なら、やったことがある」
「……何それ。どんな訓練?」
「負傷者の搬送訓練」
「いや、なんで高校生がそんなことやってんの?」
「山で遭難したときに役立つだろ」
「そりゃそうだけどさぁ……」
りあは呆れたように笑った。
「黒瀬って、休日になると山にこもってるって噂、本当だったんだ」
「本当だぞ」
「マジか! てっきりネタだと思ってた!」
「ほかにも色々やってるけどな」
「知ってる。ゲームと銃が大好きな変人でしょ?」
「……否定はしない」
「あはは! 自覚あるんだ!」
りあの笑い声が耳元で響いた。
先ほどまで死の恐怖に怯えていた少女とは思えないほど、明るい声だった。
もっとも、玲央の肩に回された腕には、まだ力が入っている。
無理に明るく振る舞っているのかもしれない。
「そういやさ、さっきの銃って本物なんでしょ?」
「ああ。H&K USP。口径は9ミリだ」
「うわ、出た。銃マニア」
「聞いたから答えたんだろ」
「そうだけどさ! 普通、銃の名前なんて分かんないって!」
玲央は少し笑った。
「黒瀬が銃に詳しいのは知ってるけど、あんな普通に撃てるとは思わなかったんだけど」
「海外で射撃訓練を受けたからな」
「……は?」
りあの声が裏返った。
「待って。海外?」
「ああ」
「本物の銃を?」
「そうだ」
「いやいやいや! そこまでする!?」
「必要だったからな」
「何に!?」
「レオになるために」
「……誰それ?」
「ゲームのキャラクターだ」
「えっ、ゲームのキャラ!? ヤバっ! コスプレにそこまでする? マジウケるんですけど!」
りあは玲央の背中で声を上げて笑った。
「別にコスプレがしたいわけじゃないんだけどな」
「じゃあ、本気でゲームの主人公になろうとしてたわけ?」
「そういうことだ」
「アハハハ! やっぱ黒瀬って変!」
玲央もつられて笑った。
だが、視線だけは周囲の木々から外さなかった。
風が枝葉を揺らすたびに、音の方向を確認する。
ここはゲームの世界に似ている。
しかし、ゲームではない。
そのことは、先ほど初めてゴブリンを殺したときに思い知らされた。
「でもさ、黒瀬」
「ん?」
「その訓練、役に立ってるじゃん」
「まあな」
「ウチ、黒瀬が来てくれなかったら、マジで死んでたと思う」
背中に回された腕へ、少しだけ力がこもった。
「……ありがとね」
「どういたしまして」
しばらく歩いてから、玲央は話題を変えた。
「そういう夏目は、転移してからどうしてたんだ?」
「ウチ?」
「ああ。天城たちと一緒だったんだろ?」
りあの声が少し沈んだ。
「うん。転移したとき、たまたま近くにいた人たちと一緒になったんだよね。天城が勇者で、水瀬が白魔導士、岩城が騎士で、瀬尾がシーフ。だから、なんとかなると思ってたんだけど……」
最後の言葉は、かすれるように小さくなった。
岩城大河と瀬尾拓海は、もういない。
玲央は、それ以上その話を掘り下げなかった。
「夏目は魔術師だったな」
「そうそう。でもウチ、ゲームってそんなにやんないんだよね」
「そうなのか?」
「うん。スマホでちょっと遊ぶくらい。だから魔術師って言われても、最初は何それって感じだった」
「なるほどな」
特に思い入れのあるゲームがない場合は、RPG系の能力が割り当てられるのかもしれない。
玲央はそう推測した。
「てか、黒瀬みたいにゲームやり込んでる人の方が珍しいって!」
「そうかもな」
玲央が笑うと、りあも笑った。
ふと、背中のりあが口をつぐんだ。
「……それより、ウチのツレが心配なんだよね」
「ツレ?」
「美咲だよ。小宮山美咲。いつも一緒にいるツレなんだけどさー、転移したときにはぐれちゃって。それっきり会えてないんだよね」
「ああ、小宮山か」
「そそ! どこにいるかも分かんないし、マジ心配なんだけど……」
玲央も、小宮山美咲は知っていた。
りあとよく一緒にいる、明るくてよく笑うクラスの女子だ。
「まだ何も分からないんだ。無事だと信じよう」
「……うん。そうだよね」
りあは小さく頷いた。
玲央は少女を背負う腕に力を込め、森の奥へと進んだ。
木々の隙間から差す光は、少しずつ弱くなっている。
日が暮れる前に、安全な場所を確保したい。
そう考えていたときだった。
「あっ!」
りあが突然、声を上げた。
「黒瀬、ちょっと待って!」
「どうした?」
「ほら、あそこ! なんか扉みたいなのない?」
