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Chapter1-5 勇者のパーティ

俺だけバイオ ~剣と魔法の異世界で、俺だけサバイバルホラー~

作者:阿波根サキ

 天城翔馬はいわゆるエリートだった。


 父は大企業の役員。

 母は女優。


 裕福な家庭に生まれ、幼い頃からモデルとして活動していたこともあり、金に困ったことはない。

 容姿にも恵まれ、女子から好意を寄せられることも珍しくなかった。


 勉強をやらせれば上位。

 スポーツをやらせても人並み以上。

 何をやっても、だいたいできた。

 運動の才能もあったが、アスリートを目指そうとは思わなかった。


 将来、もっと金を稼ぐ方法はいくらでもある。

 翔馬が目指していたのは、選手として誰かに雇われる側ではなく、自分で会社を経営する側だった。


 そのための経験として、生徒会長にも立候補した。

 人の上に立つこと。

 人をまとめること。

 人を動かすこと。

 そういった経験は、将来必ず役に立つ。


 そして実際、翔馬はうまくやっていた。

 自分は、他の奴とは違う。

 翔馬はずっと、そう思っていた。


 ただ――。


 一人だけ、妙に気に食わない男がいた。


 黒瀬玲央。


 ゲームマニア。

 休みの日に何をしているのかと思えば、一人で山に籠もっている。


 それだけならまだいい。

 学校では、なぜか二階の窓から飛び降りて下校したことまである。

 教師に注意されてからは階段を使うようになったらしいが――。


 翔馬からすれば、はっきり言って変態だった。

 話す内容だって、大抵ゲームかミリタリー。

 銃の話を始めたかと思えば、次はゲームの最速記録がどうとか、そんな話ばかり。


 当然、女子から引かれることも多い。

「黒瀬って顔はいいのに、喋ると残念だよね」

「分かる。黙ってればカッコいいのに」


 翔馬もそう思う。

 どう考えても、自分のほうがモテる。

 実際、告白された回数だって比べるまでもない。

 なのに。


「でも私、黒瀬結構好きだけどな」

 たまに、そんな女子がいる。

「え、マジ? どこが?」

「なんていうか……雰囲気?」

「雰囲気?」

「うん。ちょっと変わってるけど、周りに流されないっていうか。なんかカッコよくない?」

「いや、二階から飛び降りる奴だよ?」

「それは確かにヤバいけど」

 女子たちが笑う。


「でも、やっぱり私は天城君より黒瀬のほうが好きかな」

 その言葉に、翔馬の笑顔がほんの一瞬だけ固まった。


 すぐに笑って聞き流す。

 好みなんて人それぞれだ。

 そんなことで腹を立てるほど子供じゃない。

 ――そう思っていた。


 けれど。

 なぜか、その言葉だけはいつまでも頭に残った。

 しかも気に食わないのは、それだけではない。


 英語。

 そして、基礎体力。

 この二つだけは、どうしても玲央に勝てなかった。


 部活にも入っていない。

 休みの日には山に籠もる。

 たまに二階から飛び降りる。

 ゲームと銃の話ばかりしている変人。

 そんな奴なのに。


 体力測定では平然と上位に入ってくる。

 英語に至っては、教師と普通に会話していた。


 なぜそんなことができるのか。

 以前、聞いたことがある。


「お前、なんでそんなに身体鍛えてんの?」

「レオになるため」

「……は?」

「レオ・クロフォード」

「誰だよ」

「『BIO CRISIS』の主人公」

