Chapter1-6 アタッシュケース
俺だけバイオ ~剣と魔法の異世界で、俺だけサバイバルホラー~
作者:阿波根サキ
時は少し戻る。
玲央は、自分が殺したゴブリンを見下ろしていた。
引き金を引けば、相手は死ぬ。
その事実を理解した上で撃った。
それでも、初めて奪った命を前にすると、胸の奥に重いものが残った。
「…………」
玲央はUSPを握ったまま、ゆっくりと息を吐いた。
後悔しているわけじゃない。
撃たなければ、自分が殺されていた。
だから、これでよかった。
そう思うしかない。
ふと、玲央の視線が止まった。
「……ん?」
ゴブリンの死体に異変が起きている。
輪郭がぼやけていた。
玲央は反射的に一歩下がり、USPを構え直す。
死んだはずのゴブリンが、徐々に薄くなっていく。
「なんだ……?」
数秒後。
ゴブリンの死体は跡形もなく消えた。
血も残っていない。
代わりに、先ほどまで何もなかった地面で何かが光を反射した。
「……これは?」
見覚えのない硬貨がいくつか転がっている。
その上には文字が浮かんでいた。
《1,500 Lev》
「千五百……レフ?」
聞いたことのない通貨だ。
玲央は周囲を警戒しながら近づいた。
そして硬貨へ手を伸ばす。
指先が硬貨に触れた瞬間。
硬貨が、スッと光の粒子になって吸い込まれるように消えた。
「……消えた?」
玲央は手を止めた。
違う。
消えたんじゃない。
そんな感覚があった。
玲央はステータスを開く。
今までなかった項目が追加されている。
《所持金 1,500 Lev》
「……取り込んだのか」
玲央は表示を見つめた。
ゴブリンを倒した。
死体が消えた。
そして、金を落とした。
この流れには覚えがある。
「まさか……」
玲央の中で、一つの可能性が浮かぶ。
玲央の知る『バイオクライシス4』では、敵を倒すと金銭やアイテムが出現する。
金は武器や弾薬、回復アイテムの購入に使い、武器の改造や装備の売買にも利用できる。
もしこの世界が『4』のシステムを再現しているなら、今の硬貨は単なる報酬ではない。
敵を倒せば、金やアイテムが手に入る。
金を使えば、物資を補充できる。
つまり、物資が完全に固定配置されている場合とは違い、敵との戦闘によって補給の機会が生まれる可能性がある。
特に重要なのは――弾薬だ。
「弾も……落とすかもしれない」
玲央の表情が変わる。
もし敵から弾薬を補充できるなら、この世界で生き残れる可能性は大きく変わる。
「これは僥倖だ」
もっとも、まだ確定したわけじゃない。
今落ちたのは金だけだ。
弾薬が落ちる保証はない。
それに――。
玲央は《1,500 Lev》を見つめた。
なぜ金を落とす?
金は使うためにある。
もし『バイオクライシス4』と同じなら、金には明確な使い道があるはずだ。
武器を買う。
武器を強化する。
弾薬や回復アイテムを補充する。
そして、それらを売買する相手がいる。
玲央の脳裏に、何度となく世話になった武器商人の姿が浮かんだ。
「……いや」
まだ早い。
金を一度拾っただけで、そこまで決めつけるのは短絡的だ。
玲央は考えを頭の隅へ追いやった。
今は、それより先に確認することがある。
「一度、装備を確認しておくか」
玲央は自分の身体を見下ろした。
服装は転移前と変わっていない。
濃紺のブレザー。
白いシャツにネクタイ。
グレーのスラックス。
足元だけは学校指定の革靴ではなく、黒のタクティカルブーツを履いている。
もちろん校則違反だ。
だが、玲央は気にしていない。
レオ・クロフォードに近づくためなら、多少教師に目をつけられるくらいはどうでもよかった。
動きやすく、足を守り、悪路でも走れる。
休日の山籠もりはもちろん、二階の窓から飛び降りて下校することさえある玲央にとって、革靴よりよほど実用的だ。
教師から何度注意されても、これだけは変えるつもりがなかった。
そして、転移したときに追加された装備が二つ。
右腰。
玲央はホルスターから黒い拳銃を抜いた。
H&K USP。
ドイツの銃器メーカー、ヘッケラー&コッホが開発した自動拳銃だ。
玲央に与えられたのは九ミリ弾を使用するモデル。
マガジンの装弾数は十五発。
海外での射撃経験がある玲央にとって、実銃そのものは初めてではない。