りあが前方を指さした。
玲央は足を止め、その方向へ目を凝らす。
木々の向こうに、苔むした大きな岩場が見えた。
高さは数メートルほど。
森の中へ突き出した緩やかな岩の斜面には、蔦や草木が生い茂っている。
その一角に、古びた木製の扉が埋め込まれていた。
「……本当だ」
玲央は眉をひそめた。
周囲に建物らしいものはない。
扉へ続く道も見当たらないが、足場は比較的平坦で、森から歩いて近づくことができそうだった。
「何あれ? めっちゃ怪しくない?」
「ああ。怪しいな」
「でもさ、もしかして誰か住んでたりしない?」
「どうだろうな」
玲央は慎重に近づいた。
岩や苔に紛れ、注意しなければ見落としてしまいそうな扉だった。
しかし、玲央には妙な既視感があった。
いや、既視感どころではない。
森の中に、ぽつんと存在する扉。
その向こうに何があるのか。
玲央には、心当たりがあった。
「……まさか」
「何? 知ってんの?」
「まだ分からない」
玲央はりあを近くの岩に座らせた。
「夏目、少し待っててくれ」
「うん」
玲央はUSPを抜き、扉の前に立った。
周囲を確認する。魔物の気配はない。
取っ手には蔦が絡みついていたが、手をかける部分には擦れ跡が残っていた。
誰かが使っている。あるいは、最近使われたのかもしれない。
玲央は耳を澄ませた。
物音はしない。
取っ手をゆっくり回す。
鍵は掛かっていなかった。
ギィ、と古い蝶番が鳴る。
扉をわずかに開け、隙間から室内を確認した。
薄暗い空間。
しかし、奥の方に柔らかな光が見える。
玲央は銃口を下げずに扉を押し開いた。
右。左。奥。物陰。
順番に確認していく。
室内に魔物はいなかった。
代わりに目に飛び込んできたのは、あまりにも見覚えのある光景だった。
十畳ほどの空間。
壁際には簡素なベッド。
木製の机と椅子。
棚には二つの鉢植えが並び、部屋の隅には大きな木箱が置かれている。
机の上には、古めかしいタイプライター。
そして、誰もいないはずの部屋を、一つのランタンが柔らかく照らしていた。
「……おいおい」
玲央は思わず呟いた。
タイプライター。
アイテムボックスらしき木箱。
薬草の鉢植え。
この組み合わせを、玲央は知っている。
「……セーフルーム」
その言葉が自然と口をついて出た。
だが、まだ決めつけるわけにはいかない。
玲央は室内をもう一度確認してから、外へ声をかけた。
「夏目、入っていいぞ」
「う、うん」
りあが足を引きずりながら入ってくる。
「……マジ? 部屋じゃん!」
玲央は扉を閉め、内側から鍵をかけた。
すると、外の森の音がふっと遠ざかった。
完全に消えたわけではない。
だが、扉一枚を隔てただけとは思えないほど静かだった。
「うわー……ベッドあるし!」
りあが嬉しそうに声を上げる。
「ここ、誰か住んでんのかな?」
「どうだろうな」
玲央は部屋を見回した。
食料も水もない。人が暮らしているようには見えなかった。
それでも、埃はほとんど積もっていない。
何より、ランタンには火が灯っている。
不思議な場所だった。
「夏目はベッドに座ってろ」
「え、いいの?」
「ああ。ただし、何か見つけても勝手に触るなよ」
「りょーかい」
りあがベッドに腰を下ろす。
玲央は棚へ近づいた。
そこには二種類の草が、小さな鉢に植えられていた。
一つは鮮やかな緑色。
もう一つは、青みがかった葉をしている。
「……やっぱりな」
玲央が緑の葉に触れると、視界の端に文字が浮かんだ。
《GREEN LEAF(回復アイテム)》
「……あった」
玲央の口元が緩んだ。
「何が?」
「回復アイテムだ」
「えっ、マジ!?」
りあが身を乗り出す。
「その草が?」
「ああ。傷を治せるはずだ」
「えっ、草で!?」
「試してみよう」
玲央はグリーンリーフを一枚摘み取った。
葉を摘んだ部分には、小さな跡が残った。
新しい葉が生えてくる様子はない。
ひとまず、玲央はりあの元へ向かった。
「夏目、足を見せてくれ」
「うん」
りあが靴を脱ぎ、痛めた足首を差し出した。
赤く腫れ上がっている。
玲央はその前に膝をつき、グリーンリーフを患部へそっと当てた。
「っ!」
「痛むか?」
「ううん。なんか、スーッとする」
次の瞬間だった。
葉が淡い光を放ち、細かな粒子となって消えていく。
「えっ!?」
光がりあの足首を包み込んだ。
そして、光が消えると同時に、腫れも引いていた。