「…………」


 やっぱり変態だ。

 翔馬は本気でそう思った。

 なのに。


 そんな男が、自分より優れているものを持っている。

 そんな男を、自分より格好いいと言う女子までいる。

 それが――。


 翔馬は気に食わなかった。


 そんな翔馬が今――。

 《勇者》

 という能力を与えられていた。


「……勇者、か」

 翔馬は自分の姿を見る。

 白い空間にいたときとは違う。

 身体には軽い防具が装着され、腰には一本の剣。

 足元も学校指定の靴ではなく、動きやすそうな革製のブーツへ変わっていた。

 最低限、戦うための装備は与えられているらしい。


 翔馬は腰の剣を抜いた。

 初めて握ったはずなのに、不思議と手に馴染む。

 構え方も分かる。


 軽く振ってみる。

「おお……」

 身体が軽い。

 以前より明らかに力もある。

 剣を握ったことなど一度もない。

 それなのに、どう動けばいいのか身体が知っているような感覚があった。


 これが《勇者》。


 翔馬は小さく笑った。

 ――やっぱり、俺は選ばれた人間なんだ。


 元の世界でも、そうだった。

 そして異世界へ来ても――。


 ならば、みんなを守るのは自分の役目だ。

 森へ転移してから、翔馬は周囲を探索し、散り散りになったクラスメイトを探した。


 最初に見つけたのは、水瀬結菜。

 同じクラスであり、翔馬の彼女でもある。

 結菜に与えられたのは《白魔導士》。

 傷を癒やす回復魔法を使えるという。


 次に合流したのは、野球部の岩城大河。

 ジョブは《騎士》。

 大きな盾と剣を持ち、高い防御力を持つ前衛職だった。


 さらに、《魔術師》の夏目りあ。

明るく染めた髪に、少し濃いめのメイク。制服も校則ギリギリまで着崩している、クラスでも目立つギャルだ。

「え、ウチ魔術師なんだけど。普通に当たりじゃん」

 杖を手にしたりあは、こんな状況だというのに少し嬉しそうだった。


 最後に見つけたのは、クラスのお調子者、瀬尾拓海。

 拓海のジョブは《シーフ》。

「俺? 《シーフ》。偵察したり罠見つけたりする、パーティの縁の下の力持ちってやつだろ?」

「あんたが縁の下ねぇ」

 りあが笑う。

「なんだよ。超重要ポジションだからな?」

「はいはい」

「扱い雑っ!」

 拓海が大げさに肩を落とす。


 こんな状況でも、いつもと変わらない。

 その軽さが、今は少しだけありがたかった。

 五人のジョブを並べてみれば、かなりバランスがいい。

 前衛に《騎士》の大河。

 中盤に《勇者》である翔馬。

 後方に《白魔導士》の結菜と、《魔術師》のりあ。

 そして《シーフ》の拓海が先行して周囲を偵察する。


「これならいける」

 翔馬はそう確信した。

 自分たちなら、この世界でも戦える。

 いや――かなり強いパーティなのではないか。

 そんな考えさえ浮かんでいた。


「とりあえず役割を決めよう。大河は前で敵を止めてくれ。俺も前に出る。りあは後ろから魔法で攻撃。結菜は怪我した奴の回復を頼む」

「うん、分かった」

「オッケー」

「で、俺は偵察ね」

「ああ。あんまり離れすぎるなよ、拓海」

「りょーかい!」

 拓海が軽い調子で手を上げる。


 役割は決まった。

 前衛。

 後衛。

 攻撃。

 回復。

 斥候。

 ゲームなら、何も問題はない。

 少なくとも――。

 実際に戦うまでは。


◇ ◇ ◇


「いた!」

 少し先を偵察していた拓海が、勢いよく茂みから飛び出してきた。