だが、異世界へ転移した瞬間に突然腰へ現れた拳銃となれば話は別だ。
玲央はUSPを確認する。
外観。
マガジン。
作動部。
命を預ける道具だ。
実際に撃てたからといって、確認を怠る理由にはならない。
マガジンを抜き、残っている弾を確認する。
転移したときは十五発入っていた。
先ほどゴブリンに一発撃った。
残りは十四発。
玲央はマガジンを戻し、確実に装着されたことを確認する。
「……問題なさそうだな」
だが、問題は別にある。
予備のマガジンがない。
十四発。
それが今の玲央が持つ、すべての弾薬だった。
撃ち尽くせば、それで終わりだ。
「無駄撃ちはできないな」
USPを一度ホルスターへ戻す。
次に反対側の腰へ手を伸ばした。
ナイフを抜く。
こちらも転移と同時に与えられたものだ。
刃を確認しながら、玲央はふと思う。
「ゲームなら、ボタン一つなんだけどな」
ゲームなら簡単だ。
ボタンを押して銃を構え、別のボタンで引き金を引く。
ナイフを使いたければ、別のボタンで構え、銃を撃つときと同じボタンで斬りつける。
指先の操作だけで、銃とナイフを瞬時に使い分けられる。
だが、現実は違う。
USPを使っている最中にナイフが必要になれば、自分の手で抜かなければならない。
そして銃に戻るなら、今度はナイフをどうするかまで考える必要がある。
玲央は左手でナイフを逆手に持つ。
右手にはUSP。
二つの武器を同時に扱う状況も想定する。
左手のナイフは握ったまま、その手首から手の甲を支えにして右手のUSPを構える。
通常の両手保持ほど安定はしないが、片手だけで撃つよりはマシだ。
これなら銃を手放さず、接近された瞬間にはナイフも使える。
だが当然、万能ではない。
射撃の安定性は落ちるし、両手も塞がる。
状況によっては、素直にどちらか一方を使ったほうがいい。
ゲームのように、ボタン一つで武器を使い分けられるわけではない。
ここは現実だ。
だからこそ、使い方を考える必要がある。
自分の身体で。
自分の手で。
生き残るために。
「……選択肢の一つだな」
重要なのは格好良さじゃない。
生き残れるかどうかだ。
ゲームではボタン一つだった武器の切り替えを、ここでは自分の身体でやらなければならない。
腰のどこに何があるのか。
どう動けば邪魔にならないのか。
実際の装備の重さを身体に覚えさせる。
ここはゲームに似ている。
だが――ゲームではない。
玲央はナイフを鞘へ戻した。
「次は……」
ブレザーを開く。
制服の下にも、いくつか道具を忍ばせていた。
こちらは《バイオクライシス》から与えられたものではない。
玲央が元々持っていたものだ。
小型ライト。
マルチツール。
ファイヤースターター。
そして、コンパクトに束ねた数メートルのパラコード。
丈夫な細いロープで、物を縛るのはもちろん、簡単な補修や荷物の固定にも使える。
普通の高校生が学校へ持ってくる物ではない。
だが、休日に一人で山へ籠もることのある玲央にとっては、特別な物でもなかった。
「水なし。食料なし……」
玲央は一つずつ確認していく。
異世界でサバイバルをするには、明らかに足りない。
そして何より――予備弾薬がない。
先ほどの推測が正しければ、敵から補充できる可能性はある。
だが、可能性だけを当てにして弾を浪費するわけにはいかない。
◇ ◇ ◇
「きゃあああああっ!」
森の静寂を、突然の悲鳴が切り裂いた。
「――っ!」
女の声。
しかも――。
「夏目……?」
聞き覚えがある。
夏目りあ。
同じクラスの女子だ。
玲央はすぐに走り出した。
枝を払い、木々の間を駆け抜ける。
「やだっ! 来ないで! マジで来ないでって!」
声が近い。
間違いない。夏目りあだ。
玲央が茂みを抜ける。
いた。
明るく染めた髪。
着崩した制服。
教室では友人たちと騒ぎ、よく通る声で笑っていたギャル。
そのりあが今は地面に尻もちをつき、必死に後ずさっている。
手には杖。
白い空間で《魔術師》を与えられたときは、
「え、ウチ魔術師なんだけど。普通に当たりじゃん」
などと喜んでいた。
だが今、その手は震えている。
りあの前にはゴブリン。
「来ないで……!」
杖を向ける。
何も起こらない。
「なんで……なんで出ないの!?」
魔法の使い方がわからないのか。
恐怖で使えないのか。
どちらでもいい。
