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三人の暗殺者が、音もなく牢の中へと滑り込んできた。
冷たい殺意が、狭い空間に満ちる。
彼らの一人が、ゆっくりと短剣を振り上げた。
刀身が松明のわずかな光を反射して、私の目に突き刺さる。
(さあ、来る! 来るわよ! 殿下の乱入まで、あと3、2、1……!)
私は両目を強く瞑り、「ひっ……!」と短く、しかし可愛らしい悲鳴を上げた。
暗殺者の刃が振り下ろされる――その瞬間。
ドゴォォォォンッ!!
地下牢の静寂を切り裂く、鼓膜を破らんばかりの凄まじい轟音。
私が入っている牢獄の分厚い鉄格子の扉が、根元から蝶番ごと吹き飛び、石の壁に激突して火花を散らした。
「な、何奴ッ!?」
暗殺者たちが驚愕の声を上げ、私に向けられていた短剣の矛先を入り口へと翻す。
舞い上がる粉塵の中、漆黒の外套を翻して悠然と現れたのは、抜き身の長剣を手にした黄金の髪の皇太子――アウレリウス殿下だった。
その後ろには、白銀の鎧に身を包んだ、氷のような美貌を持つ女性騎士がピタリと控えている。殿下の懐刀であり、近衛騎士団副団長のオクタウィアだ。
「……彼女に触れるな、薄汚いネズミ共」
(きたあああああああっっ!! 原作通りのキメ台詞ゥ!!)
アウレリウスの声は、絶対零度の怒気を孕んで地下牢に響き渡った。
彼の紫水晶の瞳は、暗殺者たちをゴミを見るような目で見下ろしている。
私は内心でサイリウムを両手に持ち、狂喜乱舞のオタ芸を披露していたが、現実の私は「で、殿下……?」と信じられないものを見るように涙ぐむ可憐なヒロインに徹していた。
「チィッ! アウレリウス皇太子!? か、構わん、殺せ!」
暗殺者の一人が叫び、三人が一斉にアウレリウスに向かって跳躍した。
狭い牢獄の中での、息を呑むような大立ち回り。
しかし、皇国最強の剣士と謳われるアウレリウスにとって、三流の暗殺者など相手にもならなかった。
火花が散る。アウレリウスは最小限の動きで暗殺者たちの短剣を弾き返し、その流麗な剣捌きで次々と彼らの武器を叩き落としていく。
さらに、背後に控えていたオクタウィアが電光石火の速さで踏み込み、手刀で暗殺者の急所を正確に突き、次々と気絶させていった。
ものの十秒。
あっという間に、三人の暗殺者は床に転がり、ピクピクと痙攣するだけの無力な存在へと変わっていた。もちろん、誰一人として血は流していない。美しい剣戟アクションのみで制圧を完了するという、コンプライアンスの極みのような戦闘シーンである。
「オクタウィア、こいつらを縛り上げろ。尋問部屋のドルーススではなく、私の直属の部下へ引き渡せ。奥歯に仕込まれた毒は抜いておけよ」
「はっ。御意のままに」
オクタウィアは冷徹な声で答え、手際よく暗殺者たちを拘束し始めた。
アウレリウスは剣を鞘に収めると、ゆっくりと私の方へ振り返った。
その瞳から先程までの氷のような怒りは消え失せ、代わりに、痛切なまでの焦燥と、安堵の入り混じった激しい感情が渦巻いているのがわかった。
彼は長い足で数歩を踏み出し、私の目の前で膝をついた。
「ルキア……!」
アウレリウスは、震える手で私の肩を掴んだ。
「すまない、私が遅かったばかりに……恐ろしい思いをさせてしまった。怪我はないか? どこか痛むところは!?」
(ひゃあああっ! 近い! 殿下の顔が近い! そしてマントから香るシトラス系の高級な香水! 最高か! しかも肩を掴む手はすごく力強いのに、私を壊さないように優しく触れてるのが伝わってくる!)
私は心臓が口から飛び出しそうになるのを必死に堪え、ポロポロと計算し尽くされた美しい涙をこぼした。
「殿下……どうして、あなたが……。私は、大逆罪の容疑者ですのに……」
「馬鹿なことを言うな!」
アウレリウスは堪えきれない様子で叫び、そのまま私を力強く引き寄せた。
彼の広い胸の中に、私がすっぽりと収まる。
皇太子の漆黒の外套が私を包み込み、外界の冷たさから完全に守ってくれた。
(うっ! 第一巻最大の胸キュンイベント『外套の抱擁』!! 本物の殿下の胸板、分厚くて硬いけど温かい! 筋肉の質感までリアル! 神様、転生させてくれて本当にありがとうございます!!)
私は彼の胸の中で、限界を超えそうな興奮を必死に押し殺し、「っ……ううぅ……」と嗚咽を漏らした。
アウレリウスは私の背中を優しく撫でながら、苦しげに言葉を紡いだ。
「聞いたぞ。昼間の尋問で、ドルースス相手に一歩も引かず、家族の誇りを守り抜いたそうだな」
彼の言葉に、私はピクッと肩を震わせた。
「なぜご存知なのですか……?」
「私の目を欺けると思うな。あの尋問室には、私が放った影(密偵)が潜んでいた」
アウレリウスは私を抱きしめたまま、低い声で続けた。
「兄の命を盾に取られても屈さず、偽造の証拠を自らの知識と弁舌だけで叩き潰した。お前は……私が思っていた以上に、強く、気高く、美しい女性だ」
(えっへへへ! 褒められた! アウレリウス殿下に『美しい』って言われちゃった! やばい、顔のニヤけが抑えきれない! 殿下の胸に顔を埋めてて本当に良かった!)
「ですが、私は……」
「何も言うな」
アウレリウスは私をゆっくりと離し、その真摯なアメジストの瞳で私を見つめた。
「こんな危険な場所に、これ以上お前を置いておくわけにはいかない。ティベリウスの焦りは私の予想を超えていた。明日にはさらに刺客が放たれるだろう」
彼は立ち上がり、私に手を差し伸べた。
「ルキア・ウァレリウス。皇帝暗殺未遂の重要参考人として、これより身柄を私の直轄管理下に移す。異存はないな?」
「……はい」
私は彼の大きな手を取り、ゆっくりと立ち上がった。
こうして、私の『嘆きの水牢』での快適なVIP生活は、わずか二日で幕を閉じることとなった。というのも作者は、人間を人間たらしめる営み、つまり人間という器を保つための儀式に少しうるさいのだ。だからここでお風呂に入れそうな場所に移動するのは、作者目線だと理に叶っている。いずれにしろ、私はそのおかげでお風呂に入れるのだ。
だが、絶望する必要はまったくない。
なぜなら、アウレリウス殿下の言う「直轄管理下」とは、帝都の郊外にある皇室専用の離宮――薔薇園が美しく、専属のシェフが三食豪華なフルコースを振る舞ってくれる、超高級リゾート施設のことなのだから。
暗殺者という名の便利な舞台装置のおかげで、私のシナリオは順調に、いや、予想以上に快適な方向へと進んでいく。
私はアウレリウス殿下にエスコートされながら、振り返って牢の入り口で眠りこけている暗殺者たちに、心の中でそっと投げキッスを送った。
(グッジョブ、暗殺者さんたち! おかげで明日からは薔薇の離宮でバカンスよ!)
周囲の人間が血で血を洗う権力闘争に本気で絶望し、必死に生き抜こうとするシリアスな世界の中で。
私一人が、次に用意された最高のアトラクションに向けて、胸をときめかせていたのだった。