「いたいた! なんかいた!」

「何がいた?」

「緑色のちっさい奴! あれ絶対ゴブリンだって!」

 拓海は妙にテンションが高かった。


「何匹いた?」

「四匹くらい!」

「武器は?」

「なんかナイフとか棒とか持ってた。でも余裕っしょ」

 拓海がニッと笑う。


「だってゴブリンだぜ? こういうのって最初に出てくる雑魚じゃん」

「ゲームじゃねえんだぞ」

 大河が呆れたように言う。

「でも俺ら、《勇者》に《騎士》に《魔術師》だぜ? 回復役までいるし。何このパーティ。強すぎじゃね?」


 翔馬も同じことを考えていた。

 ゴブリン。

 ゲームなら、序盤に出てくる代表的な雑魚モンスターだ。

 装備を整えたばかりの初心者でも倒せる。

 まして、こちらには五人いる。


 《騎士》がいる。

 《魔術師》がいる。

 《白魔導士》がいる。

 《シーフ》がいる。

 そして――自分は《勇者》だ。


「戦おう」

「マジ?」

 りあが翔馬を見る。

「四匹だろ? こっちは五人いる。それにゴブリンだ」

「まあ、雑魚っしょ」

 拓海は笑う。

「異世界初バトル! いっちょやりますか!」

「お前、遊びじゃないんだからな」

 大河が言う。

「分かってるって。ヤバかったら逃げるから」


 誰も反対しなかった。

 このときの翔馬たちにとって。

 ゴブリンはまだ――殺し合う相手ではなく、倒すべき雑魚敵でしかなかった。


◇ ◇ ◇


「来た!」

 木々の間から、緑色の小さな人影が飛び出した。


「ギャッ!」

「ギギィ!」

 ゴブリン。

 手には錆びた短剣や棍棒。

 ゲームで何度も見たことのあるような魔物だった。


 数は四匹。

 拓海の報告通りだ。


「大河、前!」

「お、おう!」

「りあは後ろから魔法!」

「わ、分かった!」

「結菜は下がってろ!」

「う、うん!」

「拓海、無理するなよ!」

「任せろ!」

 翔馬が剣を抜く。


 ゴブリンは四匹。

 こちらは五人。

 人数でも勝っている。

 いける。そう思った。


「うおっ、マジでゴブリンじゃん!」

 拓海が一歩前へ出る。

「おい、拓海! 出すぎるな!」

「大丈夫だって!」

 一匹のゴブリンが拓海へ飛びかかった。

「おっと!」

 拓海は素早く身をかわす。

「おお!?」

 自分でも驚いたのだろう。

 拓海が目を丸くする。すぐに笑顔へ変わった。

「見た!? 俺、速くね!?」


 《シーフ》。

 その能力は、確かに拓海の身体を強化していた。

「拓海! 前見ろ!」

「え?」

 振り向いたときには――遅かった。


「ギィッ!」

 別のゴブリンが、すぐ目の前にいた。

「うわっ!」

 拓海が慌てて下がる。

 その背後から一匹。

 横からも。


「え――」

 さっきまで笑っていた拓海の顔から、表情が消えた。

 気づけば。

 ゴブリン四匹に囲まれていた。


「ちょ、待っ――」

 ゴブリンの短剣が拓海の腹へ深々と突き刺さった。

「がっ……!」

 拓海の身体が跳ねる。

「……え?」

 自分の腹を見る。

 赤い血が、制服へ広がっていく。

「うそ……だろ……?」


「拓海!」

 翔馬が叫ぶ。

「結菜! 回復! 早く拓海を回復しろ!」

「……え?」

「早く!」


「…………」

 結菜は動かなかった。

 いや、動けなかった。

 杖を握ったまま、拓海の腹から流れ出す血を見つめている。

 手が震えていた。


「結菜!」

「む、無理……」