ゴブリンが武器を振り上げる。
「伏せろ!」
「えっ!?」
りあが反射的に頭を抱えた。
玲央はUSPを抜く。
銃声が森に響いた。
ゴブリンの身体が大きく揺れて倒れる。
「ギャアッ!」
これで二発目。
頭の中で、残弾が即座に更新される。
十三発。
直後、茂みから飛び出してきた別の二匹が玲央へ迫る。
玲央は左腰のナイフを抜き、最小限の動きで二匹の急所を的確に切り裂いた。
倒れるゴブリンたち。
「…………」
りあは頭を抱えたまま動かない。
「夏目」
「……え?」
恐る恐る顔を上げる。
そして玲央を見つけた。
「黒瀬……?」
「ああ」
「うそ……マジ……?」
安心したのか、りあの身体から力が抜けた。
玲央はナイフをしまい、USPを下げる。
だが、まだホルスターには戻さない。
周囲を確認する。
もう他にゴブリンはいない。
少なくとも、今すぐ襲ってくる気配はなかった。
その視界の端で、倒れていたゴブリンの輪郭が揺らいだ。
「……こい……。きてくれ!」
「え?」
玲央はゴブリンたちを見つめた。
先ほどと同じだ。
死体が薄くなり、そのまま消えていく。
完全に消滅した地面に、何かが残された。
「……マジか」
今度は金じゃない。
玲央には一目でわかった。
マガジンだ。
しかも――USP用。
「黒瀬?」
玲央は答えず、マガジンへ近づいた。
「これなら……」
「え、なに?」
りあが怪訝そうに玲央を見る。
玲央はしゃがみ込み、マガジンへ手を伸ばした。
触れた瞬間。
光の粒子となって消える。
「やっぱり!」
「……何が?」
玲央の推測は正しかった。
敵から落ちるのは金だけじゃない。
弾薬もドロップする。
拾ったマガジンには十五発入っている。
現在、USPに十三発。
予備マガジンに十五発。
合計二十八発。
たった二発撃っただけで十四発しか残っていなかった状況から、一気に余裕が生まれた。
もちろん、二十八発だって無限じゃない。
だが、敵を倒すことで補充できる可能性がある。
この世界でUSPを使い続けられるかもしれない。
その意味は大きい。
「よし……」
「いや、よしじゃなくて」
りあの声が聞こえたが、玲央の意識は別のものへ向いていた。
ステータスに、見覚えのない表示が増えている。
《ITEM》
「アイテム……?」
玲央が意識を向ける。
次の瞬間、目の前に半透明のウィンドウが展開された。
「――は?」
長方形の枠。
内部を細かく区切る格子状のマス。
そして、その一角。
先ほど拾ったUSPのマガジンが収まっている。
「これ……」
玲央が固まる。
見覚えがある。
あるなんてもんじゃない。
何百回。
何千回。
RTAでは、開く回数すら計算してきた画面。
「アタッシュケースじゃねえか!」
間違いない。
玲央がやり込んだ『バイオクライシス4』のアイテム管理システムだ。
武器や弾薬、回復アイテムを限られたマスに配置して持ち運ぶ。
アイテムごとに大きさが違うため、何を残し、どう詰め込むかが生存に直結する。
そして、ここまでの現象をつなげれば、玲央の推理は一つにまとまる。
敵を倒すと、金やアイテムが出現する。
金は武器や弾薬、回復アイテムの購入や、装備の強化に使われる。
手に入れたアイテムはアタッシュケースで管理する。
つまり、この世界の《バイオクライシス》は、少なくとも『4』のドロップ、売買、アイテム管理を再現している可能性が高い。
今までアタッシュケースが表示されなかった理由も、おそらくわかる。
最初から持っていたUSPとナイフは、転移と同時に直接装備されていた。
1,500 Levは通貨としてステータスに加算された。
だが今回、初めてそのどちらでもないアイテムを手に入れた。
それによって《ITEM》が表面化したのだ。
(マガジンは縦2マスか……)
玲央は空中に指を伸ばし、半透明のマガジンをつまむようにしてスライドさせた。
カチッ。
脳内で心地よいシステム音が鳴り、マガジンが右下の隅に収まる。
(今はこれだけだが、いずれ回復薬や別の弾薬も手に入る。もし新しい武器を入手したなら、まとまった空きが必要になる。今のうちから定位置を決めておかないとな……)
武器は左上から。
回復アイテムは右上。
弾薬などの小物は下段に詰める。
持ち歩くケース内を整理することが生死を分ける。
