第百四十四話 アーベルト連合王国遠征艦隊
「エルオール様、機体の調整が終わりましたよ」
「ありがとう、ヒルデ」
「この魔晶機人改Ⅲなら、エルオール様がアーベルト連合の大王になれますよ。そうですよね? クラリッサさん」
「決闘の儀では、王家が用意した機体、魔晶機人しか使えない。あくまでも操者としての純粋な腕前を競うからだ。武器も近接戦闘用のものしか使えない」
「機体に性能差があると、腕前だけを比べられないからですね。ただそれでも、エルオール様が有利だと思います」
「私もそう思う。陛下の操者としての腕前は私を遥かに超えるからな。アーベルト連合王国に私より優れた操者など一人もいないとは言えないが、陛下に勝てる操者はいないだろう」
どうにか無事に結婚式が終わり、私たちは総旗艦ゾフ以下、合計五十隻にも及ぶ大艦隊でアーベルト連合王国を目指していた。
新婚旅行……も目的の一つではあったが、最大の目標はアーベルト連合王国で開催される決闘の儀に、私が参加するためだ。
アーベルト連合王国を構成する八つの王国のうち半分が王都を落とされ、中王都で防衛戦の指揮を執っているレイラ大女王はこの責任を取るべく退位を発表し、新しい大女王を決める決闘の儀の開催を決めた。
これに勝ち残った者が次の大女王となるわけだが、これに私が参加して優勝すれば、アーベルト連合王国の大王となれる。
もしそれが実現すれば、アーベルト連合王国の鎖国政策を終わらせ、対異邦者同盟に参加させることができるだろう。
なので必ず参加してくれと、外交特使に任じられたブルガー伯爵とアンテン子爵から通信が入ったのだ。
私は最初、アーベルト連合王国はかなり遠方にあるため、決闘の儀に参加するのは難しいと考えていた。
そうでなくても、異邦者は密かに王都郊外に地下式の蟻塚を作って王都を狙ってみたり、私たちの結婚式を察知して奇襲を仕掛けてみたりと、あの手この手でゾフ王国の隙を突こうとしてくるからだ。
だが、私のアーベルト連合王国遠征に賛成する者も少なくなかった。
『もし対異邦者同盟が結ばれたら、夫君は世界各地に遠征する機会が増えてくるはずだ。なので夫君がいなくても、ゾフ王国を守れるようにしたい。今回は、余も一緒にアーベルト連合王国に向かう。国は優れた王と宰相だけではなく、仕組みで守らなければ長続きしない。余がいなくても国が回るようにしなければ』
『アリスの考えは正しい』
私とアリスがいないと国が守れないのでは、今後困ってしまう。
そこで、ゾフ王国貴族たち、サンデル公爵、マルコを中心に、留守を任せることにしたのだ。
フィオナも残るので、いざという時は安心という理由もあった。
「いつも余は留守番なので、こうしてゾフ王国の外に出て夫君と旅行に出かけるのもやはり悪くない。ゾフ王国に残る古の資料には、新婚の夫婦は旅行に出かけるものだと書いてあった。『新婚旅行』というそうだが、アーベルト連合王国観光が楽しみよ」
「(この世界、新婚旅行の慣習があったんだ)世界がこんな状態だから、軍艦で出かけることになったけど……」
「世界が平和になったら、軍艦を使わずに新婚旅行に出かけたいものよ」
「それ用の船を建造するのも悪くないわね」
「一日も早く、輸送船ではなく、民間で使う客船仕様のキャリアーが一番多く作られる世の中になるといいのだけど」
私の新型機を見に、格納庫までやって来たリリーとリンダも話に加わった。
ケイトも興味深そうに、整備と調整が終わった魔晶機人改Ⅲを見ている。
当然だが、私の妻たちは全員が今回の遠征に参加していた。
ヒルデを除く全員が、ゾフ王国内でも有数の操者として有名になっていたが、彼女たちがいなくてもゾフ王国を守りきれるようにする必要があると、アリスが決定したのだ。
「せっかくの新婚旅行なのに置いていかれる妻が出たら、不満なんてものではないからな。余も勘弁してほしい」
「それはそうだ」
だからアリスも参加しているのだから。
そんなわけで、私は妻たちとの新婚旅行も兼ね、艦隊と共にアーベルト連合王国を目指していたわけだ。
「それはよろしいのですが、アーベルト連合王国はいまだ鎖国を続けている国です。いまだクラリッサさんと結婚していないのであれば、国内に入れないのではないですか?」
「ケイト、それなんだけどね。これもアーベルト連合王国の慣習が影響しているのよ」
「慣習ですか?」
「ゾフ王国で結婚してきました、なんて国境を守る操者と兵士たちに説明したところで、本当かどうか判断つかないじゃない。実は、アーベルト連合王国の姫と結婚して入国許可を貰った外国人って、千年近く前に一度あったキリみたい。だから……」