「何が無理なんだよ! お前、《白魔導士》だろ!」

「だって……血……」

 結菜の顔から血の気が引いていく。

「こんなの……無理……」


「ギャッ!」

 別のゴブリンが襲いかかる。

「がぁっ!」

 さらに一匹。

「や……やめろ……」

 ゴブリンたちが一斉に拓海へ群がった。


「やめろ! やめろって!」

 錆びた刃が振り上げられる。

「助け――」

 振り下ろされた。

「ぎゃあああああああああっ!!」

 拓海の絶叫が森を震わせた。


「翔馬ぁっ!! 助けて! 死ぬ! 俺、死ぬって!!」

「拓海!」

「助けてぇっ! 嫌だ! 死にたくな――」

 声が途切れた。


「…………」

 誰も動けなかった。

 ついさっきまで。

 異世界初バトルだと笑っていた。

 《シーフ》はパーティの縁の下の力持ちだと、ふざけていた。

 その拓海が。

 もう、動かない。


 血。

 本物の血だ。

 ゴブリンの一匹が、拓海から短剣を引き抜いた。

 刃が赤黒く濡れていた。


「……いや」

 結菜の杖が震える。

「いや……いや……!」

 自分なら助けられたのかもしれない。

 それなのに、怖くて一歩も動けなかった。

「ごめん……ごめんなさい……」

 結菜は震えながら、何度も呟いた。


 そのときだった。


 ガサッ。

 少し離れた茂みが揺れた。


「……え?」

 翔馬が振り向く。


「ギィ……」

 一匹。

 また一匹。


 木々の向こうから、緑色の影が現れる。


「嘘だろ……」

 大河が呟いた。


 さらに二匹。

 三匹。

 ゴブリンが増えていく。


「おい……四匹じゃなかったのかよ!」

「知らねえよ! アイツが四匹って言ったんだよ!」


 答えるはずの拓海は、もう動かない。


 最初は四匹だった。

 だから戦えると思った。

 こちらは五人。

 数でも勝っている。

 ジョブのバランスだっていい。


 だが――。

 戦いが始まってから、ゴブリンの数は増えていた。


「ギャッ!」

「ギギィ!」

「ギャアッ!」


 森のあちこちから、ゴブリンの鳴き声が上がった。

 一つ。

 二つ。

 いや――違う。


 もっといる。


 右から。

 左から。

 背後からも。


 声が重なり、もう何匹いるのか分からない。

 ガサッ、ガサガサッ、と周囲の茂みが次々に揺れる。

 木々の隙間に、緑色の顔が一つ浮かぶ。

 その奥にも。

 さらに、その奥にも。


「ギィ……」

「ギギ……」

「ギャッ!」


 まるで獲物を見つけたことを仲間に知らせるように、一匹が鳴けば、別の場所から声が返ってくる。


 そしてまた、別の場所から。

 森そのものが鳴いているようだった。


「……嘘だろ」

 翔馬の喉が鳴った。


 ゲームなら、画面に映っている敵を倒せば終わる。

 だが、ここは森だ。

 茂みの向こうに何匹いるのか。

 どこから増援が来るのか。

 そんなことすら、自分たちは確認していなかった。


「大河! 前に出ろ!」

「む、無理だ!」

「お前が盾役だろ!」

「死ぬだろ!!」


 翔馬は言葉を失った。

 ゲームなら、HPが残っている限り戦える。

 たとえ残りが1でも、剣を振れる。走れる。魔法を使える。


 だが、現実は違う。

 そして。

 死ねば――終わりだ。


 一人が死んだ。

 たったそれだけで、さっきまで完璧だと思っていたパーティが、崩れ始めていた。


「もうっ! 来んなって!」

 りあが杖を振った。

 ゴオッ!

