第2話 私の死が世界を滅ぼした
蓮城フレイア、氷室エルサ、紫電レイ。
私が教師として受け持っていた、3人の教え子たち。
炎を操るフレイア。
氷を操るエルサ。
雷を操るレイ。
彼女たちは聖魔少女として類まれな才能を持ち、将来は世界を脅かす魔物と戦い、人々を守る存在になると期待されていた。けれど、私は知っている。彼女たちがどんな過去を背負い、どんな結末を迎えるのかを。
なにしろ、ここは私が前世で昔遊んでいたゲーム『聖魔少女・エクソシスターズ』の世界なのだから。
もっとも、私が知っているのはゲームの大まかな物語と登場人物についてであり、すべての出来事を把握しているわけではない。
それでも、彼女たちが悲惨な結末を迎えることだけは知っていた。誰にも助けてもらえず、誰にも本当の気持ちを理解してもらえず、それでも必死に生きてきた少女たち。私は、そんな彼女たちを救いたかった。だからこそ教師として彼女たちと向き合い、少しでも幸せな未来を歩めるように手を尽くしてきたのだ。
蓮城フレイアは、炎の悪魔祓いだった。
熱血で、直情型で、お人好し。困っている人を見れば、相手が誰であろうと考えるより先に体が動く。そんな彼女が無茶をするのは、単に正義感が強いからではない。幼い頃、故郷を悪魔に襲われ、両親を失った経験があるからだ。
燃え盛る家の中で母親の手を握りしめ、助けを求めても誰も来なかった。炎の向こうから聞こえていた悲鳴が1つずつ消えていき、最後に残ったのは、自分をかばって倒れた母親の姿だった。それ以来、フレイアは自分を責め続けてきた。
自分にもっと力があれば、家族を守れたかもしれない。もっと早く魔法を使えていれば、誰も死なずに済んだかもしれない。そう考えた彼女は、誰かを救うためなら自分が傷つくことをためらわなくなった。
私が初めて彼女を本気で叱ったのは、訓練で仲間をかばい、大けがをしたときだった。
「先生! 大丈夫です! これくらい、どうってことありません!」
「大丈夫なわけがないでしょう。治療が終わるまで動いてはいけません」
フレイアは言葉に詰まった。自分が誰かに心配されることなど、考えたこともなかったのだろう。
「あなたは、誰かを助けるためなら自分が死んでも構わないと思っているんですね。でも、私はあなたにも生きていてほしいんです」
「……私にも、ですか?」
「ええ。あなたが無事に帰ってくることを願っている人間だっているんですよ」
私は彼女に何度も伝えた。過去に家族を救えなかったからといって、フレイアが悪いわけではない。誰かを助けるためだからといって、自分の命を粗末にしていい理由にはならない。彼女が泣きたいときには話を聞き、無茶をしたときには叱り、自分を責めるたびに何度でもそばにいた。そうして少しずつ、彼女は変わっていった。
「先生! 今日の訓練、最後まで無茶せずに頑張りました!」
「そうですか。それは偉いですね」
「えへへ。先生に褒めてもらえると、もっと燃えてきます!」
満面の笑みを浮かべる彼女を見て、私は心からうれしくなった。この子が自分の命を大切にしながら、誰かを守れるようになってくれたら。それが教師としての、私の願いだった。
氷室エルサは、氷の悪魔祓いだった。
人間嫌いで毒舌家。他人を信用せず、誰かに助けられても素直に礼を言えない。けれど、彼女が他人を拒絶するようになったのには、それだけの理由があった。
幼い頃、エルサは悪魔を信仰する集団に捕らえられた。彼女の持つ強大な氷の魔力を、儀式に利用するためだった。両親は彼女を守ろうとして殺され、エルサ自身は地下施設に閉じ込められた。食事を与えられない日もあれば、魔力を使い果たすまで無理やり戦わされることもあった。
失敗すれば罰を受け、泣けば黙れと怒鳴られる。助けを求めても、誰も来なかった。やがて彼女は、優しい言葉を信じることをやめた。誰かが近づいてくるのは利用するため。親切にするのは見返りを求めているから。そう考えなければ、何度も裏切られる痛みに耐えられなかったのだ。
私が彼女を救出したとき、エルサは衰弱した体で氷の刃を向けてきた。
「近づかないで! どうせ、あなたも私を利用するんでしょう!」
「違います。私はあなたを助けに来たんです」
「嘘よ! そんな言葉、信じると思っているの!?」
「今は信じなくても構いません。それでも、私はあなたを置いていきません」
エルサは最後まで抵抗した。それでも私は彼女を抱き上げ、施設から連れ出した。保護されたあとも、彼女は誰にも心を開かなかった。食事を拒み、他人を遠ざけ、夜になると悪夢にうなされた。
私は無理に笑わせようとはしなかったし、私を信じるように迫ることもしなかった。ただ毎日顔を見せ、彼女が話したくなるまで待ち続けた。
ある夜、彼女は私の袖をつかんだ。
「……先生。今日、眠るまでここにいてくれないかしら」
「もちろんです」
「勝手にいなくなったら、許さないから」
「ええ。約束します」
