第12話 救ってみせる
異変が起きたのは、翌日の昼休みだった。
校舎の外から悲鳴が聞こえた。窓の向こうを見た生徒たちが騒ぎ始め、先生たちが慌てて廊下へ飛び出していく。私も窓際へ駆け寄り、そこで信じられない光景を目にした。
校庭に、魔物がいた。
1体や2体ではない。黒い身体をした下級悪魔たちが、校庭から校舎へ向かって押し寄せている。結界が破られたのだ。
「みんな、避難して!」
私は叫び、腰の剣を抜いた。エルサが廊下を凍らせて魔物の進路を塞ぎ、レイが雷撃で先頭の魔物を倒す。私は炎をまとった剣を振るい、校舎へ侵入しようとする魔物を斬り伏せた。
生徒たちを逃がさなければならない。今ここで止めなければ、学園中に被害が広がってしまう。
「フレイア、右!」
「わかってる!」
エルサの声に反応し、私は飛びかかってきた魔物を斬り払った。レイの雷撃が別の魔物を撃ち抜き、私たちは互いの死角を補いながら戦った。これまで何度も一緒に戦ってきたからこそ、できる連携だった。
けれど、魔物の数は減らなかった。
「おかしいわ。こんな数の悪魔が、どうして一度に……!」
エルサが言い終える前に、校舎の正面玄関から拍手が聞こえた。
「素晴らしい。さすがは聖魔少女と呼ばれるだけのことはある」
逆咲ムクロが、何事もなかったかのように立っていた。
「やっぱり、あなたが仕組んだのね!」
私は剣を向けた。
「仕組んだ? 人聞きが悪いな。僕はただ、君たちに実力を見せてもらいたかっただけだよ」
「ふざけないで! 生徒たちが襲われているのよ!」
「だから何だい?」
ムクロは笑った。
「弱い者が傷つく。それは、この世界では珍しいことじゃないだろう?」
その瞬間、彼の背中から黒い触手が伸びた。触手は床を砕き、私たちへ襲いかかってくる。私は剣で受け止めたが、その重さに腕がしびれた。エルサの氷も、レイの雷撃も、触手を完全には止められない。
「くっ……!」
「どうしたんだい? 君たちなら、もっとできると思っていたんだけど」
ムクロが一歩踏み出すたびに、黒い魔力が広がっていく。私たちは押し返そうとしたが、相手の力はあまりにも強かった。
そして、ムクロは楽しそうに告げた。
「ところで、用務員さんは助けにくるかな?」
私は息を呑んだ。
「……あの人に、何をしたの?」
「何も。まだね」
ムクロが指を鳴らすと、校舎の奥で爆発が起きた。床が揺れ、天井から破片が落ちる。生徒たちの悲鳴が響き渡った。
「……!」
「会いたいなら、来るといい。君たちの大切な用務員さんが、どこで何をしているのか。すべて教えてあげるよ」
ムクロは黒い魔力に包まれ、姿を消した。残された魔物たちは、まるで役目を終えたかのように次々と倒れていく。
私たちは生徒たちの避難を確認してから、ムクロが消えた場所へ向かった。そこには地下へ続く通路があった。普段は立ち入りを禁じられている場所だ。
「用務員さんは、ここにいるのかしら」
エルサの声は震えていた。
「わからない。でも、行くしかないよ」
レイが先に歩き出す。私たちも続いた。
地下へ降りると、広い儀式場があった。壁には黒い紋様が刻まれ、床には魔法陣が広がっている。その中心に、逆咲ムクロが立っていた。
「待っていたよ」
ムクロの身体が膨れ上がる。皮膚が裂け、その内側から黒い触手が何本も飛び出した。人間の姿が崩れ、巨大な悪魔へと変わっていく。
「この僕こそが、君たちの宿敵」
用務員さんの警告は、この悪魔についてのものだったのだ。
私たちは一斉に攻撃を仕掛けた。私の剣が炎を放ち、エルサの氷が触手を凍らせ、レイの雷撃が悪魔の身体を撃つ。だが、ムクロは傷つきながらも笑い続けた。
「いいね。もっとだ。もっと僕を楽しませてくれ!」
黒い触手が床を砕き、私たちを吹き飛ばした。立ち上がろうとしたとき、儀式場の奥に人影が見えた。
白い作業着。見慣れた背中。忘れるはずのない姿。
「……用務員さん?」
彼はゆっくりと顔を上げた。
その目は、私たちを見ていなかった。瞳は黒い魔力に染まり、身体からは不気味な気配があふれている。
「お久しぶりですね。皆さん」
声は、確かに用務員さんのものだった。けれど、そこにいたのは私たちの知っている彼ではなかった。
「用務員さん、私です! わかりますか!」
私は駆け寄ろうとした。だが、彼の腕から黒い触手が伸び、私の身体を壁へ叩きつけた。
「邪魔をしないでください」
冷たい声が響いた。
エルサが氷の壁を作り、レイが雷撃を放つ。しかし、彼はそれらを簡単に打ち砕き、再び私たちへ迫ってくる。
「やめて……!」
どうして、こんなことになってしまったのだろう。
あの人は、私たちを守るために学園を去ったはずだ。なのに、今は私たちを傷つけている。
ムクロが笑った。
「彼の身体には、メフィスト様が入っている。彼自身の意識は、奥で泣きながら助けを求めているかもしれないね」
「……メフィスト」
私の手から力が抜けた。
まただ。
また、私たちはこの人を傷つけなければならないのか。
そのとき、用務員さんの動きが止まった。彼の口がわずかに動く。
「……逃げて、ください」
聞き間違いではなかった。用務員さんは、まだそこにいる。
「皆さんを……傷つけたく、ありません……」
声は途切れ、彼の身体が大きく揺れた。黒い魔力があふれ出し、彼は苦しむように頭を押さえた。
私は剣を握り直した。
「逃げない」
涙が頬を伝った。
「今度こそ、あなたを助けます。あなたが私たちを守ってくれたように、今度は私たちがあなたを守る!」
エルサとレイも立ち上がった。
私たちはもう、用務員さんを置いていかない。たとえ、彼自身に逃げろと言われても。