「……あれ?」
りあが恐る恐る足首を動かす。
「痛くない……」
「立てそうか?」
「ちょっと待って」
りあはベッドから立ち上がった。
右足に体重をかける。
さらに、その場で軽く跳ねてみた。
「……すごっ!」
もう一度、跳ねる。
「治ってる! マジで治ってる!」
「よし」
玲央は小さく拳を握った。
ゲームと同じだ。
少なくとも、負傷を回復する効果は確認できた。
「何これ!? 草で治るとかヤバすぎ!」
りあは嬉しそうに笑った。
「ありがと、黒瀬! マジで助かった!」
「礼なら草に言ってくれ」
「じゃあ草、ありがとー!」
りあは棚に向かって手を合わせた。
玲央は思わず吹き出した。
「お前、変な奴だな」
「黒瀬に言われたくないんですけど!」
二人はまた笑った。
「てかさ、黒瀬って呼ぶの、なんか他人行儀じゃない?」
「そうか?」
「うん。もう命の恩人だし、玲央って呼んでいい?」
「別に構わないけど」
「じゃあ、玲央!」
「……なんだ?」
「えへへ。呼んでみただけ!」
りあはいたずらが成功した子供のように、ぺろりと舌を出した。
「あとさ、ウチのこともりあって呼んでよ」
「夏目じゃ駄目なのか?」
「駄目じゃないけどさ。玲央だけ名前呼びって、なんか不公平じゃん?」
「……分かったよ、りあ」
「うん! よろしくね、玲央!」
りあは満足そうに笑った。
名前で呼び合うことで、二人の距離が少し縮まった気がした。
薄暗い部屋に、和やかな空気が流れていた。
「それにしても、便利だな。その葉っぱ」
「そうだな。これが安定して手に入るなら、生存率はかなり上がる」
玲央は再び鉢植えへ目を向けた。
葉を摘み取った跡は、そのまま残っている。
新しい葉が生える様子はなかった。
補充されるのか、それとも使い切りなのか。
今のところ分からない。
玲央はもう一枚、グリーンリーフを摘み取った。
りあに使った分と合わせて二枚。手元に残る回復手段は、この一枚だけだ。
「こっちは取っておこう」
「うん。次、いつ怪我するか分かんないもんね」
続いて、青い葉に触れる。
《BLUE LEAF(回復アイテム)》
「こっちも回復アイテムか……」
「ねえ、青い方は?」
「まだ分からない」
「えっ、玲央でも分かんないの?」
「ああ。表示される情報が少ないんだ」
ゲームの知識から、解毒に関係する可能性は考えられる。
だが、この世界でも同じ効果とは限らない。
玲央はブルーリーフを一枚摘み取り、グリーンリーフと並べた。
緑と青。見慣れた組み合わせだった。
ゲームでは、こうして手に入れた葉を調合することもできた。
「……調合してみるか」
「調合するとどうなるの?」
「ゲームなら、組み合わせによって効果が変わる。これも――」
言いかけて、二枚を近づけていた手が止まった。
この世界でも、同じなのか?
グリーンリーフで傷が治ることは確かめた。
だが、ブルーリーフの効果はまだ分からない。調合できるかどうかも、できたとして何が起こるのかも。
玲央は、緑の葉へ視線を落とした。
これを使えば、少なくとも怪我は治せる。
興味本位で混ぜてしまい、必要なときに使えなくなったら笑えない。
「……いや、やめておこう」
「試さないの?」
「今ある回復用は、これ一枚だからな。効果が分かってからにする」
「そっか。じゃあ、大事にしとかないとね」
玲央は頷き、二枚を離した。
ブルーリーフはひとまず机の上へ置く。
グリーンリーフは《アタッシュケース》に収納し、右上の空いたマスへ収めた。
りあに一枚。予備に一枚。
次にこれを使うときは、きっと余裕のない状況だ。
迷わず取り出せるよう、その位置を頭に刻んだ。
続いて棚の引き出しを調べると、小さな金属製の物体が出てきた。
「おっ」
USP用のマガジンだった。
中を確認すると、9mm弾が十五発収まっている。
《HANDGUN MAGAZINE》
「予備が増えたな」
先ほどゴブリンから入手したものと合わせて、予備マガジンは二本。
合計三十発分の弾薬を確保できたことになる。
玲央はそれを《アタッシュケース》に収納した。
続いて、部屋の隅にある木箱へ向かう。
箱は玲央の腰ほどの高さがあった。
分厚い木材で作られ、金属製の補強が施されている。
鍵穴はない。
玲央が取っ手に手をかけると、視界に新たな表示が浮かんだ。
《ITEM BOX》
カクヨムでも掲載してます。よろしくお願いします。