パズルのようにマス目を埋めていく感覚。
何千回と繰り返してきた作業だ。
玲央は真剣な顔で空中で指を動かし、時折手首を捻って見えない何かを回転させては、また別の場所へ押し込んでいた。
「いや……マガジンは横向きにして下に敷き詰めるか。いや待て。後でショットガンみたいな大型武器が手に入ったら、まとまった空きが必要になるな……」
ぶつくさと呟きながら、空中で指を弾き、何もない空間をこねくり回す。
その顔は、至極真面目だった。
◇ ◇ ◇
一方。
「…………」
地面に座り込んだままのりあは、完全に言葉を失っていた。
つい数十秒前。
ゴブリンに襲われ、絶望していた自分を間一髪で救ってくれたクラスメイト。
その胸を打つ感動の余韻は、今、目の前で繰り広げられている奇行によって急速に冷めつつあった。
「……ねえ、黒瀬?」
「ん?」
玲央は空中に指を置いたまま、真顔でりあへ視線を向けた。
「さっきから、何してんの?」
「アタッシュケースの整理だ。アイテムは最初から配置をルール化しておかないと、いざというときに枠が足りなくなって面倒なことになる」
「……アタッシュケース?」
「ああ」
「どこに?」
「ここだが」
玲央が何もない空中を指さした。
りあは目を凝らす。
見えない。
角度を変えてみる。
やっぱり何も見えない。
りあの目から見れば、ただ黒瀬玲央という男が、何もない空中で指をチョイチョイと動かしたりして、一人で深く頷いているだけだ。
「……ヤバい奴じゃん」
思わず口から本音が漏れた。
「え、マジで何? パントマイム? ウチ、今そういうの笑えるテンションじゃないんだけど」
「笑わせるつもりはない。生き残るために必要な作業だ」
玲央は大真面目だった。
だからこそ、タチが悪い。
「ほら、お前もいつアイテムが手に入るか分からないんだから、今のうちに自分のインベントリを確認して整理しておいたほうがいいぞ」
「インベン……なに? ウチの前には何もないってば!」
「そうか。お前のステータス画面は俺のアタッシュケースとは仕様が違うんだったな」
「仕様とかそういう問題じゃないから!」
りあは頭を抱えた。
さっきまで自分を守るはずだった《勇者》は、仲間を見捨てて逃げ出すような自己中心的なクズだった。
そして今、自分を助けてくれた男は、何もない空間を真顔でいじり回すヤバい奴だ。
(……ウチ、もしかして天城とは別のベクトルで終わってる奴に助けられた?)
りあが呆れ半分、恐怖半分で玲央を見上げていると、玲央はようやく空中の『何か』から手を離し、満足そうに息を吐いた。
「よし。初期配置はこれでいい」
「……終わったの?」
「ああ。待たせたな」
玲央は何もなかったかのようにUSPをホルスターへ戻すと、りあの前へ歩み寄り手を差し出した。
「立てるか?」
「……足、挫いた」
「そうか……」
玲央は周囲の森へ鋭い視線を巡らせる。
先ほどまでの奇行が嘘のように、その横顔には、化け物と対峙したときの張り詰めた緊張感が戻っていた。
「銃声を聞きつけて、また別のゴブリンが寄ってくるかもしれない。長居は無用だ。一緒に避難するぞ」
玲央はそう言うと、りあの前で背中を向け、片膝をついた。
「乗れ。歩けるようになるまで背負う」
「……え、マジで?」
「ここに置いていかれたいか?」
「乗ります!」
りあは慌てて玲央の背中にしがみついた。
細身に見えるのに、触れてみると思っていたよりずっと背中が広い。制服越しに伝わる身体は硬く、しっかりと鍛えられているのが分かった。
玲央はそんなりあの身体を、苦もなく軽々と持ち上げる。
(……なんか、安心する)
さっきまで命を狙われていたせいだろうか。
広い背中に身体を預けていると、不思議と張り詰めていた力が抜けていく。
学校では変人だと思っていた。
今だって、何もない空中でパントマイムを始める意味不明な奴だ。
それなのに――今は、この背中がひどく頼もしく感じた。
「しっかり捕まってろ。揺れるぞ」
「……うん」
玲央は一歩を踏み出し、鬱蒼とした森の奥へ向かって歩き始める。背中で揺られながら、りあは玲央の首筋をじっと見つめていた。
(パントマイムは意味不明だけど……)
腕に伝わってくる体温は、確かに自分を安心させてくれる熱を持っていた。
カクヨムでも掲載してます。よろしくお願いします。




