第11話 警告された転校生
用務員さんが学園を去ってから、3日が経った。
私は、あの日のことを何度も思い返していた。用務員さんは私たちを見ようともせず、邪魔者を追い払うように冷たい言葉を口にした。あの人が私たちを嫌っているとは、どうしても思えなかった。それでも、胸に残った違和感は簡単には消えてくれない。
「フレイア、今日も探しに行くの?」
朝の教室で、レイが私に声をかけてきた。いつものように笑っていたけれど、その笑顔には無理があった。
「当然でしょ。見つかるまで探すわ。あの人がどれだけ私たちを嫌っていても、私は納得してないもの」
「……そう」
エルサは短く答え、机の上に広げた資料へ視線を落とした。彼女は用務員さんが残した記録を調べていた。本人が何を隠していたのか、どうして私たちを遠ざけたのか。その理由を突き止めようとしているのだ。
レイも、あの人の工具箱から見つけた紙を何度も読み返していた。
『逆咲ムクロに注意。人間だと思うな』
用務員さんが残した警告。私たちは、その名前に心当たりがなかった。少なくとも、学園にそんな人物はいない。だからこそ、気になっていた。あの人は何を知っていて、何と戦っていたのだろう。
そのとき、教室の扉が開いた。
「みんな、席についてくれ。今日は転校生を紹介する」
担任の先生が入ってきた。その後ろから、1人の男子生徒が教室へ入ってくる。整った顔立ちに、清潔な制服。人当たりのよさそうな笑みを浮かべた、ごく普通の生徒だった。
「逆咲ムクロです。事情があって、この学園に転入してきました。まだわからないことも多いので、よろしくお願いします」
その名前を聞いた瞬間、私の手が止まった。
エルサが顔を上げる。レイの笑顔が消えた。
逆咲ムクロ。
私たちが探していた名前が、どうして今になって目の前に現れたのだろう。
「逆咲くんの席は、あそこだ。わからないことがあれば、周りの人に聞くように」
「はい。ありがとうございます」
ムクロは先生に礼を言い、指定された席へ向かった。歩き方にも、表情にも、おかしなところはない。周りの生徒たちにも自然に挨拶をしている。警戒していなければ、疑う理由など見つからなかっただろう。
授業が終わると、ムクロは真っ先に私たちのところへやってきた。
「君たちが、蓮城さんたちだね?」
「……そうだけど」
私が尋ねると、彼は人懐っこい笑顔を浮かべた。
「少し聞きたいことがあるんだ。この学園に、用務員さんがいると聞いたんだけど、今はどこにいるのかな?」
どうして、用務員さんのことを知っているのだろう。
「用務員さんなら、もう学園にはいないわ」
エルサが答えた。
「そうなんだ。残念だな。ぜひ会ってみたかったんだけど」
「……どうして、用務員さんに会いたいの?」
レイが笑顔を作りながら尋ねる。声はいつもと変わらなかったが、私は彼女の指先に力が入っていることに気づいた。
「ちょっと話がしたくてね。詳しいことは、本人に会ってから話そうと思っていたんだ」
「どんな話?」
「それは秘密」
ムクロは悪びれもせずに笑った。私たちの反応をうかがうように、1人ずつ顔を見ている。その目を見た瞬間、背中に冷たいものが走った。
この男は、何かを知っている。
しかも、私たちが知らない何かを。
「逆咲くん。あなた、用務員さんとどういう関係なの?」
エルサが問いかけた。ムクロは少しだけ首を傾げたあと、笑顔のまま答えた。
「さてね。少なくとも、君たちよりは彼のことをよく知っていると思うよ」
その言葉を残して、彼は自分の席へ戻っていった。
私は拳を握りしめた。今すぐ追いかけて問い詰めたかった。けれど、相手の正体も目的もわからないまま動くわけにはいかない。
「……調べましょう」
エルサが静かに言った。
「この男が何者なのか。用務員さんと何の関係があるのか。全部、突き止めるわ」
「賛成。今度は、あの人が残してくれた警告を無駄にしない」
レイも頷いた。
放課後、私たちはムクロを探した。しかし、彼の姿はどこにもなかった。先生に聞いても、転入に関する詳しい事情は知らされていないという。手続きは学園長が直接進めたらしい。
学園長が、あの男を連れてきた。
その事実も気になったが、今はそれ以上に、ムクロが用務員さんの居場所を知りたがっていた理由が気になった。
そのころ、誰もいない校舎の廊下で、ムクロは窓の外を眺めていた。
「なるほど。ここには、もういないのか」
彼は笑みを消した。
「まあ、いい」
次の瞬間、廊下の奥で何かがうごめいた。黒い影が床を這い、壁を伝い、音もなく消えていく。
ムクロは再び笑った。
「さあ、始めようか。君たちがどこまで耐えられるのか、見せてもらおう」
用務員さんが残した警告は、間違いなく現実になろうとしていた。




