第3話 100回目の転生
「いやー、今回もダメだったねえ」
目を覚ました私に、見知らぬ女性が軽い調子で話しかけてきた。
周囲には何もない。地面も天井も見当たらず、白い空間がどこまでも続いている。
「……あなたは?」
「神だよ。まあ、そんなに堅苦しく考えなくていいからね」
神はひらひらと手を振った。こちらは命懸けの戦いを終えたばかりだというのに、ずいぶんと気楽な態度だった。
「教え子たちはどうなりましたか? 無事なんですか?」
「無事も何も、世界が滅んだよ」
「……は?」
思考が止まった。
私は逆咲ムクロを倒したはずだ。あの悪魔を殺せば、教え子たちは助かる。そう信じて命を捧げたのに、世界が滅んだというのか。
「誰が、そんなことを……?」
「君の教え子たち。蓮城フレイア、氷室エルサ、紫電レイの3人だよ」
理解できなかった。あの子たちは人々を守るために戦う聖魔少女だ。自分の命を顧みず、誰かを救おうとする優しい子たちだった。
そんな彼女たちが、どうして世界を滅ぼすなどということを。
「……なぜですか?」
「君が死んだからだよ」
神はあっさりと答えた。
「君を失った3人は絶望した。そして、悪魔になったんだ」
「悪魔に……?」
聖魔少女は、悪魔因子を体内に宿すことで魔法を使う。炎も氷も雷も、その力を利用したものだ。だからこそ、彼女たちは強大な魔物と戦える。
しかし、悪魔因子には危険性もある。心が深い絶望に染まれば、因子に精神を侵食され、人間としての姿さえ失うことがあるのだ。原作ではそのように説明されていた。
「彼女たちは、自分の中にある悪魔因子に呑まれたんですか……?」
「そういうこと。君を失った悲しみに耐えられなかったんだろうね」
私は言葉を失った。
すると、神が指を鳴らした。頭の中に膨大な記憶が流れ込んできた。
「せっかくだから、今までの人生を見てみるといい。今回が初めてじゃないんだから」
「……どういう意味です?」
「君の転生後の人生は、さっきので99回目」
私は愕然とした。そんな記憶はない。神によれば、転生するたびに記憶を消していたらしい。
「じゃあ、今までの私は……」
「毎回、教え子たちを守って死んでるね。そして君を失った3人は毎回悪魔になって世界を滅ぼす。ぶっちゃけ、もう飽きたよ」
99回分の人生。何度も繰り返した出会いと別れ。そして、私が死んだあとの教え子たちの姿。
最初に見えたのは、燃え盛る戦場だった。
「先生、起きてください! お願いだから……!」
フレイアが私の亡骸を抱きしめていた。彼女は炎の魔法で敵を焼き払ったものの、私を守ることはできなかった。
「私がもっと強ければ……! 先生を守れるくらい強かったら……!」
彼女の体から炎が噴き上がる。赤い光の中で、肌に黒い紋様が浮かび、頭には角が生え始めていた。
「先生を奪った世界なんて、いらない……!」
フレイアの瞳が、人間のものではない紅蓮の光に染まった。彼女は悪魔になった。
別の人生では、私は敵の罠にかかり、毒を盛られて死んでいた。
「解毒薬を持ってきたわ。だから、お願い……目を開けて……」
エルサは私の口元に薬を運んだ。けれど、私が目を覚ますことはなかった。
「嘘よ……。こんなの、嘘に決まっているでしょう……?」
彼女は何度も治癒薬を使った。私の体が冷たくなっていることも、もう助からないことも理解していた。それでも、手を止められなかった。
「あなたは、私を置いていかないって約束したじゃない……!」
エルサの足元から氷が広がった。肌を黒い紋様が覆い、額から鋭い角が伸びていく。白い息とともに、彼女の口から人間のものとは思えないうなり声が漏れた。
「もう誰も信じない……。誰も、私から奪わせない……!」
氷の悪魔となった彼女は、街も人も区別せず、すべてを凍らせていった。
また別の人生では、私は敵の襲撃からレイを逃がすため、背後から刃を受けて死んでいた。
「……先生?」
レイは、血に染まった私の服を見つめていた。
「ねえ、冗談でしょ? 起きてよ。私、まだ話したいことがいっぱいあるんだよ……?」
いつも笑っていた彼女の顔から、笑みが消えていく。
「もう少しだけ、そばにいてほしかったな……」
彼女の体から雷があふれた。黒い紋様が首筋を走り、背中から雷光をまとった翼のようなものが広がっていく。
「先生のいない世界なんて、もういらない……!」
雷の悪魔となったレイが空を仰ぐ。次の瞬間、稲妻が街を貫き、地上のすべてを焼き払った。
それだけではなかった。
ある人生では、私は魔物の群れに囲まれ、彼女たちを逃がすために戦い続けて力尽きた。
別の人生では、学園を守る結界の崩壊に巻き込まれ、瓦礫の下で命を落とした。
またある人生では、彼女たちを狙う暗殺者の刃を受け、誰にも看取られずに息絶えていた。
死に方は違った。戦う場所も、状況も、最後に交わした言葉も違った。
それでも、私が死んだあとの結末だけは変わらなかった。耐えきれなくなった心を悪魔因子に侵食され、3人とも人間ではなくなってしまう。
炎が大地を焼き、氷が街を覆い、雷が空を引き裂く。人々は逃げ惑い、建物は崩れ、世界は壊れていった。
「「「先生のいない世界なんて、いらない……!」」」
最後に見えたのは、どれも悪魔となった3人が世界を滅ぼす光景だった。
「……もう、やめてくれ」
私は頭を抱えた。
彼女たちを救いたかった。自分の命を犠牲にしてでも、幸せになってほしかった。それなのに、私が死ぬたびに彼女たちは絶望し、悪魔になって世界を滅ぼしてしまう。
私は、自分が死んだあとのことを何も考えていなかったのだ。
彼女たちに自分を大切にしてほしいと願いながら、自分の命を差し出していた。救っていたつもりで、私は彼女たちを追い詰めていたのだ。
「……私は、何を間違えたんでしょうか」
「君は自分が死ねば解決すると思っていた。でも、あの子たちにとって、君の存在は世界より重いんだよ」
神の言葉が胸に突き刺さった。
今までと同じやり方では、何度人生を繰り返しても結果は変わらない。
「次でラストね」
「ラスト?」
「そっ。特別ボーナスとして、次は記憶を保持させてあげるよ。99回分、全部ね」
神が告げた。過去の失敗も、彼女たちが悪魔になった理由も、すべて覚えたまま新しい人生を始められる。
私は顔を上げた。
「で、どうするつもり?」
「……3人と仲良くなる前に、敵のボスを殺します」
「おや。今度はずいぶんと大胆だねえ」
「彼女たちが絶望する原因が私にあるのなら、それがベストでしょうから」
今度こそ、彼女たちが悪魔になる未来を変えてみせる。
「さらに特別ボーナス。転生者も選んでいいよ」
「では……、用務員でお願いします」
選んだのは、私立セイント祓魔師学園の用務員だった。
原作ゲームでは名前すらない端役で、物語にもほとんど関わらない。学園内を自由に動き回れて、誰からも警戒されにくい立場だ。
「いいんじゃない? 君がそうしたいなら、そうしてあげるよ」
神はあっさりとうなずいた。しかし、別れ際に意味深な言葉を残す。
「まあ、ボスを倒せば全部解決するとは限らないからね?」
「……どういう意味ですか?」
「それは、自分で確かめてみてよ」
神は答えなかった。
「100回目の転生、楽しんでね~」