「ギャアアアッ!」

 ゴブリンの一匹が炎に包まれる。


「うそ……」

 りあの顔が引きつる。

 燃えている。生き物が。目の前で。


「おい!」

 翔馬の声で我に返る。

 別のゴブリンが迫っていた。

「っ……来んな!」

 再び炎。


「ギャアッ!」

 さらに一匹。

「こっち来んなって!」

 もう一発。

 恐怖で泣きそうになりながら、それでもりあは杖を振った。


 五人の中で、一番戦えていたのは、りあだった。

「そのまま撃て!」

「分かってる!」

 りあが再び杖を向ける。


「――え?」

 何も起こらない。

「りあ!?」

「待って!」

 もう一度。

「なんで!?」

 何も出ない。

 カチッ、と弾切れの銃の撃鉄を落としたような、虚しい感覚だけが手首に残った。


「魔法は!?」

「知らない! 出ない!」

 りあの顔から血の気が引く。

「たぶん……魔力……ない……」

「は?」

「使い切ったんだって!」


 誰も知らなかった。

 りあが何回魔法を使えるのか。

 魔力が尽きたらどうなるのか。

 自分たちの能力が、実戦でどこまで通用するのか。

 何も知らないまま、戦いを始めた。


「翔馬!」

 大河の声。

 振り返る。

 大河がゴブリンたちに囲まれていた。


「助けろ!」

 盾に棍棒が叩きつけられる。

 別方向から短剣が迫る。

「うわああっ!」

「翔馬! 早く!」


「……っ!」

 翔馬は剣を握った。

 一歩、踏み出す。

 助けなければ。

 自分は勇者だ。みんなを守ると決めた。

 もう一歩――。

 足が動かなかった。

 拓海の死体が目に入る。

 血に濡れた制服。動かない身体。

 次は、自分かもしれない。


 多い。

 無理だ。

 結菜は戦えない。

 りあの魔力は尽きた。

 ここで自分まで囲まれたら――全員死ぬ。


「……逃げるぞ」

「え?」

 結菜が翔馬を見る。

「逃げるんだ!」

「でも、大河が!」

「全滅したら意味ないだろ!」


 これは見捨てるんじゃない。撤退だ。

 あいつらが足手まといなだけだ。ここで俺まで死んだら、誰が残りのクラスメイトを導くんだ。

 生き残るための判断だ。

 勇者として、リーダーとして、正しい判断をしているだけだ。


「走れ!」

 翔馬は自己正当化を盾に駆け出した。


「おい!」

 背後から大河の声。

「翔馬!?」

 振り返らない。

「待てよ!」

 走る。

「翔馬! 助けてくれ!」

 走る。

「おい! 翔馬!」


 やがて。

「うわあああああああっ!」

 大河の悲鳴が森に響いた。

 翔馬は走り続けた。


◇ ◇ ◇


「はぁ……はぁ……!」


 三人になっていた。

 翔馬。結菜。そして、りあ。

 どれくらい走ったのか分からない。

 ただ、後ろから聞こえてくるゴブリンの声から逃げ続けた。


「翔馬……!」

 結菜の声。

「待って……!」

「早くしろ!」

「無理……速すぎる……!」


 翔馬自身も気づいていなかった。

 《勇者》となった自分と、二人の身体能力には差がある。


「ちょっ……天城……!」

 りあも遅れ始める。

「待ってって……!」

「置いていくぞ!」

「翔馬!」

 結菜が悲鳴のような声を上げた。


 翔馬は速度を緩める。

「早く!」

「分かってるって!」

 りあが走る。


 その足が、地面から飛び出した木の根に引っかかった。

「あっ――!」

 身体が宙へ浮く。

 ドサッ!