「国境沿いで、アーベルト連合王国の操者と兵士たちに、実際に結婚しているところを見せるのですか? 前代未聞ですわね」
リンダの説明を聞き、ケイトは驚きを隠せないようだ。
私とクラリッサが、アーベルト連合王国の国境地帯で結婚式を挙げることを聞いたからだ。
「証拠が必要ってこと。だから航行中も、ちゃんと結婚式の準備を進めているから。私は王様の服装をすればいいからそんなに手間はかからないけど」
「だからクラリッサは、航行中に偵察や訓練に参加していないことが度々あったのね」
「ドレスの採寸とか。色々と準備があったんです。当然、機体の装飾や準備も万全ですよ」
「国境で、またも魔晶機人を用いての結婚式か。アーベルト連合王国の操者たちは驚くであろうな」
用事を終えたリリーも話に加わり、そのあとは夫婦の時間となった。
そしてそれから数日後、艦隊は無事にアーベルト連合王国との国境地帯に到着した。
すると、国境を守る魔晶機人部隊が空中で待ち構えており、魔法通信を入れてきた。
『事前に外交特使より話は聞いているが、アーベルト連合王国の姫で他国の者と結婚したのは一例のみだ。にわかには信じられないので、証拠を見せていただこう』
『こちら、ゾフ王国遠征艦隊。これより、ゾフ王陛下とクラリッサ王女の結婚式を始める』
アリスの声が魔法拡声器で周囲に流れたのと同時に、ゾフの甲板に装飾された魔晶機人改Ⅲが二機降り立った。
そしてその機内には、同じく王の正装に着替えた私と、ウェディングドレスを着たクラリッサが搭乗しており、同じタイミングで機体から降りると、甲板上に設置された祭壇へと向かう。
『本当にクラリッサ様だ!』
『いいなぁ……。綺麗なウェディングドレスを着れて』
『私も結婚したい……』
アーベルト連合王国の操者は、かなり女性比率が高い。
どうしてそうなるのかフィオナが調べてみるそうだが、それには時間がかかるだろう。
そんなわけで、私とクラリッサの結婚式を見守っている操者の大半は女性で独身者が多かった。
だから私とクラリッサの結婚式を目の当たりにした結果、魔法通信越しに自分の感情を正直に吐露してしまうようだ。
「汝、エルオール・グラック・ゾフは、妻となるクラリッサ・アーベルトを生涯愛することを誓いますか?」
「誓います」
「汝、クラリッサ アーベルトは、夫となるエルオール・グラック・ゾフを生涯愛し続けることを誓いますか?」
「誓います(どうしてリンダが神父役なんだろう?)」
あとで聞いたら、一応司祭の資格を持っているらしい。
そんな話、これまで聞いたことがなかった。
聞いたこともなかったけど、リンダから神官というイメージが浮かびにくいというのもある。
「(ゾフ王国では神官が不足していて、遠征艦隊に配属できなかったのよ。だから司祭の資格を持っていたことを忘れかけていたってわけ)」
「(忘れかけてたって……)」
「(そんな私が神官の仕事を頼まれるくらいなのよ、今は)」
四ヵ国を併合し、他国から多数の難民が流れ込んでいるゾフ王国では、葬儀、結婚式の需要が増加の一途を辿り、従軍神官の不足も著しいとリンダが小声で教えてくれた。
「では、指輪の交換と誓いのキスを」
「(なんか調子狂うなぁ)」
それでも私は、クラリッサの左薬指に指輪を嵌めてから、顔を覆っていたベールを捲ってキスをした。
「末永くお願いします」
「こちらこそ」
『いいなぁ……』
『隊長、私たちって、結婚できるのでしょうか?』
『……それは、各々の努力次第だ』
『そもそも出会いがありませんよ。うちの部隊は女性しかいませんし、休みも少ないから』
身も蓋もない、アーベルト連合王国の女性操者たちの愚痴が、魔法通信越しに上空から聞こえてきた。
静かに結婚式を確認してほしいのだけど、可哀想で誰も注意できていない状態だ。
「あの……」
「陛下、アーベルト連合王国では長年、女性操者の方が圧倒的に多い現象が続いている。それでも異邦者襲来の前はなんとか婚姻率を維持していたのだが、異邦者との戦いで非操者である男性軍人やハンターが多数戦死するか、国外に逃げてしまったのだ。その結果……」
「男性不足になったと」
「レイラ大女王が退位をする理由の一つに、女性操者に夫を用意できなかった、というものも大きい。結婚の恨みは恐ろしいのだ」
「……そうなんだ……」
この世界では、結婚できないと子供ができず、家が続きにくい。
操者の家系を絶やさないよう、みんな必死なんだと思う。
「そんなわけで、陛下。アーベルト連合王国内に入ったら注意してくれ。女性操者たちに拉致される可能性も否定できないので」
「……気をつけるよ」
無事にクラリッサとの国境結婚式を終えて、遠征艦隊はアーベルト連合王国に入国することに成功した。
