第百四十二話 結婚式前
「リック・フォン・レノゾだな? 私は、マーカス帝国特使ハーケン伯爵である」
「遠方からのお越しでお疲れでしょう。宿の手配はしてあります」
「宿だと? 大マーカス帝国の伯爵たるこの私に、町の宿に泊まれと言うのか?」
「大変申し訳ありませんが、ゾフ王国ではその手の施設の建設が後回しになっておりまして……」
「やはり、ド田舎の小国がたまたま上手くいっただけか。偉大なるマーカス帝国を差し置いて、対異邦者同盟の盟主となる資格があるのか、甚だ怪しいところだな。迎賓館がないのであれば仕方がない。その宿に泊まってやる。犬小屋よりはマシだろう」
「……ご案内します」
ついに、エルオールの結婚式前日となった。
その前に、結婚式に参加する各国の特使を受け入れたのだが、当然俺は祖国マーカス帝国の特使を迎え入れる役割を仰せつかっている。
正直、嫌な予感がしたので断りたかったのだが、ゾフ王国に滞在するマーカス帝国人の中で一番俺が爵位が高いというか、父親が男爵だから断れなかったのだ。
そして嫌な予感は当たり、出迎えた特使ハーケン伯爵は、傲慢で鼻持ちならない帝国貴族のイメージそのままの人だった。
名前くらいは知っていたが、男爵の三男ごときが会える人ではなかったので今日が初対面であり、どんな人か知らなかったのだ。
挨拶をして少し彼の話を聞いただけだが、すでに俺の心の中はどんより曇っている。
マーカス帝国は世界一の領土の広さと国力、人口、歴史の長さを誇っており、元から他国を見下す傾向があった。
ゾフ王国が過去に昔の王都を失陥し、長い流浪の生活の末にようやくそれを取り戻したので、そんな国がマーカス帝国の代わりに、対異邦者同盟の盟主になろうとしていることが許せないのだろう。
だがマーカス帝国は、多くの領土ばかりか帝都すら失陥している状態で他の国のことなんて批判できる立場にない。
もしマーカス帝国が対異邦者同盟盟主になろうとすれば、他の多くの国々から懸念が出ることは、自分たちが一番理解している。
だから公式の場ではなく、出迎えた同国人である俺にゾフ王国の悪口を言ってウサを晴らしているのだろう。
もし俺がハーケン伯爵の発言をゾフ王国側に漏らせば、俺は帝国に居場所がなくなってしまうことがわかって言っているというわけだ。
「ところで、帝国の戦況はどうなっているのでしょうか?」
帝国がなかなか失陥した領地を取り戻せず、魔晶機人、キャリアー、新型火器の開発、生産で他国に大きく後れを取っていることは知っている。
エルオールというか、ゾフ王国ははるか空の上から他国の戦況を調べられるからだ。
「お前のような、貧乏男爵の三男風情が知る必要のないことだが、祖国のことは気になるだろうから教えてやる。極めて優勢に戦況を進めている。もうすぐ帝都も取り戻せるはずだ」
ハーケン伯爵は嘘をついた。
ゾフ王国の偵察能力がなくても、近隣諸国はマーカス帝国が異邦者相手に苦戦していることを知っている。
それでも俺に嘘をつくということは、今のマーカス帝国がかなり追い込まれている証拠だ。
「もうすぐ帝都を取り戻せるのですね」
「そうだ! 我々だけでも特に問題はないが、念のため他国との連携を強化する必要がある。だからこの私が特使として派遣されたのだ」
「なるほど、さすがは陛下だ」
「だからお前たちも、同盟が締結されたら帝国に戻ってくるがいい」
ということは、帝国は俺たちの力を相当頼りにしているということか。
だが帝国には、ハーケン伯爵のような貴族が多い。
「(俺たちは、自分と親の爵位が低いせいで、使い捨てにされる懸念がある。もしくは手柄を奪われるか……)」
実はそれが心配で、マーカス帝国からゾフ王国に留学してきた者は少なくない。
どうせ継ぐ領地や爵位もないので、できればゾフ王国に仕官したいと願う者が少なくなかった。
数は少ないが平民の操者からすれば、帝国に戻っても貴族になれず、彼らに扱き使われるくらいならまだマシだが、最悪使い潰されると危機感を抱いている。
それならゾフ王国で雇われ、貴族になった方がいいと考えている者が大半だった 。
キャリアーの船員や整備兵なども、ゾフ王国の方が自分の技術を高く評価してもらえるし待遇もいいので、帝国に戻りたくないと思っている者が少なくなかった。
今の俺は、彼らがゾフ王国に走るのを抑えるのにかなり神経を使っていたのだ。
「(そりゃあなぁ。できれば俺もそうしたいよ)」
最初は俺ものん気にそう考えていたけど、それでも俺の親は男爵なので、露骨に祖国を裏切るのはどうかと考えるようになってしまった。