「いった……!」


「りあ!」

 結菜が振り返る。

「大丈夫!?」

「待って……」

 りあが立ち上がろうとする。


「っ!」

 顔が歪んだ。

「足……」

「何してんだよ!」

「好きで転んだんじゃないし!」

「立て!」

「無理! 足、痛い!」


 そのとき。

「ギャアアッ!」

 遠くから聞こえた。ゴブリンの声。

 翔馬の表情が変わる。

「早く!」

「だから無理だって!」


 りあが立とうとする。

 しかし、右足に体重をかけた瞬間、崩れ落ちた。

「っ……!」

 走れない。


 傷そのものは大したことがないのかもしれない。

 だが。

 今は、走れない。

 それだけで致命的だった。


 翔馬は森の奥を見る。

 そして、りあを見る。

「……行くぞ」

「え?」

 りあが顔を上げた。


「翔馬?」

 結菜も翔馬を見る。

「でも、りあが……」

「三人で残ったら全滅する!」

「……は?」

 りあの表情が消えた。


「ちょっと待って」

 翔馬は結菜の腕を掴む。

「行くぞ」

「翔馬、でも――」

「早く!」

 二人が走り出す。


「……え?」

 りあは、その背中を見ていた。

「待って」

 二人は止まらない。

「ちょっと……」

 声が震える。

「マジで待ってよ!」


 翔馬は振り返らなかった。

「勇者なんでしょ!?」

 りあの声が森に響く。

「助けろよ!」

 二人の姿が木々の向こうへ消えていく。


「ふざけんな……」

 涙が溢れた。


「最低……!」

 地面を殴る。


「マジで最低だから……!」

 返事はない。

 森だけが静かに広がっていた。


◇ ◇ ◇


「…………」

 静かだった。

 さっきまで聞こえていた二人の足音も、もう聞こえない。

 りあは一人だった。


「……魔法」

 杖を握る。

「お願い……」

 前へ向ける。

「出てよ……」

 何も起こらない。

「お願いだから……!」

 何度振っても。何度念じても。炎は出なかった。


 ガサッ。

「……え?」

 茂みが揺れた。

 りあの身体が固まる。


 緑色の顔。

 一匹。

「……やだ」


 別の茂み。

 二匹。

「来ないで……」


 さらに一匹。

 三匹。

 ゴブリンたちが、りあを見つけた。


「ギィ……」

 一匹が笑う。

 その手には、血のついた短剣。

「やだ……」

 りあは後ずさろうとする。

 足に激痛が走った。


「っ……!」

 逃げられない。

 杖を向ける。

「来ないで!」

 何も起こらない。

「来んな!」

 何も。

「お願い……!」


 ゴブリンが地面を蹴った。

「ギャアッ!」

 短剣を振り上げ、飛びかかってくる。


「ひっ――」

 りあは目を閉じた。

 死ぬ。

 そう思った瞬間。


「伏せろ!」

「っ!」

 聞き覚えのある声。

 考えるより先に、りあは頭を抱えて身を伏せた。


 直後。

 ――バンッ!

 森に轟音が響いた。


「ギャッ!」

 何かが地面へ落ちる。

「……え?」

 恐る恐る顔を上げる。

 さっきまで自分へ飛びかかっていたゴブリンが、地面に倒れていた。

 頭から緑色の血が流れている。


 残った二匹が、一斉に振り返る。

 りあも、その視線を追った。

 木々の向こう。

 一人の男子生徒が立っていた。


 制服。

 右手には、黒いハンドガン。

「……黒瀬?」


 ゴブリンが玲央へ走る。二匹。

 玲央は逃げない。

 一匹が短剣を振り下ろす。

 玲央は最小限の動きでそれを躱し、同時に左腰から抜いたナイフをゴブリンの顎下へ深々と突き立てた。

 引き抜く。噴き出す血を避けるように反転し、背後から迫ったもう一匹の膝の関節を的確に蹴り砕く。

 体勢を崩したゴブリンの延髄に、ナイフの刃が吸い込まれた。

 ほんの数秒だった。

 二匹のゴブリンが地面へ倒れる。


「…………」

 りあは声も出なかった。


 黒瀬玲央。

 白い空間で、クラスのみんなからハズレだと思われていた男。

 魔法もない。ジョブもない。

 翔馬から、『黒瀬は俺たち全員で守ろう』と言われていた男。


 その男が。

 たった一人で、自分を助けた。

 玲央は倒れたゴブリンを見る。

 一瞬だけ、その表情が強張った。

 まだ慣れたわけではない。それでも玲央は視線を逸らした。

やがて、りあの前まで歩いてくる。


「立てるか?」

「……足、挫いた」

「そうか」

 玲央は周囲を確認する。

 そして、りあへ手を差し出した。


「ここは危険だ。一緒に避難するぞ」

「…………」

 りあは差し出された手を見る。

 さっきまで自分を守るはずだった《勇者》は、自分を置いて逃げた。

 そして、みんなが守ってやらなければならないと思っていた男が、戻ってきた。


 りあは震える手を伸ばす。

 そして――。

 玲央の手を、強く握った。

 転移のとき、光に包まれた瞬間に感じた体温が奪われるような冷たさとは違う。

 その手は、震えるほど力強く、確かな熱を持っていた。

カクヨムでも掲載してます。よろしくお願いします。

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