それはいいのだけど、私とクラリッサの結婚式を羨ましそうに見つめつつ、魔法通信の拡声機能から『羨ましい』を言い続ける女性操者たちを見ていると、本当にこの国を救えるのか。
徐々に不安になっていくのであった。
「……これは酷いな」
「国土の半分を異邦者によって破壊、占領されたのじゃ。致し方なしと言うのは不謹慎かもしれぬが、こうもなろう」
「夫君、異邦者たちは早速余たちを歓迎したいらしい。多数の軍団を確認。大半は兵士クラスだと思われるが、量が多い」
「アーベルト連合王国の操者たちは、あまり異邦者を落とせていないようですわね」
「旧来の魔晶機人を使っているし、武器の性能は低いし、火力はないに等しい。当たり前ね」
「魔晶機人改及び魔晶機人改Ⅱ部隊、出撃準備! 新婚数時間で死にたくないな」
「補給は順次やってくる予定とはいえ、ここはゾフ王国から遠く離れたアーベルト連合王国です。みなさん、弾薬はなるべく節約してください」
「準備が終わった隊から順次出撃!」
「陛下、王妃様方、今回は我々にお任せください。行くぞ!」
アーベルト連合王国の首都である中王都へと航行する遠征艦隊を、突如異邦者の群れが襲った。
向こうは奇襲をかけたつもりらしいが、こちらにはレーダーがあるし、異邦者の群れは大群だ。
奇襲は失敗に終わり、各艦から出撃した魔晶機人改と、魔晶機人改Ⅱの混合部隊が47ミリ銃で次々と異邦者を叩き落としていく。
アーベルト連合王国の異邦者は、古く、近接戦闘用の武器しか装備していない魔晶機人ばかり相手にしてきた。
倒された同胞は少ないので進化をしておらず、犠牲が少ないせいか新たに戦力が補充されていないようだ。
旧来の大きさの兵士クラスが大半のため、次々と落とされていく。
遠征艦隊に配属された操者たちは、すでにベテラン扱いされているだけあって、旧来の異邦者に苦戦することもなかった。
「妾も出撃したかったのぅ」
「私もよ」
「余り実戦経験の少ない余は出撃してもいいと思いますが、遠征艦隊の戦力は限られています。それと、常にリリー、リンダ、ケイト、クラリッサなどの凄腕に頼りきりなのはよくありませんので。今回は、みなに任せましょう」
「アリスさんがおっしゃることは正論ですわ。私たちは異邦者と総力戦を行っているのですから」
「私たちがいなくても、この程度の相手、苦戦せず倒せということか。アーベルト連合王国の操者たちには難しいが、ゾフ王国軍なら可能だな」
「だから私も、ここで待機なんです。私は整備士だから、仕事をしていてもいいと思うんですけどね」
「ヒルデがいなくても、魔晶機人の整備に手抜かりがないよう、整備士たちに気を引き締めてもらうためなんだよ。私も出撃したかったなぁ」
「エルオール様の場合は、出撃が癖になってますね」
「夫君こそ、本来はよほどのことがなければ出撃してほしくないのです。万が一のことがありますし、みんながあてにしてしまうので」
「アリスの言うとおりなので大人しくしているよ」
戦争なんてゴメンだと思っているのに、こういう状況になるとつい出撃したくなってしまう。
前世からの癖が抜けていないのだろう。
ゾフの艦橋で妻たちと味方の戦いぶりを観戦していたが、アーベルト連合王国に侵攻している異邦者は最初に戦った小型の兵士クラスばかりだ。
アーベルト連合王国の操者たちはなかなか倒せないで苦戦しているようだが、ゾフ王国軍の敵ではなかった。
三十分ほどの戦闘で大半の異邦者が落とされ、その死骸が魔物の棲む森に積みあがっていく。
「死骸を回収している暇はないか」
「アーベルト連合王国軍が回収するはずです。異邦者が侵攻してきたせいで金属不足ですから」
「私たちが回収している暇はないから、そのまま放置するしかないしね」
今のアーベルト連合王国では再利用できない金属も多いけど、無いよりはマシってことか。
こちらに所有権はあるけど、まさか遠征先で精錬するわけにもいかず、倒した異邦者の死骸はそのまま放置することに。
そして、さらに数時間航行していると、ようやくアーベルト連合王国の中王都が見えてきた。
「クラッシックな街並みだね」
「留学する前から、まったく変わっていませんね。異邦者への備えがまったくできていない」
「そんな暇がなかったんだろうね」
クラリッサはそう言うけど、城壁を高くしたり櫓を建てたところで、空を飛ぶ異邦者にはほとんど効果がない。
それなら、魔晶機人の整備に集中した方がいいと思ったのだろう。
「まずは、レイラ大女王との面会だな」
そしてそのあとは、次の大女王を決める『決闘の儀』が始まるので、それに備えないと。
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