家族はゾフ王国に向かう俺を快く送り出してくれたし、もし俺がゾフ王国に仕官してしまうと、残された家族にどんな悪影響があるか。
それを考えてしまうのだ。
だが、ゾフ王国に留学してきた生徒たちの中には、家でいらない子扱いされている者も少なくない。
ゾフ王国は人手が足りないので、操者なら簡単に爵位を貰える。
家族のことなんてどうでもいい、自分は貴族になる、と考える者も少なくなかった。
「(エルオールに、してやられてるよなぁ)」
でも、エルオールは悪いことをしているわけではないから、どうにも手が打ちにくかった。
なによりどうせ彼は、ハーケン伯爵を始めとする古い考えを持つ帝国貴族の性根などとっくに知っているはずだ。
それがわかっていて、俺たちに引き抜き工作をしているのだから。
「結婚式は明日、ゾフ王国総旗艦ゾフの甲板上で行われます」
「田舎貴族だな。艦の甲板で結婚式など」
そんなことを言っていたハーケン伯爵だったが、当日、会場に到着したら唖然としていた。
これまでに、ゾフ王国が吸収した国の人たちしか目にしていない、他国では考えられない超巨大艦による砲艦外交を食らってしまったのだから。
「ゾフ王国は、こんな巨艦を運用できるのか?」
「しています。旧ラーベ王国での戦いでは、前線に出ていました」
「ようやく運用できるようになったキャリアーが、まるでボートにしか見えない!」
さすがのハーケン伯爵も、総旗艦ゾフの大きさに圧倒されていた。
同時に今日は、訓練も兼ねて多くの新造新型のキャリアーも結婚式に参加している。
結果かなりの大艦隊になったので、ハーケン伯爵の顔は真っ青になった。
まさか、田舎の小国とバカにしていたゾフ王国が、これだけの戦力を保持しているとは思わなかったのだろう。
「では、甲板に移動しましょう」
「これは?」
「エアバイク、兵士の足ですね。ある程度の高さまでなら空中も飛べるので、ゾフの甲板に上がるのに便利なんです」
今となっては多くの人たちが足代わりに使っているが、エアバイクですらマーカス帝国では普及していない。
ハーケン伯爵は両国の技術差にも気がつき、言葉が出ないようだ。
「生産量も凄いが、これを大勢が気軽に足代わりとして使えるのか……」
さらに、このエアバイクが大量に使われている様子を見て、ゾフ王国の経済力の高さにも気がついたらしい。
傲慢な人だが、バカではないのが救いか。
陛下に命じられたからだが、ゾフ王国に足を運んでいるからな。
生粋のマーカス帝国貴族は、田舎者が住む他国になど行かないと平気で言い放つ者も少なくないのだから。
「随分と集まったものだ」
甲板の上には、すでに大勢が集まっていた。
他国の特使の姿も確認でき、ゾフ王国が提唱した対異邦者同盟に興味がない国は存在しないようだ。
「あれは……。魔晶機神改……新型か。ゾフ王の機体と妻たちの機体が並んでいる。もしや!」
「ええ、今回は機乗しての結婚式だそうで」
整備士であるヒルデを除いて、エルオールと妻たちは魔晶機神改でゾフの甲板に降り立ち、操縦席から搭乗用のロープで結婚式の会場へと降りた。
いくら貴族と王族が操者でも、結婚式にまで魔晶機神改を持ち込んだんなんて話を聞いたことがないが、今は戦時だし、各国の特使たちにゾフ王国の戦力を見せつける狙いは見事に成功している。
「(どうにか、ゾフ王国から新型の魔晶機人改、キャリアー、高威力の火器を手に入れたいものだ)」
「(エアバイクのみならず、様々な車両は軍用にも民生用にも使える。戦争で多くの男手が取られている以上、残された女性や老人で農作業をできるようにしたいものだ)」
「(ハンターたちが狩った魔物の運搬に使えば、食料不足も少しはマシになる。同盟に参加して、ゾフ王国に売ってもらいたいところだ)」
ゾフ王国の者たちは心からエルオールたちの結婚式を祝っているが、他国の特使たちは直に目にしたゾフ王国の戦力に驚き、進んだ新兵器や新装備をどうやって手に入れるか、考え込んでいる者たちが多かった。
それだけ自国の状況が悪い証拠であった。
「リック、結婚式のあと、どうにかゾフ王と会談できないものか」
「頼んではみますが……」
「頼むぞ」
最初は、鼻持ちならない典型的なマーカス帝国貴族といった感じのハーケン伯爵であったが、すっかり毒気を抜かれてしまったようだ。
「それにしても、羨ましい限りだよ」
さすがにまだ結婚はしたくないけど、そのうちいい女性と出会えたらいいなと思う。
俺は零細法衣男爵の三男で政略結婚は難しそうだから、上手く恋愛結婚で……難しいだろうけど。