エルサは私の袖を握ったまま眠った。それから少しずつ、私にだけは弱いところを見せるようになった。私が疲れていれば、何も言わずに飲み物を用意してくれる。
「別に、あなたのためじゃない。先生が倒れたら、面倒なことになるでしょう」
そう言って顔を背ける彼女を、私は微笑ましく思っていた。人を信じることを恐れていた少女が、少しずつ誰かを頼れるようになっていく。その変化を見守ることも、教師である私の大切な役目だった。
紫電レイは、雷の悪魔祓いだった。
頭の回転が速く、いつも笑顔で、深刻な場面でも冗談を飛ばす。フレイアを脳筋とからかい、エルサを氷の女王と呼んでは楽しそうに笑う。けれど、その笑顔の裏にも、誰にも言えない傷があった。
レイは幼い頃に両親を失い、親戚の家に引き取られた。しかし、そこでは邪魔者扱いされ、食事を抜かれたり、部屋に閉じ込められたりした。泣けばうるさいと怒鳴られ、助けを求めれば迷惑だと言われた。
彼女は学んだのだ。自分の気持ちを口にしてはいけない。相手の望むとおりに振る舞い、笑っていれば、少なくとも追い出されずに済む。そうして身につけたのが、周囲の顔色を読み、冗談で場を和ませる処世術だった。
私が彼女と出会ったときも、レイはけがをしているのに笑っていた。
「いやぁ、参ったねぇ。ちょっと失敗しちゃったかな?」
「笑っている場合ではありませんよ。痛くないんですか?」
「痛いよ? でも、私が平気そうにしていれば、みんな心配しなくて済むでしょ?」
「レイ。あなたは、誰かに助けてほしいと思わないんですか?」
「私は大丈夫だよ。先生って心配性だねぇ」
「それなら、私が勝手に心配することにします。あなたがつらいときは、私が助けますから」
レイの笑顔が止まった。
「……どうして?」
「あなたが助けを必要としているからです。それではいけませんか?」
彼女は何も言わなかった。やがて笑顔を作ろうとして失敗し、私の服を握りしめた。
「……先生。私、本当はずっと寂しかったんだ」
私は彼女を抱きしめた。レイは声を押し殺して泣いた。誰にも見せられなかった涙を、ようやく流すことができたのだ。それから私は、彼女が自分の気持ちを口にできるよう、何度も話を聞いた。
「先生、今日は一緒にご飯を食べたいな」
「いいですよ」
「明日も、お話ししてくれる?」
「もちろんです」
「……約束だよ?」
レイはうれしそうに笑った。私は、その笑顔が少しずつ本物になっていくことを喜んでいた。
私は3人を救ったつもりだった。フレイアには、自分を犠牲にしなくても誰かを守れると伝えた。
エルサには、何度拒絶しても見捨てない人間がいると知ってもらった。
レイには、何もできない自分を隠さなくても、誰かに愛されていいのだと伝えた。
彼女たちは少しずつ心を開き、以前よりも笑うようになった。だから私は、もう大丈夫だと思っていた。私がいなくなったとしても、3人ならきっと前を向いて生きていける。そんなふうに考えていたのだ。
けれど、その考えは間違っていた。
私が魔物の攻撃から3人を守り、命を落としたとき、彼女たちは世界を恨んだ。
フレイアの炎が周囲の地面を焼き始めた。
「また守れなかった……! 今度こそ先生を守るって決めたのに……!」
エルサの足元から氷が広がり、辺り一面を白く染めていく。
「信じなければ、こんな思いをせずに済んだの……? ねえ、先生……、私は誰を信じて生きていけばいいの……?」
レイの体から雷があふれ、空を引き裂いた。
「……先生、ずるいよ。私たちを置いてカッコよく死ぬなんて。まだ、何も返せてないのに……!」
私は必死に叫んだ。
自分を責めないでください。
あなたたちは何も悪くありません。
私が自分で決めたことなんです。
だから、どうか前を向いて生きてください。
けれど、その声は彼女たちには届かない。
「「「こんな世界、もういらない……!」」」
私の声は届かなかった。もう彼女たちに触れることも、涙を拭うこともできなかった。炎が大地を焼き、氷が世界を覆い、雷が空を砕いていく。3人の力は制御を失い、世界そのものを飲み込もうとしていた。
私は3人を救ったつもりだった。けれど間違っていた。彼女たちにとって私は、ただの恩師ではなかったらしい。私がそばにいることで、彼女たちは初めて安心して眠り、弱音を吐き、明日を楽しみにできるようになった。その私がいなくなったのだから、彼女たちが受けた絶望は、私が想像していたものよりずっと深かったのだろう。
私は、彼女たちに自分を大切にしてほしかった。誰かを救うために命を捨てるのではなく、自分自身も幸せになってほしかった。それなのに、私は自分の命を差し出すことで彼女たちを守り、その結果、彼女たちの心を壊してしまった。
なんて、身勝手な話だろう。
助けたつもりで、何もわかっていなかった。守ったつもりで、彼女たちに新しい傷を残してしまったのだから。
彼女たちが最後にたどり着いたのは、世界の滅亡だった。




